#01-18 途中経過を報告せよ! 森林編
石化蛇バジリスクを撃破した。
バジリスク撃破後、疲労困憊で精根尽き果てたオレは最後の気力を振り絞って、石像になったルィンをエルフ村まで運んだ。
ルィンの変わり果てた姿にエルフたちは一時騒然となったが、オレが差し出した『バジリスクの魔眼』を見て、作戦は成功したのだと理解したようだ。
回収した魔眼があれば、石化したルィンはちゃんと元通りに治せる。石化したほかのエルフたちもちゃんと治せる。
わざわざ出迎えてくれたエルフの長老にバジリスクの魔眼を託した。
オレが覚えているのはそこまでだ。
すべてが終わって安心したせいなのか、蓄積した疲労のせいなのか、オレの意識はそこで途切れた。
ああ、さすがに疲れたよ。次に目が覚めたときにはエルフの宿り木に笑顔が戻っていることを祈ろうじゃないか。おやすみなさい……。
そして対バジリスク戦は完全に終結した。
「…………イチ……ショーイチ、どこデスカ?」
あの子の声が聞こえた。
オレは弾かれた様に勢いよく立ち上がり、入口をぶち破る勢いで外に飛び出す。
元気そうなルィンの姿を発見した。
オレは勢いそのままに大股で歩み寄る。
ルィンもようやくオレの姿を見つけたようだ。
「あっ、ショーイチ。そんなトコロに――――」
オレはルィンを抱きしめた。
なにかいろいろ言いたいことがあったと思うけれど、なにも言わずにその華奢な体をただぎゅっと抱きしめた。
よかった。本当によかった。万が一、なにか手違いがあってあのままルィンが死んじゃったらどうしようかと……。
「――――あああああ、あのッ! ショーイチッ!?」
ルィンのあせったような声音で正気に戻った。
あばばばばば、オレはなんてことをしてしまったんだろう。可憐な乙女にいきなり抱き着くとか、セクハラで訴えられてもおかしくない。訴訟だけは勘弁してくださいお願いしますなんでもしますから。
「ど、どうしたんデスカ、ショーイチ? イキナリ地面に倒れ込んで……ナ、ナンデその姿勢のまま上下に動いているんデスカ!?」
オレの人生経験の中で、最上級に位置する謝罪と反省を意味する行動――――そう、『腕立て伏せ』だ。土下座ではない。
自分自身を罰するために自分自身の肉体をいじめる。呼吸はなるべく深く長く。ただ回数をこなすのではなく、正しい姿勢を維持し続けること。そしてよりキツくするためにひたすらゆ~っくりと。イ~ッチ、ニ~ィ、サァ~ン……。
くっ、まだ罪の意識が足りないようだ。よぉし今度はもっと腕を開いて、胸筋と肩の筋肉を重点的に。その後はパーをグーに替えて『拳立て伏せ』だ。
そうだ。肝心なことを忘れていた。ルィンへの謝罪の言葉が抜けていた。ルィンさんごめんなさい! イ~ッチ! ルィンさんごめんなさい! ニ~ィ! ルィンさん――――
「ヤ、ヤメてくだサイ! ワタシは気にしてませんカラ! 怒ってませんカラ! と、とにかく顔を上げてクダサイ!」
誠心誠意真心こめて謝罪していることが伝わったのだろう、ルィンさんに抱き着いたことなどすべて水に流して、きれいさっぱり忘れてくれると約束してくれた。
「ア、アンナこと、忘れるコトなんてできマセンヨ…………むしろチョットうれしかったデス。チョットびっくりしましたケド…………」
わ、忘れない……だと……。つまり「次やったら、わかってんだろうな?」っていうことか。オレが彼女に気に入らないことしたら「いつでも訴えますよ」っていうことなのか。エルフの少女ルィン、なんて恐ろしい子……ッ。かわいいけど。
「ちがいマス! ワタシ恐ろしくなんかないデス! カワイイなんて……! ワ、ワ、ワタシが……カ、カ、カワイイ……?」
急に態度を豹変させたルィンさんは、なにやらもじもじして落ち着かない御様子。
あれ? オレ今なんて言った? もはや自分がなにを口走ったのかわからないレベルで混乱している。ここはとにかく謝るしかない。オレが知る限りでもっとも反省と謝罪を意味する行動を――――そう、『腕立て伏せ』で。
………………
…………
……
「あらためマシテ、おはようございマス。あの……ゴハンを持ってきマシタ」
さっすがルィンさん、そいつはありがたい。ちょうど空腹だったところだ。おおっ、しかも『パンの実』じゃないか。オレこれ好きなんだよ。やったぜ。
さっそくオレは天幕付近の倒木に腰かけた。ルィンはそのとなりにちょこんと座る。
パンの実は名前の通り、薄くて硬い殻をはがすと真っ白なパンに似た中身が詰まっている。ひと口かじるとふわふわでモチモチだ。ほんのり甘くて美味しい。見た目だけでなく味や触感までパンに似ている。うーん、バターかジャムをたっぷりつけたいなあ。だがあくまで木の実なので焼いた香ばしさはないのが残念だ。
パンの実をガツガツとむさぼるオレの姿を、ルィンは微笑みながら安心した様子で眺めていた。
なんやかんやで許してもらえた今日この頃、ルィンがわざわざ拠点の仮設天幕まで訪ねてきた理由をようやく訊ねてみた。
ていうか、ちょっと待って。
オレはいつのまに拠点に帰ってきてたんだ?
たしか最後に気を失ったのはエルフ村だったはず。夢遊病みたいに体が勝手に拠点へ向かったとでもいうのだろうか。オレの潜在意識が、一番心身の休まる場所を無意識に選んだということなのか。
たしかにエルフ村はとんでもないイケメンパラダイスだったから、圧倒的フツメン(自称)のオレにとって居心地は微妙だったからね。美女美少女たちに囲まれたこともあったけど、そんな夢のような空間でテンションマックス!かと思いきや、なんか手が届かない存在に手を伸ばすかのような寂しさが募るだけだったからね。
しかし拠点に移動していたおかげで、ルィンに抱き着くという場面をほかのエルフたちに見られなかったのは幸いだ。妙齢の若い女性に恥をかかせてはいけない。変な噂が立ったら大変だ。ルィンさんは嫁入り前の大事な体なんだから。
「もう、心配したんデスヨ! ……ショーイチがどこかにいっちゃったのかと思いマシタ」
それに関しては本当に申し訳ないと思った。バジリスクとの激戦後、疲労困憊で気絶した人間がふらりと姿を消したらたしかに驚くだろう。無意識だったとはいえ、ここは素直に謝っておく。心配かけっちゃったみたいだし。
「ショーイチがぜんぜん帰ってこないカラ、村のミンナも心配してたんデス。ワタシは石化が治ったばかりで動けマセンでしたし、この場所にもヤットたどり着いたんデス」
どうやらルィンだけでなく、村中のエルフから心配されていたらしい。そんな一晩くらいで……さすがに大げさじゃないかな。
なにげなく腕時計を見てびっくりした。
現在時刻はバジリスク戦の翌日じゃなくて、翌々日の朝じゃねーか。かるく30時間はぶっ続けで爆睡していたことになる。どんだけー?
ハデにむせたオレは水筒の水を流し込んで事なきを得た。
いやはや、そんなん全エルフから心配もされるわけだ。あれ、それじゃあオレが寝ている間にすべて終わっちゃったのかな? エルフの石化治しとかヌシの弔いとか、なにもかも終了しちゃった感じなのかな?
「ハイッ、みんな助かりマシタ! ショーイチのおかげデス。それに……チョット待ってくだサイ。キット驚きマス」
ルィンが曇りのない笑顔で答える。さらに彼女はまた誰かを呼ぶのか、ピュイと短く口笛を吹いた。
エルフリーダー辺りだろうか。でも彼のケガは石化とは関係ないからボロボロのままのはず。わざわざこんなところに来なくてもいいのに。
ルィンの合図を聞いて、向こうの草むらがガサガサと鳴った。
まさかオレが朝食をとっている間、ずっとそこに隠れていたのか。意外と恥ずかしがり屋なんだな。どうせなら一緒にパンの実でも食べればよかったのに。
そして現れたのは、オレの予想だにしていなかった存在だった。
純白の毛皮、まだ小さな矮躯、その正体は仔鹿だった。
あのヌシの子どもだ。
生きとったんか、ワレェ!?
つい大声を出してしまった。でもこれはたしかに驚くわ。驚かない方がおかしい。
なんで、どうして……? バジリスクに食われたわけじゃないのか?
ルィンが語るに、石化被害から復刻したエルフたちはヌシの埋葬をするために爆心地に行き、そこでヌシの亡骸ほかに石化したままの仔鹿も見つけたらしい。
どうやら石化したことが逆によかったらしく、あのとき石化蛇は仔鹿を後回しにしてヌシの方を先に食べたらしい。石化した獲物を一旦保存するという、バジリスクの奇妙な習性が関係していたそうだ。
いやあ、なんにしてもよかった。ホント、よかった。
正直なところ、この子を見殺しにしてしまったことだけが心残りだった。謝っても許してもらえるかわからないが……ごめんな、あのとき助けられなくて。
オレの謝罪に、仔鹿はシカ独特の「フィー」「ピィーョー」という笛とふいごを組み合わせたような鳴き声で答えてくれた。
うーん、さすがに動物の言葉までは翻訳できないみたいだ。なにか答えてくれたようだが、まったくわからない。
「『謝罪の必要はない。あれも大自然の掟とあらば仕方あるまい』……ッテ、言ってマス」
ルィンさん、すげえっ! シカ語わかるの!?
てかこの仔鹿ちゃん、どんだけ仰々しい言葉づかいしてるんだよ。こんなにもかわいい仔鹿ちゃんの口から出てる言葉とは思えないんですけど。違和感がものすごいんですけど。
『フィーッ、フィーョーォ(悪しき石化蛇バジリスクの討伐、我が同志エルフらの救命救助、そしてなにより此度の森の異変解決に尽力したこと、まことに大儀であった。この我からも感謝の言葉を述べよう)』
なにこれ、なんでこんなに尊大な態度なの? お目々くりっくりさせながら、短い尻尾をプルプルさせながら言っていいセリフじゃねーぞ。
これはきっとバジリスク戦から生き延びた経験で『仔鹿ちゃん』から『仔鹿さん』に急成長したからなんだろう。この一連の騒動で一皮むけたに違いない。
『フィー、フィーーュッ、ブルルッ(つい先刻より先代の意志を継ぎ、この大森林の守護者として生きるよう、森の精霊たちから申し渡されたのだ)』
仔鹿センパイ、すごいじゃないですか! 大抜擢じゃないですか!
まさかこの仔鹿がヌシの座を引き継ぐことになろうとは思ってもみなかった。
だがオレにはどうも、この新しいヌシの今後が心配でならない。ヌシとしては年齢が若すぎるでしょう。ガーディアンとしては体格が小さすぎるでしょう。そもそもいったいいくつなんだよ、この仔鹿。
「生後4ヶ月くらいデス」
仔鹿センパイ若っ! 若いっていうか幼いレベルじゃねーか!? 1歳にも満たない、本当にただの子どもの鹿じゃねーか。
ヌシとかぜったい無理無理。世が世なら、幼い王様に取り入った悪大臣とか悪宰相とかが実権握って裏から操られるパターンだよ。傀儡政権の誕生だよ。
弱肉強食の自然の中なら人間社会よりもっと単純明快だ。縄張りを維持するために必要なものは純粋な『力』だ。より力強く、より体格が大きく、より体重が重いとかそんな感じの。
なんか仔鹿センパイ、ブレイドボアどころかツノウサギにすら負けそうじゃん。
「え~、それも問題ありマセン。森の精霊タチから『守護者』トシテ、大いなる力を授けてもらえマス。
タダシそのためには…………『御名』をつけてもらわなければいけないんデス」
ああ、そういうことね。やっと話が見えてきた。わざわざオレのところに来たのはそういうことか。
つまりこのオレに名付け親になってほしいってことか。森の守護者としての立派な名前を考えてくれと、そう言いたいわけね。
ルィンはうんうんと頷き、仔鹿センパイは期待がこもったような眼差しでこちらをじっと見つめていた。
だが正直なところオレは困り果てた。新しいヌシにふさわしい名前をつけるとか……、いったいどんな名前がいいのかさっぱり見当がつかない。
しかし直々に頼まれたとあってはいちおう考えてみる。
やっぱりかっこいい名前かそれっぽい名前だよな。それは優美さと典雅な響きをふくんでいて、高貴で流麗な意味と文字の並び、そして画数や呼びやすさなども考慮した素晴らしい『御名』。
え~~~~~~っと、………………………………………………『シロ』。
眩いほどの光輝が仔鹿を――『シロ』を包み込んだ。
あ、やっべ、成立しちゃったみたい。
仔鹿の第一印象である純白の毛皮を思い浮かべたら、もうこれしかないという名前をつけてしまった。
……た、たぶん大丈夫、かな? さすがに異世界のエルフや動物たちが日本語の意味を知っているわけないだろうし。意味はそのまんま色の『白』だけど。
オレはふと、祖父が飼っていた猟犬を思い出した。
そいつの名前も同じ『シロ』。人懐っこくて優秀だが、口が臭い犬だった。




