第五章(四)
このままで済むはずがなかった。
欠片をなくしてしまったことに責任を感じていた。綾と夏波に優しくされればされるほど、責任を深く感じていた。
綾と夏波は僕と、僕が欠片をなくしたのを許してくれた。でも、僕は僕自身を許していなかった。
自分ひとりで欠片を見つけようと決めた。
ひとりで欠片を捜していたら、綾と夏波は船での一件を即座に結びつけ、僕がひとりで欠片を捜している理由を悟るだろう。そして、欠片を捜すのをやめさせるだろう。
彼女たちに見つかるわけにはいかなかった。
なので家を出て、浩二の家に泊まることにした。
家から僕がいなくなったら、綾と夏波は心配するのだろう。申し訳ないと思う。だが、今の僕は欠片を見つけることが、最も優先すべきことだと思っていた。欠片を見つけなければ今後生きていけない、とさえ考えていた。
せめてもと、「心配いらない」と書き置きして家を出ていった。
これは意地であった。
「で、何で俺の家に来たんだ?」
コンビニ弁当を食べていると、浩二が改めて訊いてきた。
「遊びに来たんだ」
欠片捜し一日目の今日は、めぼしい成果を上げられなかった。
「なら学校には来いよ、学校終わったら遊んでやるから。サボりはよくないぞ!」
学校に行けば、綾や夏波と顔を合わせなければならないだろう。なので、学校へは行かなかった。学校に行っている時間を、欠片捜しにあてた。
「中川原さんたち心配してたぞ。俺に健一を知らないかって訊いてきたよ。健一、何かしでかしたのか? 変なことしたのなら、すぐに謝っといた方がいいぞ」
「そんなことはしてないよ。夏波も心配性なんだろう。一日二日家を空けたところで、何も心配することはないのに」
「ならいいけどよ。あんま変なことすんじゃねーぞ!」
今日はこれまでに捜さなかった場所、捜そうと思わなかった場所を、重点的に捜した。並大抵の場所はもう捜しており、そこに欠片はなかった。
立入禁止の工事現場に入っては、おっちゃんから怒鳴られた。
道路の端にある植木の中にまで、手を入れて捜した。
しかし今日は見つけられなかった。一日目なので、そんなものだろう。明日また捜しに行こう。
欠片捜し二日目。
今日は昨日捜しきれなかった場所を捜した。
ここにはないかと公園のゴミ箱を漁ったり、近所の林に行ったりした。
だが今日も見つけることはできなかった。
空が暗くなった頃、浩二の家に帰った。
浩二は何もすることがないようで、ベッドへ横になり漫画を読んでいた。僕が帰ってきたのに気がつくと、浩二は漫画から顔を上げた。
「今日も中川原さんに健一のこと訊かれたよ。少しくらい連絡しといた方が、いいんじゃないか?」
「ああ、しておくよ」
そうは言ったが、もちろんするはずがない。欠片を見つけるまで連絡はしないと、決めているのだ。覚悟を決めているのだ。
「今日は飯何買ってきたんだ?」
「焼き鮭弁当だ。浩二も食べるか?」
「俺はもう飯食ったからいらん」
少しくらいなら食べさせてもいいと思っていたが、いらないのなら仕方がない。僕が全部食べてしまおう。
鮭弁当を食べていると、浩二がチラチラとこっちを見てきた。見られていると落ち着かない。
「やっぱり少しくれ」
付け合せのポテトサラダをあげた。
三日目。
僕は遂に欠片を見つけた。それは流れる川の水底にあった。水際のギリギリに立つと、欠片は僕に姿を見せた。
水流へ片足をつける。十一月の水流はとても冷たかった。
両足をつけ、冷たさに慣らしていく。ここから欠片まで約三メートル、川の深さは腰ぐらいまでありそうだ。一度深呼吸して、水へと身体をつけた。水は身体をピリリと突いた。だが、進むのをやめるわけにはいかない。もう一度深呼吸して、身体を落ち着かせた。余計な力を抜いていく。足を進めると、沈む石の硬い感触が伝わった。石は無数に転がっていた。
欠片の寸前まで辿り着いた。立ったまま水中へ手を伸ばしたが、欠片へは届かなかった。顔を水につけて手を伸ばす。欠片に触れた。それを一気に引き上げる。ザパァと水の裂ける音がして、欠片は空気へと触れた。
僕は欠片を見て、今にも崩れ落ちそうになった。これまでは、見つけられなかったら、どうすればいいのかと不安が、心を占めていた。だが今、こうして見つけられたのだ。達成感で頭が、焼き切れそうだった。
川岸は近い。急いで戻ろうとする。
「おわっ!」
途中、焦って戻ろうとしたのが災いして、足を滑らせてしまった。顔が水面に叩きつけられる。
「うっぷっ!」
水を少し飲んでしまった。口の中でゴミを感じた。底が浅かったのが幸いして、溺れずに済んだ。
欠片を手放してはいなかった。拳は堅く握られていた。もう欠片を手放すわけにはいかない。
陸に上がると水を吸った服の重みをズッシリと感じた。風が僕に冷たく吹き付けた。
欠片を手に入れたと、綾と夏波に早く伝えたくて、真っ先に家へ帰った。だが今の僕は全身びしょ濡れであったのだ。それをすっかり失念していた。
「け、健一さん!」
玄関の扉を開けると、綾がすぐに出迎えてくれた。
「どうしたんですか! びしょ濡れではありませんか!」
僕を見ると綾は血相を変えた。
「身体を温めましょう。今お風呂沸かしてきますので、入っちゃって下さい」
僕は慌てる綾を制して、手に握られた欠片を見せた。
すると綾は全てを悟ったようだった。僕がこの三日間、綾たちの前からどうして姿を消したのか、姿を消して何をしていたのか、その全てがこの一瞬で紐解かれていったようだった。
「馬鹿なんじゃないですか! こんなになってまで、することではないでしょう! こんなもののために!」
乾いた音が鳴り響いた。僕は綾に平手打ちをされた。
僕は馬鹿だった。けれど決して後悔はしていなかった。
「本当に馬鹿ですね……。こんな無茶なことはもうしないで下さい……」
綾は僕を抱きしめた。
彼女は自分の服が濡れてしまっても全く気にしなかった。川の水は彼女へと移り、服に模様をつくった。
「そうだな……。僕もこんなのは二度とごめんだよ……」
冷たく麻痺している感覚では、頬の痛みを知れなかった。けれど、抱きしめるその温かさは感じられた。