エンゲージ。
目を開けると、いつのまにか伊四百型の寝室のベッドで寝ていた。
小さいシンミアが俺の上に乗ってイビキをかいている。
あれ? 大きいシンミアは夢?
「夢じゃありませんよケンタ様」
「スヴィニヤー、なんで俺ベッドに寝てるの? なんか身体中痛いし」
「ええと、”戻して”と言う言葉にシンミアが怒ったというか、なんというか……」
スヴィニヤーはどうにも要領を得ない返事をする。
「ああ、ボコボコにされたのか」
「端的に言えばそうですが」
やばい、殴られた記憶が全くない。いったいどれだけ殴られたのかと思うと生きた心地がしない。
生きてるけど。
まあ、俺が気にさわることを言ったのだろうと寝ているシンミアの頭を撫でる。
お兄ちゃんは妹の暴力にも耐えなきゃいけない悲しい生き物だから頑張るよ。
もちろん寝ているシンミアからありがたいパンチをいただいたのは言うまでもない。
「シンミア小さくなってるけど大きくなっても戻れるの?」
「戻れると言うか、あちらが本当のシンミアですね」
スヴィニヤーが言うにはシンミアは戦うときに大きな胸が邪魔で、このサイズになっているのだと言う。もちろん小さければ攻撃も当てにくいと言う理由で。
シンミアは根っからの戦闘狂なのだ。
大きくなったのは全力を出すと力を集中してしまうので自分を小さく保っていられなくなるらしい。
まあ、結局のところシンミアが俺を殴ったのは本当の自分を否定された気分になって頭に血が上ったのだとか。
そうか、シンミアには『戻して……』なんて異世界ギャグは通用しないよな。
俺は寝ているシミンアの頭を撫でて謝った。
「んっだよ、バカ犬、異世界ギャグなんかわかんないっつーの……」
寝言のようにボソッと言うとシンミアは上にずり上がり俺の首に抱きつく。
まあ、どう考えても起きてるよな。
「俺がシンミアを否定するわけないだろ」
「うっせ、あの姿になったの久々だったし恥ずかしかったんだよ」
確かにあの格好のシンミアと一緒にお風呂に入っていたら確実に一戦を越える自信はある。
お兄ちゃんはお兄ちゃんでいられなくなってしまうのだ。
『大丈夫だよお兄ちゃん、義理の兄妹は結婚できるんだよ?』
よしならば行こうじゃないかあの境界線上の彼方まで。
等と訳の分からない妄想をしていると爆発音が響き船体が大きく揺れる。
「おわっ、なんだ?」
「あ、ええと、シンミアがケンタ様を殴ったので、あちらの子達と敵対関係になってしまいまして……。とくにレオナと言う娘が手がつけられなくて、この中に避難したのです」
ここは普通の攻撃じゃ壊れないしレオナの攻撃力じゃ確かに破壊はできないか。
「俺が話しつけてくるよ」
立ち上がろうとすると身体中が痛くてよろける。
「あれ、そう言えば、なんで痛いんだ?」
「オレがあの姿の記憶を犬からなくそうと、すごい殴ったから……」
いやいや、あの映像はちゃんと俺の脳内エロフォルダーに入れたうえにちゃんと魂にも焼き付けてあるからそう簡単に消去できませんよ?
キャリアのアプリレベルで消去できませんからね。
「いや、そういう意味じゃないよ。俺の回復薬庫解放の効果が切れてる」
なにげに今まで自動回復に助けられてたから回復できないと言うのは怖いな。
”ドゴン”
また爆発音が起きて船体が揺れる。
いい加減止めないとな。
だけど意識がなくなるほど殴られて、レオナが発狂してるとなると、レオナがシンミアを許すか不安だ。
アイテムボックスから回復薬(中)+を出し一気にあおると身体の痛みが消え去った。
「しかし、油断した最終戦に取っておいた鉱石庫解放だったのに。これでまた手札が減ったわけだ」
とは言え、それで代えられない者達の命を守れたんだ良しとしよう。
”ドゴン”
また衝撃音と共に船体が揺れる。あまりゆっくりもしていられないので俺たちは伊四百型から外に出た。
「ケンタさん!」
レオナが剣を構えながら俺の方へとにじり寄る。俺に肩車されているシンミアを狙っているんだろうけど中々の気迫で少し尻込みする。
「レオナ剣を納めるんだ」
「嫌です! そいつは殺します」
「残念だけどレオナじゃ勝てないし。レオナとシンミアには喧嘩して欲しくない」
「なんでそんなやつ庇うんですか! ケンタさんをあんなに、顔がへこむほど殴ったんですよ!」
「そんなに?」
肩車されているシンミアを見ようとするとササッと隠れて俺と顔を合わせないようにする。顔がへこむってよっぽどだぞ……。
「だってよ、記憶無くさせたかったんだよ……。どうせ回復するし良いかなと思って」
もう回復ないから今後は殴らないでね? お兄ちゃんとの約束だぞ。
心の声が駄々漏れの俺の言葉を聞いて、シンミアは俺の頭をパチンと叩く。
「またっ! ケンタさん、そいつから離れて殺せない!」
「あ”? さっきから黙って聞いていれば言いたい放題言いやがって」
「ちょ、ミンシア」
「犬、こういうのはやりあわないとダメなんだよ」
そう言うと止めんじゃねぇぞとシンミアは俺の太ももを蹴る。
「あんた、またケンタさんを殴って!」
「殴ってねぇだろ蹴ったんだよ!」
「殺す!!」
シンミアに二本の剣が襲いくる、しかしシンミアは両手を組んだまま動かない。
すごい速さでレオナは剣を振るうが、なぜかレオナがじりじりと後退させられる。
「どうなってるんだ」
「シンミアが方足で二本の剣を蹴り飛ばしてるんです」
俺には地面から動いているようには見えないがスヴィニヤーが言うのだ間違いないのだろう。
蹴り飛ばされるレオナの剣撃が次第に遅くなり、それに合わせる蹴りも俺の目でも追えるようになってきた。
「さっきまでの威勢はどうした、オレを殺すんじゃなかったのか」
「殺す! 殺す! 私からケンタさんを奪おうとする奴はみんな殺す!」
戦っているレオナを見ていてあの剣の欠点が分かる。あの剣の技は遠距離攻撃に特化しているのだ。
剣なのに技が遠距離なのだ。
運営は近接しかできない剣の欠点を補おうとしたのだろうがあれでは戦士である意味がない。
何度も剣を蹴られて手がしびれたのか、レオナの二本の剣が弾かれ空を舞う。
レオナは立ち尽くしてシンミアを見る。
「なんだよ武器がないとお手上げか?」
シンミアの挑発にレオナの髪の毛が逆立ち紅さが増した気がした。
剣のないレオナはそのまま拳で殴りかかるが。拳はシンミアの専売特許だ敵うわけがない。
止めようとする俺をスヴィニヤーは制止し首を振る、邪魔をしたらダメだと。
「わぁぁぁぁああ!!」
「言っとくけど、ケンタはお前のものじゃねぇよ、オレの犬だ!」
シンミアのパンチがレオナの腹部に当たり吹き飛ぶ。レオナは事故にでもあったかのように転がり壁にぶち当たるとそのまま仰向けに倒れた。
意識はあるようだが体は動かないようだ。
さすがに娘と妹の喧嘩をこれ以上見ていられない。
嫌われても止めるべきだ。
そう思った瞬間俺の視界の天地は逆転してレオナの方へ投げられた。
シンミアが俺を投げたのは分かったが何でだ?
「「「「ケンタ」」」」
投げられた俺の前にシンミアから守ろうと手を広げる。
「ちょ、シンミア――」
「お前いい加減にしろよ! ここにはお前の妹も娘もいないんだよ! 全員お前のことが好きなんだよ、だからこんなに苦しんでるんだろうが。なんで当のお前が逃げてんだよ」
俺の心の声が聞こえるシンミアには妹や娘というのが不快だったのだろうか。
「それでも俺はみんなを家族のように――」
シンミアが俺の顔の横に拳を落として地面をへこませる。その顔は今にも泣きそうだった。
始めて見るシンミアの泣き顔に俺は戸惑いあたふたとする。
「お前の娘や孫、妹になんかなりたい奴はここには一人もいねぇよ。お前は俺たちをどうしたいんだよ」
俺はみんなの顔を一人一人見る。クニャラ、レオナ、サラ、シンミア、スヴィニヤー……。
「みんなを幸せにしたい」
「だったら答えは一つだろ?」
答えは一つと言っても。断られたら俺の精神は削れまくるのだろうが……。
いや、それが逃げか。
「そうだな逃げてたな」
「ちゃんとハッキリさせろ。神であるオレが許してやるから」
地球の神様じゃ許してくれなくても、この世界の神様は許してくれる、お墨付きだ。ならもう迷う必要はない。
「みんな、俺と結婚してください」
「「「「「「「「はい、喜んで」」」」」」」」
あ、あれ返事してる人多いんだけど……。
なんでシーファとシャーロンまで?
と言うかシャムラさん、あなた今日会ったばかりですよね?
案の定クニャラに怒られて「楽したいだけなのだよ」と言って更に怒られていたが。
シンミアは俺の肩の上に乗ると頭の上に顎を置き「あんまり手間かけさせんなよな」と言って顎でグリグリと俺のつむじを攻撃する。
「そうだな、ありがとう」
「犬の躾をするのは主人の役目だからな」
そう言うとシンミアは俺を斜め横から見下ろしニカッと笑った。




