表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/20

第一章(二)

 初めはただ呆然とすることしかできなかった。そこは全てが白でできていた。僕たちはその白の上に立っていた。状況が全く理解できない。

 混乱、混乱、混乱する。思わず気絶してしまいそうになる。

 混乱の次に襲いかかってきたのは不安だ。得体の知れない現象。僕には手の届かない領域……。こんな出来事を易々と受け止めることはできない。

 しばらくして我に返ると、全身は汗で濡れていた。

 ふと横にある気配に気づき、そちらに視線を移動させると夏波が立っていた。

 彼女も僕と同じような気持ちであるのだろうか。彼女はわなないていた。

 その恐怖を僕は身を以て体験し知っていたから、僕は震えている彼女の手を握った。それで彼女を安心させたかった。握ったその手は汗で湿っていた。多分僕の手も先程の汗が乾いておらずに、湿っているだろう。

 そのまま永い時間が過ぎた。十分、二十分、いやもっと永いかもしれない。時間の感覚までもが狂っていた。ただその中で、手の平に伝わる温かさが、僕たちの希望を繋ぎ止めていた。

「ん、もう大丈夫」

 静寂を破り、彼女がそう言った。

「本当か?」

「ああ、大丈夫だよ」

 彼女が無理をしていないかと心配だったので、聞き返してしまった。だが、その言葉に偽りはないようで、手の震えも収まっていた。

「健一こそ、ビビってるんじゃないか?」

 夏波がニヤリと笑い、訊いてきた。

「別にビビってねーよ」

「本当かー?」

「本当だよ。なにも怖くないし!」

 そう言い合いをしていると彼女の顔にも笑顔が戻ってきた。こんな会話でいつもの調子を取り戻せるのは、付き合いが永いからであろう。

「怖くない」と言った僕の言葉も本当である。

 彼女を安心させるために手を繋いでいたのだが、自分までいつの間にか安心してしまった。

「なあ、健一」

「なんだ?」

「ここが何なのか分かるか?」

 意外にも彼女の適応力は高く、早々と状況を理解しようと努めていた。

 だが、ここがどこであるか、何であるかなんて僕に分かるはずもなかった。

「いや、全く分からん」

「だよな…………。はあ…………」

 彼女は深くため息をついた。

 この場所について説明すると、前方には人工物があった。それは僕たちのいる場所から延びる道と、柱、そして道の続く先にあるピラミッド型の建物である。

 道は直線状に延びていた。道は周囲と比べて高さが一段低くなっていたので、それを道だと推測できた。

 柱は道の左右に、それぞれ三本ずつ、計六本立っていた。それはギリシャの神殿にある様な白い円柱状の柱であった。それが道に沿って、等間隔に立っている。

 その道の続く先にあるピラミッド型の建物。ピラミッドには階段がついており頂上まで登れそうだった。

 それ以外は何も分からない。

 全てが白、白なのである。地も白であり、天も白であった。地と天の境界線があるのかさえも分からない。

 遠く眺めても境界線は見えないのだ。

 ただ、そこにある道、柱、そしてピラミッドは何故か認識できた、それらも白色であるのに。

 天地は区別できないのに、建造物は区別できることに疑問を感じていた。

 もちろん、そんな疑問の答えは分からない。

 分からない、分からない、分からないと、分からないことずくめであった。

「とりあえず、道を進んでみないか」

 ここでじっとしていても何も始まらない。せっかく道があるのだから、進んでようと思った。

「ダ、ダメだ!」

 何故か、反対されてしまった。

「こんな得体のしれないところにいるんだ。何があるか、分からないじゃないか! もしかしたら一歩踏み込んだ時地面の底が抜けて、さよなら……と落っこちてしまう……なんてこともあり得るんだぞ!」

「そんなとんでも展開、ありえるのか?」

「ここにいること自体、とんでも展開じゃないか!」

 たしかにその通りであった。

 うーん。でも流石に底が抜けるなんてことはないと思う。

 これを納得させるには、どうすれば良いのだろうか。

 しばらく考えていると、良い解決法が思い浮かんだので提案してみる。

 何か入っていないかとポケットを探ってみたが、ハンカチしかなかった。仕方ないこれでいこう。

「じゃあ、僕たちの身代わりにハンカチを置いてみるから、何も起きなかったら先に進もう」

「分かった。試してみて」

 道にギリギリまで近づいて、ハンカチを置く。

 …………。

 何も起こらなかった。

 ふう、底が抜けたらどうしようかと思った。そんなのあるわけないよな!

「ほら、何も起こらないだろ」

「そうだな。心配しすぎたみたいだ」

 どうやら、彼女を納得させられたようである。

「それじゃあ、改めて行ってみるか」

「よし! 行こう!」

 柱の方に近づいてみると、柱はさっき見た時よりも大きく感じられた。八メートルぐらいの高さがありそうである。

 ピラミッドはその何倍も大きい。高さは五十メートルくらいであろうか。

 ピラミッドの前まで来た。

「ここまで来たからには登るのだろうけど……。登るのか?」

 彼女がためらうのも無理はないだろう。五十メートルの高さを登るのである。僕も嫌気が差してしまう。

 でも、登らないわけにはいかない。

 ここまで来たんだ。ここで引き返す? ありえない。

「登る」

「えーーーーー。……私は待っている。健一だけで行ってきてくれ」

 なんてこと言い出すんだ。僕一人だけで行くなんて、上に何があるか分からないし怖いじゃないか。

「夏波も来いよ」

「やだよ」

「お願いします。来てください」

「じゃあ、私を背負って行け」

 ……一人で行くよりはましか。

 僕は彼女を背負えるよう彼女に背を向けてしゃがんだ。

「ん……」

 その声と共に、彼女の存在を背中で感じるようになった。胸の感触も背中で感じていた。

「……なあ、これ胸が」

「幼馴染なんだから、そんなの気にしないだろ」

 その理屈はどうかと思う。

 ええ! 気にしますよ! 何なんですか一体!

これで少しはやる気が出たのだが、最初の十段で体力が限界を迎え、彼女を下ろすことになった。

その後、彼女にこっぴどく言われてしまった。


 この世界での僕たちの小冒険も、終わりを迎えようとしていた。ついにピラミッドの一番上まで辿り着いたのだ。

 フィナーレを飾る舞台はあまりにもシンプルであった。

 頂上は平らになっていて、奥に大きな板のようなものが立っていた。これだけの高さを登ってきたのに、頂上はとても広かった。改めてこのピラミッドの巨大さを実感させられる。

「はあ……、はあ……、やっと着いた……」

 息を切らしながら彼女が言った。

「はあ……、もうしばらく階段は登りたくない」

 こんなに長い階段を登ったのは、生まれて初めてだ。

 長い階段がトラウマになりそう。

「奥に何かあるけど、遠いな……」

 彼女の言うとおり、奥に四角形で長い板があった。

「じゃあ、走っていくか?」

 考えてもいないことを、つい言ってしまった。

「さっき階段を登って来たのに、よくそんな体力があるな。アホなんじゃないか? 私はもう限界だよ……」

「冗談だよ。僕もヘトヘトだよ……」

 誘ってしまったのは自分なのだが、「そうだな走っていこう!」なんて言われたら、堪ったものではなかった。

「このままだと歩けないから、少し休憩しないか?」

 彼女に向けて提案した。

「そうするか」

 道路のアスファルトの上なら座るのを躊躇ってしまうが、ここは汚れてもいないし、人の目も気にしなくていいので堂々と座り身体を休めた。

 奥にある石碑はこの世界で唯一の黒であった。だが何も書かれておらず、のっぺりとした板が下から生えているだけである。

 石碑の前に着いた時、裏には何か書かれているかもと思い裏へ回ってみたが、何も書かれていなかった。

「何も書かれてないよ」

 夏波に裏の状態を伝える。

「そうか……」

 ここまで来て何もないということは、手詰まりである。

 自然と空気が重くなる。

 僕も彼女も考えていることは同じであろう。

 もしや、この世界から出られないのではないだろうか。

 そんなこと考えたくもなかった。飢えて死ぬまでここにいるなんて! 気が狂いそうだった。

「……………………」

「……………………」

 沈黙は重かった。空気は重々しく耐えられるものではない。

 やがて沈黙は破られた。

「健一…………」

 それはこの空気に感化されたのか、低く、重く、ゾッとする声質であった。

 彼女の唇が動き、次の言葉を紡ごうとする。紡がれる言葉を聞くのが恐ろしかった。

「ま、待て!」

 言葉を止めようとする。一歩踏み出そうとしたら、片足から力が抜けてよろめいてしまう。

 手が石碑に触れる。

 体重をかけた時、石碑から光が発せられた。その光はどんどんと強みを増していき、僕たちを飲み込んでいった。

 石碑も、白の空間も、夏波も、見えなくなった。

 意識が遠のいていく…………。


 頬にホコリが降りる。

 気がついた時、僕たちは夏波の家の物置にいた。

 外へ出てみると空は朱に染まっていた。本を見つけたのがお昼過ぎだったから、四、五時間経過していたようである。

「健一……、戻って来れたんだね……」

 夏波の声はか細く弱々しかった。

 僕もひどく疲れてしまった。ここから一歩も動きたくない。

 ……動かなくてもいいだろう。あんな惨事から無事生きて帰って来れたんだ。少しくらいの怠惰は許される。

 左手が夏波の右手に触れた。そのまま手を強く握る。

 彼女の手は冷たかった。

「なあ、今日のことって一体何だったと思う?」

「…………」

 僕の質問に彼女は答えなかった。ただ手を握る力が強くなっていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ