3.私、お友達と遊びます
数日経ち、熱もすっかり下がった私は元通りなお転婆娘へと戻っていた。
ゲームのヒロインは大人しい性格だったが何も最初からそうであったわけではない。
両親を亡くした悲しみ、慣れない貴族としての生活から孤独を深め、自分を表に出せない内向的な性格になっていったのだ。
大人しいゆえに絡まれやすく、舐められやすいのも巻き込まれ体質の一因となっていたのでは?
そう思った私は、今日も元気に走り回っている。
前世の私も別に大人しかったわけではなく、おしゃべり大好きな女子だったからこっちのほうがやりやすいのだ。
「ママ!裏の森へ行ってくるね!」
「シャル、川には近づいちゃだめよ」
「はーい、いってきます」
母親の忠告を受け止め、家の裏にある森へと向かう。
手にはきちんと母お手製アップルパイが入ったバスケットを抱えて。
森を進み、少し開けたところで腰を下ろす。
少し離れたところにはあの日落っこちた小川が、今日も穏やかに水面をキラキラさせながら流れている。
ここはあまり人が来ることもなければ、凶暴な動物が姿を現すこともない。
小川が流れ、色とりどりの季節の花々が咲き誇るこの場所は私と彼専用の遊び場となっていた。
彼はまだ来ていないが、横に置いたバスケットが気になりこっそり開けて中をうかがう。
蓋を閉めていてもあたりに漂うふんわりとしたバターのいい香り。
開ければそれに加え、リンゴの甘酸っぱい香りもする母親特製のアップルパイ。
今日のおやつに食べなさい、と持たされたものだがあまりにもいい匂いがするため、今すぐにでも手をつけてしまいそうになる。
さっきお昼ご飯食べたばかりなんだけどなあ。
「シャル、何してるの?」
「ゆ、ユーリ!」
慌てて垂れそうになったよだれをぬぐう。
アメジストのような瞳で冷たい視線を寄越す彼が私の待ち人、ユーリことユリウス・ロベリア。
ここの土地一帯を治める貴族、ロベリア子爵家の息子にして、いずれ私の執事となる男である。
彼はゲームの攻略対象であるが、隠れキャラという扱いだ。
他4人の全ルートを攻略した後に解放されるため、私はたどり着くことができなかった。
ヒロインの幼馴染で、専属の執事となる彼はクールで感情をあまり表に出さないキャラだった。
ゲームとは違いまだ幼い姿であるが、もう現時点で感情豊かとはいえない。
でもよく見れば笑ったり喜んだりしているのもわかるし、精神年齢20歳の私としてはこれくらい落ち着いてるほうが話しやすいというのもあって、こうして2人でよく遊んでいるのだ。
ユーリも嫌がっていないのか、私と毎日過ごしてくれている。
「今日のおやつはなに?」
「アップルパイなの!ママの手作りでね、生地作りは私もお手伝いしたのよ」
「ふーん」
興味なさそうに装っているが、その目はバスケットにくぎ付けだ。
ユーリも母が作る料理が大好きで、こうしておやつを持ってくるとかすかに雰囲気を和らげる。
こういうところは子供らしくて可愛いなと心の底から思う。
「おやつはまたあとでね。今日は何をする?」
「今日は本を持ってきた。一緒に読もうと思って」
「まぁ、きれいな表紙!きらきらしていて素敵だわ」
ユーリの持ってきた本は豪華な装丁の、この国の魔法の興りについて描かれた絵本であった。
まだ3歳の私たちは読み書きがあまり得意ではないからこのセレクトは妥当だ。
少し行儀が悪いが、地面に本を広げ、腹ばいになり2人で並んで読むことにした。
「素敵だったわ…」
本を読み終わり、今はアップルパイとポットに入っていた紅茶とでのんびりおやつタイム。
さくさくのアップルパイを堪能しながら、先ほどの物語を思い出し夢見心地で独り言ちる。
絵本の内容は要約するとこうだ。
魔王により、この国は一度は滅亡しかける。
しかしそこに女神が現れ、国から選ばれた騎士と共に魔王を討ち滅ぼした。
その後2人は恋仲となるが、神と人間の恋などそう簡単にはいかなかった。
一度は引き離された2人だが、女神は神の位を捨て人間となり騎士と結ばれる。
その2人の血は特別で、その子孫たちは不思議な力を持っていた。
それが魔法の始まりである。
といったようなものであった。
内容的にはよくあるお伽噺だが、絵本がそれはもう美しかった。
繊細なタッチで描かれたそれは私のオタク心を揺さぶった。
その余韻のまま食べるおいしいアップルパイと紅茶がさらにテンションを上げていた。
「女の子はこういった話が好きなの?」
「こういった話って?」
ふわふわ思考を飛ばす横で黙ってアップルパイを咀嚼していたユーリが、唐突に真面目な顔で話を振ってきた。
「騎士が出てくるやつ」
「うーん、好きだと思うよ。
だって騎士様ってみんなの憧れじゃない?」
私はまだこの世界に来て騎士様を見たことないが、職としてあるのは知っている。
攻略対象にもいたからね。
でも白馬に乗り、剣を携えた姿はおそらく世の女子の憧れだろう。多分。
私の回答を聞いたユーリは難しそうな顔をする。あらあら。
「ユーリ、ここギューってなってるよ。
どうしてそんなこと聞くの?」
まだまだ若いのに、なんて思いながら深く刻まれた眉間をトントンと軽くたたいた。
幾分か和らげるとその紫でこっちをまっすぐ見る。
「だって僕は騎士にはなれないから…」
あぁ、そういうこと。と心の中で納得する。
騎士になるには特別な資格などいらない。
平民であろうが、貴族であろうがなれる。
例外は王宮騎士団で、こちらは国王の傍に仕えるという事情から、身元のしっかりした貴族の子息しかなれない。
ユーリの家、ロベリア家は子爵であるため王宮騎士団に入る資格はあるのだが、この家は少し特殊だ。
ロベリア家は代々王家やそれに準ずる貴族の家に仕える執事を輩出する一家なのだ。
ロベリアの家の者は容姿、能力どれを取っても一流で、執事がロベリアであるというのは貴族の中で一つのステータスとなっているほどだ。
もちろんユーリも例に漏れず、将来はどこかの家の執事となるだろう。
だから彼は騎士にはなれないのだ。
彼は執事になりたくないのだろうか?
この年代だと将来の夢とか持ち始める時期だ。
強くてかっこいい騎士に憧れを持つのもきっと子供にありがちなこと。
きっとそうなんだな、そう思った私は、少し悲しい顔で俯いたユーリの頭を軽く撫でてやる。
「ユーリは騎士様になりたいの?」
「ううん、そういうわけじゃない。
でもシャルは騎士が好きなんでしょ?」
家とは違う道に進みたいのなら応援しようと思っていたらどうやらそういうわけではなかったようだ。
そのうえ唐突に自分のことを聞かれキョトンとしてしまう。
いや、騎士様は確かに好きだ。あのザ・西洋みたいな装いに憧れは抱いている。
しかしただそれだけだ。
「好きは好きだけど、お洋服がかっこいいってところくらいかな…?」
率直な感想を伝えると、一転して顔つきが柔らかくなった。
「そうなの?
騎士と結婚したいんじゃないの?」
あまりにも突飛した発送に脳内にハテナがたくさん浮かぶ。
「私はどういうお仕事しているかよりも、私を大切にしてくれる人と結婚したいな」
ぽつりと口から本音が漏れる。
前世では結婚はおろか、恋愛すらまともにできずに死んでしまった。
この世だって気を抜いたらすぐに死んでしまうかもしれないのだ。
死にたくないのが一番だが、もちろんせっかくの乙女ゲームの世界で美少女に生まれ変わったんだもん、まともな恋愛もしてみたい。
なら自分を大切にしてくれる人と添い遂げたいなぁ。
そんな願望をぽろっと口に出していたらしい。
ユーリが私の手をそっと取ると、なんと手の甲にうやうやしく口付けをした。
「僕、シャルのこと絶対に大切にする。
絶対に守るよ」
そう言って、照れ臭そうに目をそらす美少年に私は完全にノックアウト。
なんだこの天使は??
恋愛偏差値30の私は若干パニックになりながらユーリの肩をつかんで揺さぶる。
「ゆ、ユーリ!
そういうことは簡単にしちゃダメだし、言っちゃいけないんだよ!
誰にでもそんなことしちゃダメだからね!!!」
「シャルだからだよ」
ユーリの呟きはパニックに陥った私の耳に届くことはなかった。