第四章(一)
欠片は二つ集まった。
一つ目が見つかってから二つ目が見つかるまで、そう時間はかからなかった。このままの勢いが続いたら……と考えると、四つ目が集まったその時を、容易に想像できた。
……その時、綾はどうするのだろうか。全ての欠片が集まったのだから、もう僕たちの側にいる必要はないのである……。
だが、僕は欠片がそんなに早く見つかるとは思わなかった。二つの欠片が短い期間で見つかったのは只の偶然である、最初の欠片は中々見つからなかったのだから。
そう思い、僕は綾のことについてあまり深く考えなかった。
それは偶然の発見であった。
「ああっ!」
部活が終わり、帰り支度をしている時である。僕は部長が取り出した鍵に、付いているものを見て、思わず声を上げてしまった。
皆は不思議そうに僕を見る。
「どうしたんだ? 健一」
夏波に聞かれたので、声を潜めて言った。
「夏波、あれだ! 部長が持っているものを見ろ」
「ん? 何だ?」
部長の方を見る、夏波。そこで夏波も、そのことに気がついたようである。
なんと、部長の鍵に付いているキーホルダーが欠片であった。
これまで、何故気づかなかったのか不思議に思った。
「お、おい健一。どうするんだ?」
「どうしようもねーよ!」
本当にどうしようもない。いきなりのことだったので、頭の整理が追いつかなかった。
「二人とも、何やってるんですか?」
良川さんが、ヒソヒソ話をしている僕たちに声をかけてきた。
「い、いや何でもない」
「そ、そうだよ。何でもないよ!」
「そうですか。愛の囁きあいなら、家でやって下さい」
「そんなんじゃないよ!」
良川さんは冗談で言ったのだろうが、そんなに強く否定されると悲しい。
「それでは失礼します」
彼女は僕たちに礼をして、帰って行った。
今日のところは、僕たちも帰ることにした。
欠片は部長のキーホルダーとなっていた。流石部長である、僕たちが捜し求めていたものを持っているなんて。尊敬を通り越して、崇め奉ってしまう。
さて、これをどう手に入れるかが問題なのだ。
夏波に相談したところ、彼女はこう言っていた。
「部長は優しいから、言えばすぐ、くれるんじゃないかな。あの人、執着とかしなさそうだし」
なるほど、たしかに部長は大雑把な性格で、細かいことは気にしない質だ。キーホルダーの一個や二個ホイホイとくれるだろう。
というか善良な市民である僕にとって、こっそり失敬するというのは論外だ。バレたら殺されるだろう。
なので部長に直接かけ合うしか、道はないのだ。
僕と部長の接点は部活しかない。なので部室でかけ合うことにした。
部長と二人きりのほうが話しやすいと思ったので、後輩である良川さんがいない時を見計らって放課後、部室に入った。夏波には後で来るように言ってある。
「あの部長、お話があるのですが」
「何だい、寺垣くん」
「部長が鍵につけているキーホルダーって、一体どうしたんですか?」
「ああ、これか? これはちょっと前に道端で拾ったんだ。綺麗な石だったんで、思わず気に入ってしまった」
「その石、いただけませんか?」
思い切って言う。部長の方を見ると、顔が引きつっていた。
「私の所有物が欲しいなんて……。寺垣くんは見かけによらず変態なのだな」
「ち、違いますよ」
「へー、そうなのか」
疑わしげに言う部長。
「そうですよ、僕は変態なんかじゃありません」
「でも、欲しいんだろう?」
「……はい」
「やっぱり変態じゃないか」
「いや違うんですよ、部長。ほんと勘弁して下さい」
「はっはっは、冗談だよ。後輩に欲しいと言われたら、あげないわけにはいかないな」
部長は朗らかに言った。
「部長……!」
僕は感動してしまう。ああ、やっぱり部長は素晴らしい人格者であった。一生付いていきます!
「でも、只であげるのも、つまらないからな」
「え?」
「一週間、私のいうことをきいてくれないか?」
「はい?」
これは予想外の展開だ。全然ホイホイとくれなかった。
「そんな酷いことは命令しないさ。荷物持ちとお使いをお願いしようと思う。パシリみたいなものだよ」
パシリも十分酷いのではなかろうか。
「どうする? やるか? やらないか?」
しばし考える。
……一週間耐えれば、手に入るんだろ! やってやるよ!
「やります!」
「おっ、やっぱりやるか。君は尻に敷かれるのが好きそうだもんな」
そんなことはないのだが、そう見えるのだろうか。
「では、来週月曜日の朝七時半に私の家へ来てくれ。まずは、荷物持ちを頼む。これが住所だ」
部長からメモ用紙を渡される。
部長の家は僕の家から行くと、学校へ行くよりも二倍の距離がある場所にあった。
「それじゃあ、来週の月曜、待ってるからな」
「はは……、分かりました」
僕も男だ! これくらいの仕事、大したことじゃねーよ!
ちょうど話がついた時、部室の扉が開かれた。
「あら、今日は早く来たんですね。先輩」
良川さんが部室に入ってくる。
「ああ、今日は帰りのホームルームが、早く終わってな」
大嘘である。
いつも遅いのは、教室でダラダラしているからである。
「そうですか」
彼女は興味なさげに言いながら、自分の席についた。
良川さんが部室に来たのを確認した部長は、傍らにある自分の鞄をごそごそと漁った。そして文庫本を取り出した。
「良川さん。この前借りた本返すよ」
「もう読み終わったんですか。早いですね」
「読みやすい本だったので、すらすらと読めたんだ。それと、本の中に栞が挟まっていたよ。これ良川さんの栞?」
部長は持っている本から、赤い栞を抜き取った。
「あっ、それ私のです。良かった。千陽先輩に貸した本に挟まっていたんですね。どこにいったのかと心配でした」
「大切なものだったなら、見つかって良かったよ。今度からはうっかり挟みっぱなしにしないよう気をつけな」
「はいっ、ありがとうございます」
部長は栞と本を良川さんに渡した。
家に帰り、夏波に部長から言われた条件を聞かせた。
「ぷはははは! そ、それでやるって言ったの?」
「ああ、言った」
「ははははは! ご、ごめん! あはははは!」
さっきから夏波は、笑いっぱなしである。僕が一週間部長の言うことをきいて、欠片をもらう。いい話じゃないか。なのに何で笑っているんだ。
「それ、やらないって言っても、多分欠片貰えたよ」
「え?」
「部長は断られるの前提で、言ったんだと思うよ。だから本当にやるとは、思ってなかったんじゃないかな」
「じゃあ、僕がするこれからの努力は……」
「無駄だな」
バッサリと、切り捨てられた。
そうはっきり言われると、どんよりとした気持ちになってしまう。
「そ、そんな落ち込むなよ」
「へ、へへ……、いいんだ……。どうせこれからすることは、骨折り損のくたびれ儲けなんだ……」
「そ、そんなことないぞ。健一がいなかったら、その欠片は手に入らなかったんだからな。健一は凄く役に立ってるぞ!」
「本当に?」
「本当だ!」
夏波にそう言われて、少しやる気が出た。