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第一章(四)

 僕と夏波の家は隣同士なので、夏波と一緒に帰り道を歩く。

 星々の光は弱く、月と電灯が行く末を照らしていた。通り過ぎる人の数も少ないので、夜の暗さが寂しそうな印象を与えていた。

 夏波とは小中高と同じ学校であった。高校に通い初めからの一年半、毎日この道を通り登下校している。

そんないつもと変わらない景色、いつもと変わらない空、いつもと変わらない光の輝きがあるはずなのに、どこか違って感じる。

 風景が変わらなくても、僕たちが変わっているのかもしれない。昨日という一大事を迎えての心情の変化も、もちろんあるのだろうが、過ぎゆく日々によってもたらされる変化が積み重なり、確固たる変化が生まれるのであろう。

 昨日の不思議世界について考えようとすると、考えが広がり、止まることがなくなってしまう。授業中も時々、不思議世界について考えてしまっていた。授業中に多大なる展開をみせると、先生の話の内容が頭に入って来なくなるので、そうならないように努力はしていた。

 いつも立っている電信柱。左右等間隔に突き立っている杭が、この電信柱を守っているように見えた。

「なあ、健一」

 そんなことを思い返していると、夏波に話しかけられた。

「あの昨日の本あげようか?」

「いや、いらん」

 当たり前だ。あんなゲテモノ誰が欲しがるか。

「なんでだよ! あのワクワク世界に、いつでも行けるようになるんだぞ! 男の子ならワクワクするだろ!」

「あそこにはもう行きたくない! 昨日のでお腹一杯だ!」

「うぅ……」

 彼女は不満そうである。

「なんか不気味で、あの本を家に置いておきたくないんだ」

「なら捨てちゃえば?」

「呪われそうじゃないか」

「じゃあ、売るとか」

「それも呪われそう。『よくも売り飛ばしてくれたな、こん畜生! 呪い殺してやる!』って感じで」

「他は……」

「健一が受け取れば本も喜ぶと思うぞ!」

「それは無理な相談だ」

「なんでだよー」

 そんな本なら、なおさら受け取りたくない。


 自分の家の前についた時、僕は違和感を覚えた。朝、出てきた時と何かが違う、何かが変わっているのだ。不審に思いながらも、鍵を開けて中に入ろうとする。だが、扉は開かなかった。まさかと思い、もう一度鍵を回すと扉は開くようになった。鍵は元から開いていたのだ。

 たぶん鍵を閉め忘れてしまったのだろう。まったく、不注意にも程があると、自分でも思う。

中に入り、廊下を歩いていくと、髪飾りを二本挿した見知らぬ少女と目があった。

「おかえりなさい」

「た、ただいま……」

 反射的にそう返してしまったが……。勘弁してほしい。泥棒だろうか? それにしてはやけにのんびりとした態度である。泥棒ならもっとこう……焦るのではないか? 襲いかかられて、僕が傷を受けても当然だと思う。

「え……、君は……誰?」

「あっ……、申し遅れました。私は河西綾と申します」

「これはご丁寧にどうも……」

「はい」

「それで、河西さんはどうして僕の家にいるの?」

 当然の質問である。

「えっと、それはですね…………」

「………………」

 間が空いてしまう。なんだよ! 怖いよ! 黙らないでよ!

「うーん、上手く説明するのが難しいですね。……ちょっと長くなるので、座って話しませんか?」

「そうだね、座って話そうか」

 と言い彼女と共にリビングへ移動する。ここで不審者だ、不審者だ、と騒ぎたて抵抗するのは得策ではない。まずは相手の出方を窺うのだ!

「どうぞ座って下さい」

 椅子を引き彼女に座るよう促す。

「ありがとうございます」

「お茶持ってきますね」

「すみません。わざわざありがとうございます」

 彼女をリビングに置いて台所へ向かう。

 自身の適応能力が恐ろしかった。不法侵入した人間と取り乱さずに話ができている。相手は犯罪者だぞ。警察に突き出してやろうか。

だが話を聞いてからでも遅くはない。聞くだけ聞いてみよう。

 ヤカンを火にかける。

 お湯が沸くまで、しばらく待っていなければならない。茶葉を急須に入れた。まだお湯は沸かない。まどろっこしい。

 リビングに行き彼女の様子を見てこようか。いやしかし行ったところで、何の話をすればいいのだ。彼女の話は長いのだから、お湯が沸くまでという短い時間で話し終わらないだろう。ならば中途半端に戻らないほうがいい。

 やがて湯が沸いた。

 急須に湯を注ぎ、お茶を入れる。

 お盆にお茶を乗せてこぼさないように持っていく。

「お茶です。ドウゾ」

 お茶をお盆から降ろし彼女の前に置く。

「ほんとすみません。いきなりお邪魔したのに、お茶まで出してもらって」

「イエイエ。お気になさらないで下さい。それで話ってのは?」

「はい、健一さん、あの本を持っているんですよね?」

 あの本……、本、本。このタイミングで彼女は現れたのだ。昨日、夏波の家で見つけた本だろう。

 今は夏波が持っているのだが、面倒くさいので持っていると言ってしまおう。

「持ってるけど、河西さんはあの本のことを知っているの?」

「知っているも何も、元々は私があの本を所持していたんです」

「河西さんが?」

「はい、私がです」

 あの本は河西さんの所有物であった。

 ……訊きたいことは山ほどあったが、何から訊いていいのか分からなかった。

「えーと、それでは何から何まで、一から十まで、お話しますね」

 彼女から話し始めてくれるとはありがたい。

「私には、小さい頃から仲の良かったお爺さんがいました。お爺さんは大の収集家で、古今東西の珍しい物を集めておりました。収集のため外国に行き、そこの商人に『これぞ昔、王が遠方の地の職人にわざわざ作らせた伝説の書物だ!』等と、言いくるめられてしまいました。そして一冊の本を買わされたのです」

 彼女の話は軽快に、そして唐突に始まった。

 その本は絶対にインチキ本なのだろう。

「何か嘘くさい売り方だな」

「そう思っても仕方ありません。ですがその本は、本物の伝説の本だったのです!」

 そ、そんな馬鹿な!

「『話の真偽が問題なのではない。重要なのは真実だと思うことだ』と常々言っておりましたお爺さんも、これには驚きました」

 お爺さんいいこと言うなあ……。

「本には一枚の紙が挟まっていました。その紙には、『欠片を集めてこの本を完成させよ。そうすれば、この本は完璧になる』と、いったことが書いてありました」

「よくそんな紙があったな」

「おそらく前に本について調べた人がいるのではないかと思われます。その人が後の人のために、残しておいたのではないか……と」

 なるほど、随分と親切な人だったんだな。

 ところで、欠片とは一体何なのであろうか。

 そう疑問に思ったが口に出すタイミングを掴みそこねてしまった。

 彼女の話は次に進んでゆく。

「他にも細かい説明が書かれておりました。その一つによると、本を完成されるためにはまず、適合者を捜して本の世界へ行く必要がある、とのことです」

 ……なるほど、そこまで言われれば察しがつく。

「その適合者というのが……」

「そう! あなたなのです!」

 ズビシッと指を向けられてしまう。

 そうだろうな。ここであなたではありませんとか言われても困る。いや、僕は困らないけど。

 彼女の説明を聞き、昨日の出来事に説明をつけられたので安心した。なんだよ、そんなことだったのかよ。昨日ヒヤヒヤして損しちまったじゃないか……。

「適合者を見つけたら、次は欠片を四つ見つける必要があります」

 ああ、さっきの欠片はここに繋がってくるのか。

「それで欠片は、どうやって見つけるんだ?」

「欠片を見つける方法も、挟まっていた紙に書いてありました。それによると、欠片は適合者が見つかった時に現れます。欠片の種類も二種類あって、一種類目は最初から物として現れる欠片です。この欠片はどこに現れているのか分かりません。それと、もう一種類は」

 そこで彼女は一呼吸置き、少々躊躇った様子を見せた。だがすぐに続く言葉を言い始めた。

「人の心に存在する欠片があります」

 物として現れる欠片……というのは、どういうものか分かる。このテーブルや椅子のように見て触れられる形で存在しているのだろう。

 だが心にある欠片とは、一体どういうものなのだろうか。そもそも、それはどのようにして、手に入れるのだろうか。

「心に存在しているって……。それはどうやって手に入れるんだ? まさか解体するわけじゃないだろうな」

「し、しませんよ。そんなこと」

 彼女は狼狽えながら、そう言った。

「心の中の欠片を手に入れるには、強い感情を起こさせればよいのです。感情の種類はなんでも構いません。喜びでも、怒りでも。問題なのはその強さです。ある程度強くないと、欠片は出てきてくれません」

 うーん、強い感情を起こさせるのって、難しい気がするぞ。

 負の感情なら、起こすのは簡単かもしれないが、そんな無責任なことはできない。

 ということは物としての欠片を捜すことになるだろう。

「これで説明はおしまいです」

 と言い、彼女は真剣な目つきになった。

「それでですね、健一さん…………」

 数秒間の沈黙。やがて彼女はこう言った。

「本を完成させるのを、手伝ってもらえませんか!」

「ああ、いいよ」

 今更である。僕は手伝うつもりで話を聞いていた。

「そ、即答ですね……。もう少し悩んだりしないんですか?」

「しないね!」

 事情がわかればあの世界も、本当のワクワク世界になる。

 ワクワク。

 今の僕はあの世界に惹かれていた。こんな面白そうなことは中々ない。さっきの話を聞いている時から、僕の秘められた冒険心はくすぐられっぱなしだった。ここで逃したら一生ここまで僕を駆り立たせるものに、出会えないかもしれない。逃すわけにはいかない!

「ところで、どうやって僕が本の世界に入ったのを知ったんだ?」

 誰かが僕を見張っていた……とかではないだろう。ならばどうやって知ったんだ。さっきの話に比べれば些細なことではあるが、気になったので訊いてみた。

「それは、適合者が現れると私に伝わるような仕組みを、お爺さんに作ってもらったんです。この仕組みはお爺さんが考え、発明した物なんです」

 比較的安心できる方法だったので良かった。

「あともう一つ訊いてもいいか?」

「はい、どうぞ」

「あの本は古本屋にあったらしいんだ。何で古本屋にあったんだ? 元々は河西さんが持っていたんだろう?」

「いいところに気がつきましたね、健一さん。挟まっていたメモ書きを読んだ後、私は考えました。どうしたら適合者を見つけられるのだろう。どうしたら適合者を見つけられるのだろう。そして思い至ったのです。古本屋に売れば、たくさんの人の手に触れていただけるのではないかと! 私はすぐさま古本屋へ行き、お爺さんの本を売りました。すると本は千円で売れました。せいぜい二百円ぐらいかなと思っていたのに、千円で売れるとは。なんともラッキーでした」

 彼女は熱を入れて、僕に語ってくれた。

 話が一段落したとき、こちらへ向かってくる足音がリビングの外から聞こえた。

「河西さんの他にも誰か家にいるの?」

「いえ、ここへ来たのは私一人ですけど」

 ならば夏波だ。

「夏波。そこを動くな」

 ドアに向かて呼びかける。

 夏波を河西さんに会わせるわけにはいかない。夏波が河西さんと会ったら、僕が女の子を家に連れ込んだのだと思うだろう。普段は友達を家に呼ばないのだ。ふしだらな男だと思われたくはない。

「な、何だ健一。動くなって……強盗ごっこか? 動いたら撃たれるのか?」

「そうだ。僕は強盗だ」

「許してくれ。許してくれ。私は夕食のカレーが残ったので、差し入れに来ただけなんだ」

「ならば、カレーを置いて立ち去れ」

「ひぃっ。撃たないでくれ。撃たないでくれ」

「撃たねぇから早くしろ!」

「………………」

「どうした! 早くしろ!」

「もう強盗ごっこは飽きた。入るぞ」

「えっ、ちょっ、いいのか? ほんとに撃つぞ? お前死ぬぞ?」

「撃てるもんなら撃ってみろ。バーカ」

「命を粗末にするなあああああ!」

 ガラリ。

 死んだのは僕だった。

 扉は開かれ、僕たちと夏波を隔てるものは何もなくなった。

「………………」

「………………」

 河西さんを目にした夏波は、冷凍保存されてしまった。カッチンコッチン。リビングは冷凍庫なのだ。だってほら僕も寒気を感じるよ。死体保管庫には丁度いいだろう。

 河西さんは僕たちの寒冷を敏感に感じとり押し黙っていた。なんと空気の読める人なのだろうか。ありがたや、ありがたや。

「うげー、連れ込んだのか?」

「そうだと言ったらどうする?」

「軽蔑する」

「違うと言ったら?」

「信じない」

「どうすりゃいいんだよ……」

 この後、夏波に事情を説明するのに三時間かかった。

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