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同窓会。
それは中学高校、あるいは大学を卒業後、久しぶりに同級生が集まる場である。
互いの近況を肴に酒を飲み交わすそこは、時折戦地と化す。
普段より高価な服を着て、いつもは着けないアクセサリーを纏う。相手より優れている、自分は成功者なのだと、にこやかな仮面の下では凄まじいアピール合戦が行われているのだ。
中には純粋に旧友に会いに来たという者もいるのだろうが、大概の場合己の地位を誇りを持ち、社会的から見ても負け組だと思われない確証を持つ者が大腕を振って参加する。
そんなメンバーが集まる中、会社が倒産し転職したばかりの伊織は開始早々、来たことを後悔していた。
大人数が入るには充分な居酒屋の個室では、あちらこちらから仕事が〜だの結婚が〜だの聞こえてくる。
来た順に座り、不幸にも仲の良かったメンバーが周りにいないこの状況が、伊織の居た堪れなさに拍車をかけていた。
誰に聞かれた訳でもなく、半年前、つまり前の会社に在籍中に出欠を取られたから参加したのだ、と口の中で紡いだ言い訳をビールと一緒に流し込む。
こうなったらいかに無難に話を合わせるかが重要だ。間違っても、相手より不幸な感じを出してはならない。他人の不幸は蜜の味なのだ。獲物を狙う肉食獣のごとく食らいつかれた結果、根掘り葉掘り聞かれてその日の注目度ナンバーワンを獲得すること間違いなしだ。
己に課したミッションを成し遂げるべく、早速隣で繰り広げられている会話へと参加した伊織はタイミングを見て無難な相槌を繰り返した。
「えぇ~、加々美さんって占い師なのぉ? すごーい」
同窓会もそろそろお開きという時間、一人の女から一石が投じられた。
個人間で話すには不自然に大きな声に、周囲の視線が集まる。
周りが静かになり、皆が聞き耳を立てていることを確信した女、坂井麻耶は一見心配そうな顔で「でもぉ」と続ける。
「生活は大丈夫? なんかぁ、イメージだとお給料あんまり貰えなさそう。麻耶、心配だなぁ〜」
そういえば、こいつは昔から性格が悪かった、と高校時代のことを思い出した。
あちこちのグループを行き来しては、その仲をぶち壊していく。通称、グループクラッシャーだと女子の間では話題になっていた。
逆に、加賀美恭子は高校時代は金髪で、誰ともつるまない一匹狼的な存在だったはず。学校が終われば他校の不良と遊んでいるだとか、誰それを病院送りにしただとか不確実ながらも不名誉な噂ばかり囁かれていた。今になって思えば、その噂も彼女の美貌を妬んだ他の女が意図的に流したものかもしれないが、女の陰湿さなど知りもしない当時の伊織は素直に信じ込んでしまっていた。
昔の面影を残しながらも、大人になり格段に美しくなっている恭子。そんな彼女に勝てる場所を見つけたと思っている麻耶は、心配だと言いつつ嬉しさの滲み出る瞳で恭子を見つめていた。
「余計なお世話をどうも。ちゃんと生活出来てるから」
「ひっどぉーい! 麻耶は心配して言ってるのにぃ」
「……まあまあ。坂井が心配するのも無理ないよ。俺たちも聞く気はなかったんだけど、聞こえてきちゃってさ。加賀美も意地張らずに、ね?」
麻耶だけだと分が悪いと感じたのか、今回の幹事である米田健が参戦した。
最近出世したという米田は、麻耶と比べるまでもなく演技が上手かった。けれどやはり瞳の奥には恭子を嘲笑う色が灯っていて、薄ら寒い印象を受ける。
周囲に同意を求めることで一気に個人対多数へと持ち込んだ米田。流石に止めに入ろうと伊織が腰を上げようとしたところで、恭子が深い溜息をもらした。
「そんなに得意気に話すくらいだし、あんたたちは一千万は貰ってんだと思うけど、残念ながらそれでもあんたたちより稼げてっから、心配される謂れはないわ」
「なっ!? ……ちなみに、いくら……?」
「さぁ? 何で教えないといけないわけ?」
二十代で手取りが一千万の大台に乗る者など、僅か数パーセント。
麻耶はもちろん、昇級したばかりの米田でさえ先の遠い話だ。占い師という不安定な仕事で、そんな大金を稼いでいるという恭子。もちろん、はったりという可能性もあるが、恭子の余裕の表情に米田は「もしや」と顔を青くした。
「すごい……」
誰かが思わずといった調子で呟いたのを皮切りに、辺りは騒然となった。
「すごーい! 加賀美さんってば高校のときから只者じゃない感じがしてたんだよね!」
「彼氏は? 結婚したりしないの!?」
「加賀美さん、俺なんかどう? 料理に掃除に洗濯に! 主夫センスばっちりだぜ!?」
「そんだけ稼いでたら、男だって選り取りみどりでしょ! 石川、あんたなんか目にもかけられないって!」
それぞれが好きなことを騒ぐ中、恭子は我関せずと表情ひとつ変えずにグラスを傾けカクテルを飲み干した。