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ドラゴン殺しの弾丸  作者: 秘匿
異世界の大森林
16/25

#01-13

 目的地は「爆心地」だ。


 その前に一度エルフの本拠地である宿り木へ立ち寄ってみる。

 異変調査隊本隊の誰かにホウレンソウ(報告・連絡・相談)をして指示を仰ぐなりしたかったのだが、あいにくエルフリーダーたちは不在だった。

 どうやら狩人たちはそうとう慌てて出て行ったようで、ちょうど入れ違いになったみたいだ。残っている非戦闘員で詳しい話を知っているのはいない。なにかあったのか?

 そうなると出遅れたオレたちはどうするべきだろうか。

 オレたちが魔獣討伐に呼ばれなかったのは、本隊の戦力だけで十分に戦えるという判断か。あるいは呼ぶヒマすらなかったか。

 念のため予備戦力として本隊と合流するか、このまま待機するか。あるいはこのまま別働隊として動くか。この3択になりそうだ。


 オレは本部に残っている長老たちやルィンに提案を持ちかけてみた。

 それは爆心地に先行して偵察に行くというものだ。エルフたちはずいぶん忙しそうなので、オレが単独で。


「だめデス! あの場所ではナニが起こるかわかりまセン。そんなトコロにショーイチだけ行かせるなんて、ゼッタイにだめデス」


 ん、当然そうくるわな。だがオレにはこの迷彩服がある。

 この迷彩服のステルス性能があれば、もし強力な魔獣が出現しても完全に姿をくらませて逃げられるだろう。魔獣を倒すことはできなくても、やつらに見つかることなく、こっそりと偵察することが可能だ。

 そう、これはあくまで様子見なのだ。手柄が欲しいわけではない。

 もし危険を発見したら即時撤退。そして「危険があった」という事実を報告するだけだ。なにも異常がなくても地形だけでも覚えてくるのもありだ。どんな些細なことでも情報は多ければ多いほどいい。


 本来の偵察任務ならば単独行動は御法度だ。伝説的な特殊工作員でもない限り、基本は二人一組(ツーマンセル)。万が一の事態でもどちらかが必ず情報を持ち帰るために信頼できる仲間と組まなければならない。

 もっとも今回に限っては、オレ1人だけならば絶対に敵に見つかることはないという前提になるので例外になる。

 こうも頻繁に異変が起き続けてはエルフたちも大変だろう。ましてや魔獣討伐なんて命懸けの大仕事だ。そう何度も命を危険に晒していたら身が持たないだろう。

 なるべく早く事を治めるため、オレはオレができることをしておきたい。悠長にエルフリーダーたちの帰りを待つくらいなら、その間に少しだけでも偵察しておきたい。

 ルィンには悪いけどお留守番を――連絡員としてここで待機してもらおうか。


「わかりマシタ。ドウしてもというなら、ワタシも一緒に行きマス」


 あれ? ルィンさん、今の話ちゃんと聞いてた?

 なんとかエルフ村に残るように説得してみたが失敗した。どうやらオレが思っていた以上に、ルィンは責任感が強い美少女エルフだったようだ。かわいい。



 中継地点である仮設天幕に到着した。

 けっきょくこの場所までルィンを連れてきてしまう。説得をするのにこれ以上時間を取られたくなかったため、仕方なかったと言えば仕方なかった。

 オレの設営した拠点を不思議そうにきょろきょろと見て回るルィン。彼女にはこの場所がただ拓けているだけのキャンプ跡地にしか見えないらしい。

 たしかに持ち物はすべて天幕の中だし、その天幕はできる限りカムフラージュを施しているからパッと見だけではわからないだろう。仮設天幕は周辺の草むらとばっちり同化しているのだ。

 なので、天幕の入口を無造作に開いたときのルィンの反応はとても面白かった。

 まるで目の前で次元の扉でも開かれたような異常な驚き方だ。けっこう楽しい。マジシャンってこんな気分で手品してんのかな?


 天幕内で荷物整理のふりをしているオレは、どうにかしてこのエルフ娘を中継地点に置いていくかを思案する。

 さあ目覚めよ、ふだんあんまり使わないオレの脳ミソよ。おまえのひらめきを見せてやれ。………………おーい、起きてますか~。もうお昼過ぎてますよ~。

 ルィンがひらめいたような表情で、ポンと手を叩いた。


「そうデス。ショーイチ、ソノ魔法の服に着替えはありマスカ?」


 ぐっ、気づかれてしまった。そういえば何回か彼女の前で「拠点に戻って着替えを持ってきたい」ってぼやいてたっけな。

 オレはしぶしぶ替えの迷彩戦闘服を奥から引っ張り出した。洗ってから袖を通してないのできれいなはずだ。しぶしぶ戦闘服を渡す。

 ルィンはわくわくしながらオレの戦闘服を羽織った。


「……むぅ、ショーイチの服って、けっこう大きいんデスネ」


 いやいや、ルィンが華奢すぎるんだよ。

 エルフの衣服の上から重ね着してるみたいだが、それでも横幅はガッツリ空いちゃっている。あれじゃあ紐かベルトで絞らないと、ばさばさして逆に動きづらいだろう。丈はまだなんとかなるみたいだけど。


「どうデスカ? ワタシの姿、消えてマスカ?」


 ずばり言ってしまおう。まったく消えてない。

 そもそも新しいお洋服を披露するようなポーズをとっていたら意味がないだろう。かわいいですけど。男蛇塚ショウイチ、「制服女子」「迷彩服女子」とかそういう趣味に目覚めそうですけど。

 もっとカムフラージュ率を上げるため、ルィンにバンダナを着けさせた。うん、すごく似合っている。ちょっとドーランでかるく迷彩メイクもしてみよう。いいよいいよ、さらにかわいくなった。ちなみにカムフラージュ率は変化なし。

 オレは草むらに隠れるように指示する。そもそもこんな拓けた場所じゃあ迷彩服の意味がないからだ。

 ルィンがいったん草むらに身を潜めてから、さらに視界を外してみる。「もういーかい?」「イイデスヨー」の後にもう一度彼女に視線を向けてみた。


 すると見事に消えて、いる……のか?


 ルィンの姿は消えているといえば消えているし、見えているといえば見えている。

 彼女は小さく手を振ったりしているが、その箇所がなんとなくぶれてわかる程度には見えていた。

 オレの目にはとてもヘンな感じに映っている。違和感というかなんというか、ルィンがいるところだけが人型に歪んで見えているのだ。きもちわるっ。速く動いたり手を振ったりと動作をすると、さらに色濃く見えて彼女の輪郭すらうっすらわかるようになった。こう、なんというか、動いている透明な部分がヌルヌルしている感じだ。

 これはオレには迷彩効果が効きづらいってことかな。あるいは迷彩服のオレも周囲からはこういう風に見えているということかもしれない。エルフたちは迷彩服に慣れていないから、よりいっそう見分けがつかないとかそういうことだったんだろう。

 しかしこれなら完全に姿が見えなくなってしまい、道中ではぐれてしまうなんて心配もない。これはこれでありだ。


 ほかにも色々と詳しく検証してみたいところだが、あいにく時間に余裕はない。

 エルフたちは今も戦っているはずだ。オレたちだけ遊んでいるわけにはいかない。

 だからルィンさん、そろそろ人のほっぺたつねって遊ぶのをやめなさい。見へてらいと思ってんらろうが、ホレにはふぁっちり見へてんらからな。



 中継地点から爆心地の内部へ。

 爆心地ではひと月経った今でも焼けたような残臭が漂っていた。


 そこでは焼かれて炭となった木々が、黒く焦げた草が、焦土と化した地面が、すべてが燃やし尽くされた灰が辺り一面を覆っている。このひどい有り様では森林用迷彩の効果はほとんどないだろう。当然、生きている物など影も形も見当たらない。

 そのあまりに無残な森の光景はルィンを悲しませた。

 オレは励ますように彼女の肩にかるく手をのせた。オレにはそれくらいしかできない。

 さっそく周辺の調査を開始する。オレにできることは一刻も早くこの異変を解決するために行動するだけだ。ルィンもそれを承知しているのか、黙々と調査に取り掛かっていた。


 そしてオレたちが中心部で見つけたものは、大部分が炭化した巨大な獣の亡骸だった。


 その亡骸を確認したルィンはふたたびショックで言葉を失う。やがて震える声で絞り出すように呟いた。


『ああっ、なんてことなの………………この亡骸の大鹿は――いいえ、彼は、この大森林の(ヌシ)です』


 この広大な大森林を縄張りとする偉大なるあるじ。

 森の番人たるエルフとえにし深きもの。

 外界より侵入する悪しきものどもを排除する強大なる盟主。

 森の精霊たちが直々に選び出した心優しき大森林の守り手。

 ――――だったもの。


 ルィンは静かに涙を流し始めた。

 またなぐさめようと肩に手を置くと、彼女はオレの胸の中で泣きだした。

 きっと彼とは知り合いだったのだろう。種族を超えた友情は唐突に断ち切られてしまった。自然の営みとしての死ではなく、あの日に襲来した赤いドラゴンの戯れのような一撃によって。もっとも残酷な形で。

 ルィンが泣き止むまで、オレは動かなかった。

 オレはそんな彼女の様子を見て確信した。これが『森の異変の原因』になったものだと。


「……ごめんナサイ。取り乱しちゃいマシタ。モウ大丈夫デス」


 オレは口の端を少し持ち上げた。このくらい迷惑のうちにも入らない。むしろ泣いている彼女になにもしてあげられなかった自分が歯痒かった。

 そんな気持ちをごまかすように――というわけではないが、周辺をぐるりと見渡す。するとヌシの亡骸のそばでなにか動いているものを見つけた。ルィンにもそれを教えて確認してもらう。


 それは純白の毛皮をまとった仔鹿のようだった。

 アルビノの鹿なんて初めて見た。異世界では珍しくないのかもしれないが。


「アレは……っ!? このヌシの子どもデス!」


 おお、マジか。巻き添えを食らわずに無事だったんだな。不幸中の幸いというやつだろう。とにかくよかった。

 それじゃあ、あの子は保護しておいた方がいいよな?

 ほらほら、お兄さんはあやしい人物なんかじゃないよ。お肉は大好きだけど、間違って君を食べちゃったりしないよ…………………………たぶんね。

 ――ああっ待って! 今のなし、ノーカンノーカン! ほんの冗談だから! ちょっとしたブラックなジョークだからっ! カムバック、行かないでっ!

 どうやら見ず知らずのオレがいると警戒して逃げられてしまうようだ。ここは顔見知りであるルィンに任せようか。それではルィン先生お願いします。



 そのとき、オレたちはこっそり忍び寄る巨大な影の接近に気づくことができなかった。



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