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ドラゴン殺しの弾丸  作者: 秘匿
異世界の大森林
19/25

#01-16

 まだだッ!

 まだ死んでたまるか。

 頭を完全に呑み込まれたが、テッパチのおかげですぐに窒息はしない。

 胸まで呑みこまれそうだが、防弾チョッキのおかげで毒牙を防げた。

 オレはまだくたばったわけじゃない。


『――――ッ! ――――ッ!』


 遠くで誰かの声が聞こえた。

 ちょっと待ってくれ。返事なんてしているヒマはない。

 今オレはけっこうヤバい状況だ。

 だがオレは最後まで抵抗したあの仔鹿のように最後の瞬間まであきらめないつもりだ。

 握ったままの銃剣でバジリスクの喉元を――――


 みしりと、全身の骨が軋んで悲鳴を上げた。


 ハチキュー小銃ごと巻きつかれてしまった。まったく動かせない。

 すさまじい圧迫感が全身を縛り上げる。苦しすぎて舌や眼球が飛び出しそうだ。

 あまりの激痛に意識が飛びそうになる。


『――――ッ! ――――ッ!』


 また声がした。けれどもよく聞こえない。

 抵抗するための武器も機会も奪われた。

 このまま窒息するのが先か。絞めつけられて骨をバラバラにされるのが先か。

 生きながら消化液で溶かされるのだけはイヤだ。


『――――ッ! ――――ッ!』


 ああ、そうだ。これはルィンの声だ。

 バジリスクはオレの獲物だ、とかぬかしたくせにけっきょくこのザマだ。ああもう、この場を奇跡的に助かっても、後になって恥ずかしさで死んじゃいそう。

 こうなるとあの仕掛けの使い方をルィンたちに教えてなかったことは完全に失敗だ。構造そのものは単純だから、なんとか自力で理解してもらえればいいけど。


 ぐびりと、バジリスクの喉が鳴った。


 呑み込むときの蠕動(ぜんどう)運動だ。

 生きたまま丸呑みだけは勘弁してほしいって、あれほど頼んだじゃないか神様……。こんなのってないよ……あんまりだよ……。

 よし、こうなったら消化される最後の瞬間まで抵抗してやる。なかなか消化できずに翌日まで胃もたれさせてやる。あわよくば腹痛で3日間くらい調子悪くさせてやる。えっ、どうやるかって? そんなん努力と根性でなんとかするんだよ。

 なんでもいいから、バジリスク討伐のあの仕掛けをエルフたちが理解するまでの時間を稼ぐんだ。大丈夫。彼らならきっとすぐにわかってくれる。

 ていうか、あの大仕掛け。一歩間違えたら自分たちに当たっちゃうから、そこだけ気を付けて――――


 ――――突然、バジリスクがオレを吐き出した。


 解放されたオレはそのままぐったりと地べたに倒れ込む。

 なにが、どうしてバジリスクは、助かって、なぜ襲ってこない、チャンスを、生き残って…………ダメだ。混乱して、頭が……。

 意識して呼吸に努めたら、いくらか楽になった。思考もいくらかハッキリしてきた。

 なぜバジリスクはオレを解放したのか。バジリスクはどこへいったのか。今、この瞬間も、このオレを放っておいてなにをしているのか。

 立ち上がろうとしたができなかった。きつく絞めつけられたせいで体のあちこちが一時的に麻痺している。だが幸運にも骨はどこも折れていない。骨折特有のあの激痛はない。

 オレは痺れる肉体に鞭打って、なんとか顔を上げて確認する。



 目の前にはルィンの背中があった。



 彼女はバジリスクとの間に立ちふさがり、身動きが取れないオレの盾になっていた。

 ボロボロになりながらも凛と佇むその姿は恐ろしい怪物を前にして微動だにしない。すでに矢が尽き、弓が折れてしまって戦える状態じゃないのに。

 ルィンは自分では勝てないと悟っていたはずだ。にも関わらず、バジリスクに決死の覚悟で戦いを挑んだ。このオレを助けるために。命懸けで。

 なんてバカなことを……っ。馬鹿野郎はオレ一人で十分なのに。今からでも遅くない。逃げてくれ。

 そう伝えたかったが、オレの口から漏れるのは言葉にならないうめき声だけだった。

 ルィンがオレの声に気付いて振り向く。まるでバジリスクがいないかのように、ごく自然な仕草でくるりと振り向いた。


 ルィンは微笑んでいた。


 その顔は血と汗と土ぼこりで汚れている。しかしその表情は清々しいまでに美しい微笑みだった。

 オレを助け出したことが誇らしく、オレが無事だったことを純粋に喜ぶような、そんなやさしい微笑みが――――



 ――――徐々に、石化していく。



 オレは、その光景をただ見ていた。現実を受け入れることができずに動けなかった。

 そんな……それは違うだろう。そんなのダメだろ、ぜったいにダメだろ。ああなるべきはルィンさんじゃなくて、この蛇塚ショウイチだろう。肝心なところで油断してヘマした大馬鹿野郎はこのオレなんだから。

 己の肉体が石化している真っ最中だというのに、ルィンは怖がるそぶりも見せずに微笑んだままオレのことをじっと見つめていた。



「…………………………信じてイマス……」



 ルィンはそう言い残して完全に石化した。

 その造形は世にも珍しい『微笑むエルフ像』。

 エルフ村の石像は石化蛇に襲撃された恐怖と苦悶の表情に染まったものばかりだったはずだ。だが彼女はそれらの感情に染まることなく、ただただ微笑んでいた。

 彼女はなにを思っていたのだろう。徐々に石化死する恐怖にさらされながらも、笑顔を作ることができる者がほかにいるだろうか。いいや、いるわけがない。

 ルィンはどうして微笑んだままオレを……?


 心臓に絡みつくような冷酷な視線。

 石化したルィンの向こうには、この惨劇を招いた怪物がじっと待ち構えていた。

 バジリスクは冷たい殺意をみなぎらせてオレを狙っていた。

 とっさに視線を下げる。バジリスクの魔眼を直視してはいけない。オレまで石化するわけにはいかない。お前を倒すまで、死ぬわけにはいかない。


 オレは自分の両足で立ち上がる。

 半長靴の底で地面を踏みしめる。

 食われた衝撃でズレた鉄帽を被り直す。


 どんなことがあっても手放さなかった唯一の武器、着剣した89式5.56mm小銃を両手で固く握りしめる。

 銃弾を持たないオレの攻撃手段はたったひとつ。銃剣突撃する。ただそれだけ。

 オレは――、オレは――――



(『…………………………信じてイマス……』)



 がりっと、強く食いしばった歯が鳴った。


 オレはその場から離脱した。

 石化したルィンを置き去りにして、オレは脱兎のごとく逃げ出した。



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