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ドラゴン殺しの弾丸  作者: 秘匿
異世界の大森林
4/25

#01-1 異世界の森でサバイバルせよ!

 遭難初日。


 けっきょくあれからオレはその場で一夜を明かすことにした。

 教官や同期たちと合流するのは難しいだろう。地理も把握していない森の中、足元もおぼつかないような未開の地、さらに夜の闇が迫っている時刻ともなれば、ヘタに行動しないのが正解だ。動くならせめて明るくなってからだ。


 手早く食事を済ませて、今夜の寝床を探す。

 理想は凶暴な肉食獣たちが登ってこられないような高所――つまりは木の上だが、ついさっきまで長距離行軍をしてヘトヘトになっているこの有り様じゃあちとキツい。

 登りきる前にスタミナが枯渇して尻から落ちてしまいそうだ。それに登れたとしてもオレの寝相では頭から落ちる可能性がある。あいにく体を縛りつけて固定するためのロープのたぐいは持ってない。

 残念ながら木の上は却下だ。


 ならばと適当な草むらに身を潜めたオレは、さっきまで背負っていた大荷物も一緒に草むらに引っ張り込む。

 もし木の上で眠ることを選択したら、この恐ろしく重い迷彩柄の塊を最低でも5メートル以上持ち上げる、あるいは引っ張り上げるはめになっていた。そんな想像をしてオレはぞっとした。ハハッ無理無理、できるわけがない。

 隠れる場所は草むらで決定だ。


 オレはまだ見ぬ怪物を想像しつつ、草むらに全身を押し込んだ。

 ちょいちょい周囲を警戒しながらじっと休息をとる。しばらく体育座りで我慢していたが、ついに耐えられなくなって腹這いのうつ伏せになった。もし襲われてもすぐに動けない危険な体勢ともいえる。あとは寝こみを襲われないように祈るしかない。



 それから半分眠って半分起きている状態がしばらく続いた。これからやるべきことをぼんやりと考えていたからだ。

 オレは自衛官だ。必ず原隊復帰――つまり所属部隊へ帰らなければならない。

 だが唐突に見知らぬ森に迷い込んでしまったオレは、とりあえず生き延びることを最優先で考えなければならないだろう。


 これからなにをするにしても水と食糧は必須だ。

 背嚢いっぱいに詰め込んだペットボトルや戦闘糧食があるので当面は大丈夫だろう。もちろんいくらか切り詰めて食べなければならないし、新鮮な食糧の確保は最優先事項のままだ。まだレーションの残りに余裕があるうちに補給をなんとかしたい。


 それと睡眠も重要だ。この森を探索するのであれば、安全な拠点が絶対に必要になる。今のこの状況のような野宿では疲れは完全にとれないだろう。

 いくら身を隠しているとはいえ、いつ襲われるかわからない状況に気が休まらない。もっとちゃんとした安全で安心できる寝床がほしいものだ。


 よし、まずは拠点を設営することにしよう。

 拠点を作ればこの大荷物を置いておける。毎回毎回50キロ超もの装備や荷物を身に着けては、まともに探索などできるはずがない。

 本格的な森の探索は安全な拠点を作ってからだ。それからじっくりと食糧や森の出口、帰る方法なんかを見つけ出せばいい。



 たとえここがどんな場所であろうと、オレがやるべきことは同じだ。

 生き延びるために全力を尽くす。それから原隊復帰するための方法を探す。このふたつだけだ。

 しかしあわよくばここが『異世界』であってほしいと願っている自分がいた。ファンタジーな異世界であった方が面白そうだなというのがオレの正直な気持ちだ。

 その象徴ともいえるドラゴンの存在はすでにこの目で見ている。逆にドラゴンが(・・・・・)迷い込んだ可能性もあるが、状況から察するにこのオレが(・・・・・)迷い込んだことは間違いないだろう。


 なんにせよ夜が明けてからだ。真っ暗なままでは動くに動けない。オレの冒険は翌朝から始まるのだ。

 オレはそのまますっと目を閉じた。だが案の定、よく眠ることはできなかった。



 というわけで翌朝、オレはさっそくひとつ決断に迫られていた。

 今朝はお手軽に菓子パンで朝食を済ませるべきだろうか。あるいはこれからのことを考えてご飯が中心のしっかりとした食事にするべきだろうか。ううむ、悩ましい。

 ――じゃなかった。

 拠点探しをするため、一夜を過ごしたこの場所に余計な装備と大荷物を置いていくべきかどうかという決断だ。


 食糧がぎっしり詰まった背嚢はともかく、防弾チョッキや防護マスクなんかはまず必要ない装備だ。しかし捨てるわけにもいかないので、ひとまずこの場所にお留守番をしてもらうのが一番だろう。食糧にしたって全部じゃなく、一部を持ち運ぶだけで十分だ。

 問題は置いていった荷物を野獣に荒らされないかどうかだ。

 オレはしばらく考えて決断した。菓子パンうめえ。

 荷物の紛失はもっとも避けたい事態だが、このまま50キロ超の大荷物を身に着けて行動するのは現実的ではない。拠点が見つかる前にオレが潰れてしまう。いろんな意味で。

 大部分の荷物や装備はここに置いていく。なるべく早く拠点を探して、なるべく早く荷物を取りに戻る。あとは運しだいだが、この方針でいくとしよう。



 あれから拠点設置の場所選びに出発して、もうすでに半日くらい経過しているだろうか。

 まだ日は高いようだが、そうのんびりもしていられない。せっかくリスクを承知で身軽になったんだし、なんとしても夜が来る前に天幕を設置したい。


 だがオレはもう何度目かもわからないほどため息を漏らした。


 疲れたわけじゃない。むしろ疲れなんか吹っ飛ばしてしまうような、目の前にそびえ立つ美しく壮大な風景に圧倒されていたからだ。

 オレはそのたびに足を止め、目を丸くしながら感嘆のため息をついていたのだ。はぁ~、ホントすっごいなぁ~。


「異世界の森」という表現がぴったりと当てはまるだろう。


 テレビやネットでも見たことのないような巨大な樹木がこの森を支配している。うっそうと生い茂る短い草木もそれに付き従っているようだ。

 見渡す限り木々が立ち並び、上を仰ぎ見れば枝葉の緑に覆われ、足元は波打つような木の根が張り巡らされていた。


 目の前の大樹に手を当てる。幹は堅く、ひやりと冷たい。「樹齢数千年の御神木」といわれてもあっさり信じるほどの大きさだ。

 しかも目の前のこれ1本だけでなく、ほかにも何本も同じくらいの大きさの大樹を見ていた。それとこの森の木々は横に太いだけでなく、全体的に縦長だったように思う。どの大樹も近くで見上げると後ろに転んで倒れてしまいそうなくらい高かった。


 その大樹の天辺を見上げてみれば、大樹の枝が絡まり合って天然の屋根や天井のような様相を作り出しているのがわかる。

 いや、ひょっとしたらあれは足場なのかもしれない。この森の生き物たちは地面でなく木の上を生活圏にしているのかもしれない。

 その証拠にまったく踏み荒らされていないこの森の地面はやわらかい。人間はおろか野生の動物すらめったに通らないのだろう、獣道すらほとんど見当たらない。というかその獣の姿が見当たらない。


 この森の支配者は凶暴な獣などではなく、荘厳で巨大な樹木たちなのだ。雰囲気から察するにそうとう神聖な大森林に違いない。



 そんなことを考察しながら、オレはまた歩き出した。

 たった一人の徒歩行軍。舗装路どころか獣ですら歩かない道なき道をひたすら進む。おっとっと、まったく歩きづらいったらありゃしない。

 そこかしこから伸びる木の枝に体のあちこちを引っ掛けられて擦り傷だらけだ。それに加えて地面を覆うような木の根のせいで足をとられてしまう。膝を柔軟に使ってクッションにしなければ、あっという間にすっ転んでしまうだろう。

 だが足元ばかりに気を取られているわけにはいかない。いつまでも立派な大樹に目を奪われているわけにはいかない。

 オレにはやらなきゃいけないことがある。この森での安全を確保するためにひとまず拠点を作らなければならないのだ。


「拠点」といってもそれほどがっちりしたものではない。設置も撤収も移動も楽ちんな、とにかく有り合わせで作る簡素な天幕あたりにするつもりだ。

 しかしながら、その拠点がいくら一時的なものとはいえ、場所くらいはしっかり選ばなければならない。

 地盤が緩いといつの間にか天幕全体が傾いてしまうし、河川なんかが近すぎるとふとした長雨で増水したときにとても危険だ。野獣の巣の近くなんかは、どうしてそんなところに拠点を設置したんだと小一時間問い詰めたいくらい避けるべき場所だろう。


 オレは慎重に周りを見ながら歩いていく。

 似たような風景が続くと特に迷いやすい。拠点になる場所を発見しても、置いてきた荷物を回収するためにもう一度戻る必要がある。地図やGPSといった便利なものがないので、なおさら慎重に歩かなければならないだろう。

 森の中でなにか目印になるようなものを見かけたらしっかりと記憶していく。

 むき出しの大岩、咲き乱れる赤い花、左巻きの蔓の木、V字のヘンな形のキノコ、……、……。目立つものがなにもない場合はわざと枝を折り曲げたりして、自分で目印を作ってどんどん進んでいった。



 なんだかこうやって深い森の中を一人でさ迷い歩いていると、つい昔のことを思い出してしまう。

 それほど前のことではない。具体的には自衛隊へ入隊以前のこと、両親や祖父たちにサバイバル訓練や修行をつけてもらっていた頃のことだ。


 趣味で忍術を少々やっているサラリーマンの父親と元エリート部隊に所属していた傭兵の母親というちょっぴり珍しい経歴の両親の間に生まれたオレは、物心つく前から彼ら独自の教育理念のもとすくすくと育ち、さらに一時期マタギにして罠師であった祖父に預けられたこともあり、こんな森の中でもサバイバルできるくらいの生存能力を叩き込まれていた。まあ、よくある話だ。


 そんな愉快な家族が自ら習得した知識や技術をオレに伝授する修行の場として、どこぞの山中や森林ばかりを選んでいたのだ。たしかに街のど真ん中でやるわけにはいかないし、そもそも人様に迷惑をかけるわけにはいかないだろう。あのデタラメな人たちもそれくらいの分別はあったようだ。

 オレが過酷な自衛隊の訓練を淡々とこなせたのは、ひとえに両親たちの熾烈な修行を乗り越えてきたからかもしれない。

 当時はまったく役に立たないだろうと思っていたサバイバル技術も、今この状況ではもっとも使えるスキルとなっている。ホント人生とはわからないものだ。



 そうこうしているうちに、オレは拠点にちょうどよさそうな場所を発見した。


 長細い樹木が何本も複雑に絡まり合ってできた小さな空洞だ。まるで枝葉で作られたかまくらのようだ。

 これならちょっと手を加えただけで雨風を防げそうだ。野獣なんかが巣穴に使っていた形跡もない。

 よし、ここに決めた。

 オレは自分にだけわかるような目印を近くの木にぶら下げた。さあ早いとこ置いてきた装備や背嚢を持ってこなきゃならない。

 荷物の回収、天幕の設営や偽装、拠点防衛線の設置、やることはたくさんある。これらを暗くなる前に終わらせなければならない。


 オレは来たばかりの道を急いで引き返した。



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