#01-6
ブレイドボア撃破直後。
休憩を終えたオレはさっそく解体作業に取り掛かった。
ブレイドボアの喉を切り裂いて放血をうながす。
重すぎて逆さまにできないが、後ろ脚を担いでなんとか血抜きを済ませる。よし、これくらいで大丈夫だろう。
まずは巨大な頭部を切り離す作業からだ。
硬い骨で刃が欠けてしまわないように気をつけながら銃剣を動かす。脊椎も軟骨の部分に刃を入れれば簡単に切り離すことができる。重い頭部を外してしまえばおよそ40キロ弱は軽くなるだろう。
オレは思わず感嘆を漏らした。
その大牙を間近で見てみると、改めてその鋭さがわかる。刃渡りは25センチほどで反りが浅く、柄と鞘を用意すればそのまま小太刀として通用しそうだ。
名工が心血を注いで鍛え上げたひと振り、という表現がぴったりだろう。とても野生で暮らす魔獣の牙とは思えない。
おっと、観察するのはこのくらいにしておこう。
2本の大牙は加工して利用させてもらおう。包丁としても使えそうだ。その辺は後でゆっくり考えよう。
次は内臓の処理だ。肛門付近から胸まで一気に切り裂くと、腹圧で臓器が飛び出してくる。食道と腸をそれぞれ断ち切って体内からすべて取り除く。
オレは肝臓と心臓だけを選り分けて、残りは捨てることにした。
胃や腸もきちんと処理をすれば美味しく食べられるが、それにはとても手間がかかる。そもそも腐らせる前に一人で全部食べきれるかどうかさえあやしい。なので食べる分だけを選定するのもやむを得ないのだ。
肝臓と心臓をきれいな葉で包み、外した装備の近くに置いた。
血だらけになった手袋を近くの水場で洗う。銃剣に付着した血もかるく拭っておく。ついでに刃を確認したが、幸運にも刃こぼれや歪みはまったくなかった。
そのまま皮剥ぎの作業に移る。これは重労働だ。ツノウサギの毛皮よりもはるかにタフで頑丈なブレイドボアの毛皮と格闘する。
ナイフで切れ目を入れたら、そこから指を突っ込んで思いっきり引き剥がす。初っ端から最後まで全力だ。
後半は胴体を蹴り転がす勢いで皮を剥ぎ取る。終わった頃には肩で息をするくらい疲れ切っていた。
だがまだ休むには早い。まだ裸肉の解体が残っている。
まず4本の脚を股関節で取り外す。そして美味そうな背肉と尻肉をごっそり切り取る。
それからちょっとどうしようか考える。背骨やあばら骨を力づくで解体するには斧か鉈が一番なのだ。ううむ、やっぱり斧か鉈のどちらかはサバイバルに必須だ。ナイフも便利なのだが限界がある。
オレは残りの肉塊をその場に放置することにした。
捨てるのではなく一時的に置いておくだけだ。どのみち肉というのは時間をおいて熟成させなければ旨味がでない。ちょっとくらい放っておいても問題はない。
剥ぎ取った毛皮で肉を包み、血の臭いが漂う解体現場から少し離れた場所に移動させる。もちろん偽装して目立たない場所に隠しておいた。
けっきょくオレは戦利品として、ブレイドボアの背肉と尻肉と4本のもも肉、内臓の一部、そして大牙がついたままの巨大な頭部を持ち帰ることにした。
重い。ひじょーに重い。だがこれは喜びの重さだ。うひょー! 今日は焼き肉パーティ-だぜえ!
オレは拠点に戻るとさっそく焚き火を熾した。
今日はとても気分がいいので、いつもよりはるかに巨大なキャンプファイアー級の焚き火になってしまった。
燃料の節約とか今日くらいええじゃないか。今日は謝肉祭だ。ブレイドボア記念日だ。たった今そう決めた。
いやあ、盛り上がってまいりました。
ではさっそくメインディッシュの方に登場してもらいましょう。「新鮮獲れたて! ブレイドボアのレバーとハート」でございます。
本日はこの2種類の食材をたっぷり500グラムずつ、合計1キログラムの巨大ステーキにして召し上がっていただきます。
分厚く切ったレバーステーキとハートステーキに塩コショウの下味をつける。大胆に、豪快に、そして大雑把に。
そしてフライパン代わりの飯盒のフタには、ブレイドボアから切り取った白い宝石のような脂身をのせてじっくりと熱し始める。
そして、オレは、ついに、肉を焼き始めた。
こんがりときれいな焦げ目をつけながら、じゅうじゅうと小気味よい音を立てながら、食欲をそそる香りを広げながら……。
……ステーキ肉が焼きあがるまでの間、テンションが上がりすぎたオレは狩猟の神々に捧げる感謝の踊りを披露していたが、それは黒歴史に認定してもいいだろう。
完成したブレイドボアのレバーステーキ、並びにブレイドボアのハートステーキはとても美味しかった。お腹いっぱいになった。
あれから、ブレイドボア撃破から少し時間が空く。
外はざあざあと降り続く雨、まだ止みそうにない。
オレはナイフの刃先を研いでいた手を休めた。
入口から外を覗いてまだ降り止まないことを確認してはまた奥に引っ込む。そんなことをもう何度繰り返しているだろうか。
雨はもうかれこれ3日間はずっと降り続けている。森の植物にとっては恵みの雨なんだろうが、オレにとっては手痛い足止めでしかない。
外に出られない間、天幕の中でできることをコツコツとやっていたのだが、すでにあらかた終わらせてしまってすっかり飽きていた。
こうしている間にもドラゴンの気配は徐々に薄れていき、魔獣たちとのエンカウント率はどんどん上がっていってしまう。
最初に出くわしたドラゴン級の怪物が、いつこの安全地帯に入り込んでくるかもしれない状況に、オレはじりじりと焦らずにはいられない。
しかしこの大雨ではどうにもならない。
雨が降り続く中で無理やり作業して病気にでもなったら目も当てられない。今のオレにはただの風邪でさえ致命的なのだ。医薬品なんてなにひとつ持ってないのだから。
オレはもどかしい気持ちのまま、天幕の中でじっと耐えるしかない。
『あら、雨はまだ降り止まないのね』
オレは返事をするように、彼女に向かって肩をすくめてみせた。
彼女は湿気の届かない天幕の奥で、ツノウサギの毛皮の上で無造作に寝そべっていた。その毛皮は焚き火での乾燥が上手くいったのでオレがプレゼントしたものだ。
薄暗い天幕の中でもはっきりとわかる彼女のボディライン。スレンダーな全身はなめらかな曲線を描き、きゅっと引き絞ったようなくびれがとてもセクシーだ。
オレははっと目をそらす。いくら美しい造形とはいえ、全身を舐め回すように見るのは失礼だ。これじゃあまるでスケベオヤジじゃないか。
オレは誇り高き日本男児だ。オヤジなんかじゃない。まだまだ若いし。若さゆえのあやまちだし。あれ? ということはただのスケベじゃねえか。
『うふふ、じっくり見てもいいのよ……。
それにアナタはもう私のカラダの隅々まで、私のカラダの奥のほうまで、私のなにもかもを知っているじゃない』
オレはとっさにあやまった。なんか反射的にあやまってしまった。
『うふふ。ショウイチったら、か・わ・い・い』
グワー、ヤメテクレー。オレの若い純情を弄ばないでくれ。顔が熱い。真っ赤っかだ。
ここで突然だが、彼女を紹介しよう。
彼女の愛称は「バーディー」という。オレの恋人だ。
身長916mm、体重3500g。スリーサイズは上から650-850発/分(発射速度)、920m/秒(銃口初速)、500m(有効射程)。
個人的には銃床のくびれが一番セクシーだと思う。きゅっと突き出したような銃口なんかはアヒル口なんかよりよっぽどキュートだ。
そんな素敵なプロフィールを持つ彼女だが、なんと自衛隊に入隊すれば彼女と瓜ふたつの姉妹たちに必ず出会える。
それだけでなく一人ひとり個別に貸与してもらえるのだ。これはすごい。こんな素敵な出会いがほしいと思っているそこの君は、ぜひとも自衛隊に入るべきだ。
……さて、もうさすがにわかった人も多いだろう。
彼女の正式名称は「89式5.56mm小銃」という。
最初からずっとオレの傍らにいた、この物語のヒロインだ。
『ショウイチといっしょに私もがんばるわ。みんなこれからもよろしくね、はぁと』
オレがこの森に迷い込んでから、もうかれこれ20日間ほど過ぎている。
だがしかし探索のほうはあまり進んでいない。元の世界への帰り方はおろか、森の出口らしい場所も見つかっていない。その糸口さえも。ひょっとしたらこのまま森から出られないのかもしれない。
食糧面にも少しずつ問題が出始めている。
主食となるあっちの世界から持ち込んだ戦闘糧食のストックがもうほとんどないのだ。水や果実なんかは大丈夫だ。新鮮な肉もたまに手に入る。
だが塩分などのミネラル成分がまったく足りていない。調味料も足りない。これからは残り少ない戦闘糧食だけで十分な栄養を補うのも難しくなるだろう。
そして最大の問題は『孤独』。
真の意味で独りぼっちになったオレの精神は少しずつ蝕まれていった。オレ自身、こんなに心が弱かったとは思ってもみなかったほどだ。
『だいじょうぶよ。ショウイチには、この私がついているわ。ずっとね……』
…………オレはもう限界かもしれない。