#00-3
20××年○月□日、現在地は不明。
大きな背嚢が文字通り盾となって、熱風と爆風からオレを守ってくれた。
まあ、そのあと文字通り重りとなってオレをぺっちゃんこに押し潰したのだが。
そんなことよりさっきの爆音と震動のことだ。なにが落ちてきたんだ。まさか本物の砲撃なのか。1発目の砲撃は警笛で代用したのに。なんで2発目は実弾なんだ。ツッコミどころ満載な訓練だぜ。たしかに教官たちはお茶目な性格だったけど。
とんでもなく鬼畜な内容の訓練だ。実戦さながらと聞かされてはいたが、これほどとは思わなかった。完全に殺しにきているじゃねえか。てかよく生きてたな、オレ。
オレはとりあえず体を横向きにした。重い背嚢を地面に置くためだ。
肩ベルトと腰ベルトがガッチリ食い込んでいる。荷物の重さのせいでまったく動けないのはまずい。背嚢のベルトを全部外してしまう。これでだいぶ楽になった。
ああもう、いっそこのまま寝てしまいたい。そんな欲求に駆られる。だがそういうわけにはいかない。死んだふりなんかしてたら、まず間違いなく死亡扱いが待っている。
オレは疲れた体に鞭打って起き上がる。だが完全に立ち上がるのも危険だ。腰を落とした低い姿勢、中腰くらいがちょうどいい。
ぱっと視界に映るのは立ち並んだ木々と深い緑色。四方八方すべてが木々で覆われていていた。どうやらオレは道路の近くから森の中まで吹っ飛ばされたらしい。
教官からの「死の宣告」がないので、ぎりぎりセーフだったのか。まったく運がいいのか悪いのか。死ぬよりはマシと考えておこう。
木と木の隙間から動くものが見えた。そんなに近くじゃない。森の奥だ。
隠れて小銃を連射してきた敵役かな? でもなんか教官っぽくなかった。というか人間っぽくなかったように思える。もっとこう、巨大で――――
『――――――――――グオオオオオオオオオオォォォォォォゥゥゥ!!』
ドラゴンだった。
オレはバカみたいに呆けた顔で、はるか頭上にそびえ立つ赤いドラゴンの頭部を見つめていた。口はあんぐりと開けっぱなしで。
さっき見かけたのはたぶんあの赤いドラゴンの足か尻尾だ。いま見ているドラゴンの頭部は森の木々よりずっと上の位置にある。立ち上がっている部分だけで10メートル以上あるだろう。尻尾を含めれば全長15メートル以上……?
赤いドラゴンはひと吠えして満足したのか、そのまま巨大な翼で飛び去ってしまった。うん、想像より尻尾が長かったな。20メートル級だった。
幸運にもドラゴンはオレの存在に気づかなかった。その圧倒的なオーラで遠近感が狂っていたのか、オレが思っていた以上に場所が離れていたようだ。
…………え、っと、自衛隊すげえなぁ。いつの間にあんな生物兵器なんて造ったんだ? ちょ、超カッコいいなぁ。いやホントすげえな。ハンパないな。さ、さすが未来に生きてる技術大国ニッポンだなぁ、あははははは。
ひとまずそういうことにしておいた。オレはこれ以上混乱しないように自分自身にそう言い聞かせる。
教官たちがあれほど森の中に逃げ込めと言っていたのもうなずける。たしかにあんな砲撃が命中したらひとたまりもない。いいや、あれは砲撃じゃなくてもはや爆撃か。
新兵器?のお披露目としては最高のインパクトだ。まだ正式に部隊配属されていない新隊員なのに、いきなりあんなすごいものを拝めるなんてオレたちはなんて幸運?なのだろうか。わざわざあれを貸してもらうのに教官たちはどれだけの労力を……ハッ、まさか幕僚長あたりに自らの尻を捧げて……。
うーん、どうやらオレは自分が思っている以上に混乱しているようだ。
そうだ、当の教官たちはどこだ? 教官だけじゃなくて同期生たちもどこだろうか?
オレたちを痛めつけることが大好きな鬼教官といえど、さすがに訓練で死者を出すはずがない。なぜなら死んだら阿鼻叫喚の声が聞こえなくなってしまうからだ。だから同期生のみんなもきっと無事だろう。オレみたいに派手に吹っ飛ばされて、何人かは気絶くらいしているかもしれないが。
とにかくここは演習場の森の中であるはずだ。ただし森のどの辺りかは不明。20メートル、30メートルも吹き飛ばされたら無事で済むわけがないので、たぶん道路からはあんまり離れていないはずだ。
だがみんなはいなかった。
誰もいない。
どこにも、いない。
ゴクリとつばを飲み込んだ。
落ち着け。落ち着くんだ蛇塚ショウイチ。こういう時はむやみに動かない方がいい。もっとも危険度が高いと思われるドラゴンは飛んでいってしまったのだ。たぶんこの周辺はいまのところ安全だ。だから移動するのはまた次になにか危険な気配が近づいてからでも遅くはない。遭難した時はヘタに動き回ると逆に危険なんだ。あ、いや別にまだ遭難したって決まったわけじゃないけどな。ダイジョブなんだぜ、蛇塚ショウイチ二等陸士。
よし、こんな時はあらためて周囲を確認だ。さっきまでは気が動転していたから、今度は深呼吸して落ち着いてから再確認してみよう。
右よし。吹っ飛んできたはずの方角に道路はなし。
左よし。敵影なし。道路もなし。
もう一度、右よし。敵どころか味方の人影もなし。気配すらなし。
……なにが「よし」だよ……ぜんぜんよくねえよ…………クッッッソ……。
よし、きっとまだ落ち着けてないんだな。んもう蛇塚さんったら、あわてんぼうさんなんだから。ここはひとつ、さらに落ち着くため装具点検もしておこう。
鉄帽よし。弾帯サスペンダーよし。弾嚢よし。――よし。――よし。――小銃よし。脱落なし。装備に異常なし。
……異常があるのは装備のほうじゃねえんだよ…………チキショウ……。
ちなみに装備はまったくこれっぽっちも問題なかった。あれだけ派手に吹っ飛ばされても、目に見えて壊れているパーツはひとつもない。さすが日本製、さすがメイドインジャパン。さすがの頑丈さと耐久力だ。
それに脱落――落として紛失したものもない。もしなくしていたら見つかるまで部隊総出で山狩りだ。かの素晴らしき『連帯責任』ってやつだ。
下ろしたままの背嚢も調べたが大丈夫だった。あの爆風の盾になったにも関わらず無傷だ。中身もざっとだが確認した。外側だけでなく内側にも異常はない。
ケガや体調も問題なかった。気分もだいぶ落ち着いた。さあ、覚悟はできた。そろそろ現実を確認しよう。
・現在地
正確な場所は不明。見覚えのない森の中であり、ドラゴンが生息するようなファンタジーな異世界である可能性あり。
・隊員の状態
ケガ、病気ともになし。体調に異常はないが精神的に軽微な混乱あり、されど問題なし。長距離移動による疲労の蓄積あり、こちらは要休息。
・隊員の状況
装備に異常なし。同期隊員の分もあるため、食糧には若干の余裕あり。
完全に孤立しているため、早急な原隊復帰が必要と思われる。されど隊員は遭難しているため可能かどうかは不明。
……なんてこった。いい状況のわけがない。むしろ悪い要素が多すぎる。特に現在地さえもわからず遭難していること、これは致命的だ。
オレは背嚢のそばに座り込んだ。自分の置かれた状況に絶望したからじゃない。少しでも体力を回復させるためだ。
そうだ、もっと体力を回復ためにこのままメシを食べよう。時間はちょっと早いかもしれないが、まだ日が昇っている間に晩飯にしよう。そうだそうだ、そうしよう。
オレはさっそく背嚢を開けた。悪い要素の陰に隠れてしまっていたけれど、いい要素だってちゃんとあるじゃないか。水も食糧も十分にあるし、装備も充実している。
おまけにオレ自身にも家族から教わったサバイバル技術が備わっているじゃないか。
そう考えるとなんだか少し気が楽になった。ドラゴンのいるような場所で、サバイバルしながら冒険するのだ。腕立て伏せに怯えることなく。
しかしながらどうにかして帰る方法を探さなければならないだろう。原則的に自衛官は必ず原隊復帰しなければいけないからだ。
もしオレが帰らなかったら仲間たちがどうなるか。きっと大変なことになるだろう。訓練中に行方不明者とか、新聞やニュースで取り上げられるレベルだ。一世を風靡してしまう。もちろんダメな意味で。
オレの能力や自衛隊の装備は通用するだろうか。帰る方法はあるのだろうか、見つかるのだろうか。そもそもオレはこの世界で生き残ることができるのだろうか。もちろん危険はあるだろうし、わからないことや不確定要素が多すぎて不安でいっぱいだ。
だからこそオレは前向きにならねばいけないのだろう。こんなわけのわからないところで死んでたまるか。
そういえば、確実に言えることがひとつだけある。
オレをいじめて大荷物を押しつけてきた同期生たち、あいつらは今日メシ抜きだということだ。
ざまあみやがれ。