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 ――――疲れて、いるからだ。


 自分に割り当てられたデスクでパソコンのキーボードを打つ手を止めた伊織は、昨夜から何度目かの言葉を胸中で呟いた。


 昨夜帰宅途中に巨大な生き物を見てからというもの、伊織は何度も不思議な生物を目撃することになった。夜空に浮かぶ星を縫うように長い体をくねらせ飛行するもの、神社の鳥居の上で眠りにつくもの、家の近くのコンビニの入口に佇んでいるものなんてのもいた。

 いや、生物と言っては語弊があると伊織は考える。

 なぜなら、()()は伊織以外の人には見えない。人や建物などの物体を通り抜ける。――そんな生き物がいてたまるかというのが伊織の持論である。

 これはきっと、疲れた頭の見せる幻覚なのだ。少し休めと脳が限界を訴えているのだ。

 でないと理解が出来ない。ファンタジーに出てくるような、()がいるだなんて――――


 短時間で何度も龍を目撃し、その非現実的な光景にすっかり悲鳴を上げることのなくなった伊織はパソコンから目を離し、数秒前に窓を通り抜けてやって来たそれへと目を向けた。

 白蛇。よく見たら短いヒゲが生えていたり、生えかけなのか心なしか頭部が二か所盛り上がって見えるが、手だか足だかも付いておらずパッと見だと普通の蛇と見間違ってもおかしくはない。

 ――空中に浮かんでさえいなければ。

 龍もどき。伊織の頭にそんな言葉が浮かぶ。

 龍が蛇から成るのかは知らないが、仮にそうだとして、これはその成長段階なのではないか。ぼんやりそんなことを推察していた伊織は、しっかりと周りが見えていなかった。


「――――沢……おい! 水沢!!」

「はっ、はい!」


 耳元で怒鳴られた伊織は咄嗟に姿勢を正してそちらへ向いた。

 虎馬商事創業からのメンバー、沼田だ。

 沼田は伊織の意識がやっと自分に向いたのが分かると、途端ににやりと口元を(いびつ)に持ち上げてみせた。


「みーずーさーわー! お前、新人のくせに仕事サボっていいと思ってんのかよ、給料泥棒が。最近の若いヤツはそうだよな。お前もさっさと辞めるつもりなんだろ? 堪え性がないからなぁ。だいたい、お前入れるのも俺は反対だったんだよ。もっと有能なヤツは山程いるんだからなぁ」


 しまった。こういうときの沼田はこっちが謝るまでネチネチとしつこい。

 迂闊にもパソコンの手を止めていたことが悔やまれる。

 伊織はすぐに頭を下げるとすぐに使えそうな言い訳を探した。


「す、すみません、沼田さん。今ホームページの更新をしていたんですが、新商品の紹介文でなかなかいいのが思い付かなくて」

「あ? 紹介文?」


 嘘ではない。

 幸か不幸か、手を止める前伊織はちょうどその紹介文を打ち込んでいて、パソコンの画面には試行錯誤の跡が映っている。

 一応筋の通った言い訳に、沼田は面白くなさそうにしながらも言及の手を止めた。


「このキーホルダーなんですが――」


 そう言って表示した画像はカラフルな葡萄のキーホルダー。天然石と謳っているが、実質は人工石や色のついた硝子玉だ。

 ピンクなら恋愛運、黄色なら金運など、色によってだいたい連想されるものはあるが、こうもカラフルだと逆に困ってしまう。


「チャーム、て言うんだよ。その方がなんかオシャレだろうが。そうだなぁ……そのとき必要な運が上がる、だとか適当に紹介文に書いといて、口コミの欄に恋愛をメインに書いとけ」

「は、はい」

「他の商品にもまんべんなく書いとけよ〜」

「はい。ありがとうございます」

「おーい、内村ぁ! お前今あくびしやがったな!?」

 

 次の標的を見つけ、早々に切り上げて行った沼田に、伊織はほっと息を吐く。

 嫌味を言うためならば長時間口を開き続けるくせに、仕事となったら面倒くさいのか途端に口数が減るのだ。

 視界の隅で動いた白蛇に再度視線を向けると、じぃっと沼田を見つめたあと悠々と空中を泳ぎ、来たときと別の窓から退室していった。


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