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MUD_BRAVER 短編集  作者: 笑藁
3/3

初日《滝本純VS東条真澄》

 東条真澄は後に語る。

 最初にそいつを見た時抱いた印象は、『鋼』だったと。



「滝本純です。宜しくお願いします」


 学生服を着る身分の人間だと、見た目では分からなかった。180cm近い背丈と筋肉質な身体以上に、何処か決意を感じる茶色の瞳が、若者離れしていたからだ。

 更に言えば、魔導協会に18歳未満の者が魔術師として入る事自体稀な話だった。海外の場合、どうしても行く先の無い者を雇う話はあるらしいが、ここ日本ではそれも本来少ない。とはいえ、彼の近くには白峰悠という例外がいるのだが。

 ともあれ、そうした事情ゆえに、東条は純に対し、並々ならぬものを感じていた。この歳で採用されるのは、何か特別なものがあるからだ、と。



 東条の予感は、当たっていた。

 最初の訓練にて、一人の魔術師が純に模擬戦を申し込んだ時のこと。これはある種の洗礼なのだが、東条自身快く思っていなかった。要するに、若い芽に先輩の強さを分からせるというものなのだから。

 その先輩は、弱い訳ではなかった。並程度の実力はあったし、アーシェラとの戦闘に参加し、尖兵(ザリオン)を破壊した記録もある。

 その彼がーー傷一つない純に見下ろされていた。


「一体どうした?」


東条は目についた後輩の肩を叩いた。彼の目には、困惑が色濃く映っていた。


「あっ、東条さん。いえ、松田のヤツが、滝本に喧嘩を売ったんですけど……アイツ、一瞬で叩きのめして……。そりゃあまあ、松田が油断してたのはあるでしょうけど……」


 東条は、訓練室を映したモニターに目を向けた。

 純の両腕は、銀色の籠手で覆われている。松田の武器はオーソドックスな片手剣だったので、リーチには大きな差があった筈だった。それを踏まえて、無傷での完勝ということはーー懐に入り込まれて、何も出来ずに倒された可能性が高い。


「なるほど……面白い」


 東条は訓練室から出てきた純の前に、立ち塞がった。


「お疲れさん。滝本だった……よな? 俺は東条だ」

「あっ、貴方が東条さんですか?」


 東条と純の身長はほぼ同じ。しかし、横幅は東条の方が広く、威圧感もある。そんな相手を前に、純は特に臆した様子も無かった。


「むっ、知っているのか?」

「支部長から、何かあったら東条か柏木に聞けって言われましたので」

「なるほど。しかし良い腕だ、アレで松田はそれなりの魔術師なんだがな。何処で鍛えた?」

「人に教わって。正規の武術ではないんですけど」


 実践訓練の後にも関わらず、純には息の乱れ一つ無い。それが彼にとって松田が如何に楽な相手だったのか、そしてスタミナの高さを示していた。


「しかし、何故戦う事になった?」

「確か、こう言ってましたね。『バイト扱いの高校生に負けてられない』とか」

「まぁ、確かに立場上はアルバイトなのか……。いやまぁ、白峰もそういう扱いだったと聞いたが……」


 魔術師は魔導協会の正社員だが、正式な求人は出しておらず、スカウトが基本である。ましてや『アーシェラ』という謎の組織と命のやり取りまでしている以上、人手が足りる事はない。純のような学生をアルバイトという体で早いうちに抱き込み、卒業後に正社員登用する狙いだろう。

 やはり目の前の男は、相当な特例だ。東条はその予感を確信に変えると、不適に笑って腕を組んだ。


「次は俺とやろうか。バイト云々はともかく、これが東京支部(うち)の限界だと思われるのも悔しいしな。少なくとも退屈はさせん。約束する」


 東条は言ってから、少々性急過ぎたかと思い直した。

 しかし、純は眉を顰めるどころか、躊躇いがちな様子を見せた。


「良いんですか? こっちとしては有難いですけど……」



「なぁ、どっちが勝つと思う?」

「そりゃあお前、東条さんに決まってるだろ! 白峰と並んで魔術師歴5年のベテランだぞ?」

「いやでも、あの新入りもかなりやるぞ。何というか、ホンファに雰囲気が似てるんだよな……」


 訓練室の外では、ギャラリーの魔術師達が各々の勝敗予想を披露し合っている。

 そんな喧騒には目もくれず、純と東条は向かい合っていた。


「ちなみにだが……支部長は俺のこと、何て言ってた?」

「『歴が長いし強いから、適当に媚売っとけ』と」

「フハハハ! あの人の言いそうなことだ!」


 東条の手に、彼とほぼ変わらない高さの巨斧が現れた。四年間苦楽を共にした相棒、『壊力』。

 それに呼応する形で、純もまた自身の固有魔法である籠手を呼び出した。

 開始のブザーが鳴ると、東条は斧を横に構え、前進した。


「行くぞーーハァッ!」


 千年生きた大木すら両断する東条の横薙ぎは、バックステップで軽く躱された。そして純は一切の躊躇いなく、後隙を狙って東条の懐に飛び込んだ。

 東条の固有魔法『壊力』は、見た目通り強大な破壊力を持つ反面、重く取り回しが悪い。攻撃後の隙に刃の届かない近距離まで近づき、仕留めるという純の狙いは、理に適っている。

 しかし、その程度で出し抜ける東条ではなかった。


「甘いぞっ!!」


 東条が左手を柄から離す。そして即座に、猛烈な勢いで平手が突き出された。

 元高校相撲インターハイ出場者、東条真澄の張り手。魔術師として強化されたそれは、まさしく『鉄砲』と呼ぶに相応しい膂力を備えていた。当たれば純の屈強な身体さえ吹き飛ばせる。

 そして張り手は、確かに純に当たった。


「っ!!」


 しかしーー直撃ではなかった。純は反射的に身を躱し、頬を僅かに掠らせる程度に被害を抑えた。それでも尚受ける衝撃は、後ろに飛んで受け流した。


「読まれた……? いや、見てから対応したのか……!」


 東条は再び両手で斧を保持しつつ、顔中に驚嘆を写していた。

 咄嗟の事態で最善手を選択する。一朝一夕では身に付かないスキルだ。

 どういう人物なのかは分からないが、『実戦』慣れしているらしい。


「フッ……参ったな、これは」


 最初の位置に戻った純に、東条は苦笑した。

 東条の攻撃パターンは、壊力と張り手以外にもある。しかし、どれを選んでもせいぜい軽い手傷を負わせる程度のイメージしか浮かばない。そう簡単に一撃を貰いはしないが、こちらが仕留めるだけの隙というものが、純には無い。

 肉弾戦では決め手に欠ける。しかし幸い、この戦いは異種格闘技戦ではない。


「松田が蹴散らされる訳だ。アイツなら、先の張り手も直撃していただろうな。こと殴り合いなら、並の喧嘩自慢では相手にもならんだろう」

「いえ、避けられたのは運が良かったです。あれだけ堂に入った張り手……相撲をやっていたんですね」

「なに、五年も前の話だ。現役の選手には到底敵わん。だがな滝本……折角だから、大事な事を教えてやろう」


 東条は巨斧を構えつつ、ゆっくりと純ににじり寄る。それを見た純も拳を構え、東条の些細な動きを見逃すまいと目を鋭くした。

 そして彼我の距離が、斧の射程ギリギリまで縮まった瞬間ーー東条は斧を大きく振りかぶった。頭の上まで壊力を持ち上げた時、純は既に東条の右に立ち、ガラ空きの脇腹へブローを放っていた。

 純の拳は東条の脇腹ーーの間に突如出現した盾によって阻まれた。


「っ!?」


 純の息を吞む気配を察した東条は――壊力を、手元から『消した』。そして身軽になった身体で、肩でのタックル。いわゆる『ぶちかまし』である。


「俺たちは格闘家ではない! 『魔術師』なのだ!!」


 一気に壁まで吹き飛ばされた純。すかさず東条は壊力を再生成し、その柄頭で床を強かに打った。すると純が背中を打った壁から――黄金の壁が、撃ち出されるように飛び出した。

 『金壁槌』。壊力と並ぶ、東条のもう一つの固有魔法。これは壊力の柄頭から魔力を流し込み、金色の壁を形成するものだ。柄頭が接触した場所と接しているなら、狙った通りの場所に壁を生やせる。本来防御向けの固有魔法だが、壁作成時の勢いが大きいため、相手にぶつければ巨大な質量武器としても運用出来る。

 黄金の壁で純の身体に痛烈な一打を見舞い、そうして此方に飛ばされた彼を、壊力で一刀両断。それが東条の狙いだった。しかし同時に、それで確実に勝てると思うほど、彼は思い上がってもいない。

 そして思い通り、純はただでは殴られなかった。壁から身体をすぐに離すと、横向きに突き出された壁を、跳躍して回避。とはいえ完全には避けきれず、何処かへ当たったらしい。回転し、想定より高く飛びつつ東条の元へ飛んできた純を追い、東条は巨斧を構えつつ跳躍。空中で動作を制御する方法は、魔術師なら無い訳では無い。しかし、純にはそれを知るよしも無い。

 東条が斧を下から振り上げた。当たると思った瞬間、純は右腕を全力で振り、壊力の刃の横を殴りつけた。


「ぬぅっ!?」


 予想外の衝撃に、東条の攻撃は身体ごと横に弾かれた。どうにか地面に降り立つ事は出来たが、同時に純もまた、地に足を着けていた。

 一歩間違えれば、自分から腕を捧げていた行動。今日入った新人があの一瞬でこの判断と行動が出来るのは、最早異常の域に達している。

 そして東条が立て直すより先に、純が踏み込んで来ていた。(シールド)に防がれる事を警戒してか、拳撃は先程より素早い。瞬時に三度、東条の身に拳がたたき込まれる。しかし、威力は然程ではなく、東条の鍛えられた肉体なら、大したダメージにはならない。

 四度の素早い拳が放たれた。だが既に東条は、無視してこちらが一撃入れる方向にシフトしていた。

 そうして巨斧を振ろうとした瞬間――右手が、純のつま先に撃ち抜かれた。

 四度目のパンチはフェイク――本命は速いパンチに慣れさせてからの、蹴りだったのだ。東条はまたも想定外の一撃に、顔を歪めた。

 しかし、想定外なのは純も同じだった。

 蹴りを受けながらも、東条は斧を手放すどころか、無理矢理に振り抜いて攻撃してきた。床と刃がぶつかり合い、爆発的な音となる。やや斜めに振り下ろした斧を持ち上げると、少し遠くに行った純が、右手で右足を押さえていた。そこから光が溢れている。これは訓練室におけるダメージエフェクトであり、これが現実なら、相当な出血があっただろう。どうやら斧の一撃が、純の右腿を掠めたらしい。

 魔術師用のスーツには、痛覚を鈍化させる機能がある。この機能があると、例えば骨折レベルのダメージでも、軽い打撲程度の痛みに抑えられる。彼が今、どれだけ痛覚を残しているのかは分からない。しかし、太腿を深く裂かれた彼の様子から、あまり大幅にはカットされていないらしい。

 にも関わらず、純は一切の迷い無く、東条に向かって跳躍した。言葉は無いが――その目から発せられた殺気は、訓練で出せるものでは無かった。その目に一瞬怯んだ東条は、純を拳の範囲に入れてしまった。

 そして二発のパンチと一発のキックが、矢継ぎ早に繰り出された。思わず膝を折りそうになったが――


「おおおっっ!!」


 負けじとカウンター気味に、胸に張り手を打ち込んだ。光のエフェクトと共に数メートル後ろに飛んだ純を囲むように、金壁槌を展開。そして四方を囲み、最後に囲まれた位置の中心から壁を出現させる。そうして倒せれば良し、そうでなくとも上空に打ち出して、さっきと同じ状況に持ち込める。或いは打ち出す前に出てくるかもしれない。

 結果は、一番最後。純は金壁槌に打たれる前に、黄金の封印から脱出していた。負傷した足を使ったせいで、その顔には苦痛の色が見える。あの足では、壁の高さギリギリまで跳び、壁伝いに降りるのが限界のようだ。

 東条は降り立とうとする純に向かい、着地を狙う。

 だが純は東条の狙いを察し、壁に足を着け、東条に向け跳躍した。

 その勢いのまま、東条の膝に飛び蹴りを食らわせた。

 膝を砕かれた東条は斧を保持出来ずに床に落とす。それを見た純は、崩れ落ちる東条に追撃せず、見下ろすだけだった。


「フッ……膝を砕かれれば、俺に出来る事は無い……負けだ」





 その後、東条と純は昼食を共にした。遠巻きに何人もの人間が二人を見ているが、二人に割って入る者はいない。

 

「遠慮するな。俺の奢りだ」

「……いただきます」

「美味いだろ? 東京支部(うち)の食堂はかなりレベルが高いと思うんだが」

「確かに美味いですね」


 表情の変化こそ無いが、純は東条の言葉に律儀に返し続けていた。

 そうして暫く食事と雑談に興じた後、東条はファーストコンタクトと同じように、腕を組んだ。


「訓練時のお前の目……アレは本気の目だった」


 最後の一口を飲み込んだ純が顔を上げた。


「バイト感覚で飛び込んだ男には到底出せない、魂の籠った目だった。もしお前が、俺を殺さなくてはならないとなった時……お前は躊躇なくその目で襲いかかるのだろうな」


 東条はコップの水を一気に飲み干した。


「俺は家族を養うために、危険な分給料の良い魔導協会を選んだ。最悪の場合には遺族年金や保険もある。お前が協会に足を踏み入れたのも、守りたいものがあるからか?」


 純の眉がピクリと動いた。


「俺の事、何か聞いていましたか?」

「いや、ただの勘だ。俺と……同じ気がしただけだ」


 そして、沈黙が二人の間を支配した。話の間、純が表情を変える事は決して無かった。

 その時、純の方から何かが震えるような音が鳴った。


「……失礼します」


 純はポケットからスマホを取り出すと、耳に当てつつ話し始める。


「もしもし。どうかしたか? ……はぁ? 風邪? 確かに声が少し変だけど……電話するぐらいなら寝てた方が……落ち着くって言ってもな……。分かった、終わったら見舞いに行くから。ついでに何か買って来て欲しいものとか……食欲はあるんだな。じゃあ、寝てるんだぞ」


 電話を終えた時、純は東条の顔を見て、ようやく彼に向けて別の表情をした。


「あ〜〜……まあ、今のは家族というか友達というか……そういう相手です」


 電話の最中、表情と声音を明らかに変えていた純を見て、東条は確信した。

 やはり、俺と同じなのだ、と。

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