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ドラゴン殺しの弾丸  作者: 秘匿
国内のある意味、異世界
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#00-1 現在状況を報告せよ!

 3話までは日本国内のプロローグになります

 20××年○月△日、とある駐屯地にて。


 現在、陸上自衛隊では新隊員教育の真っ最中である。

 オレ――『蛇塚ショウイチ』は、その後期教育課程に参加している一人だ。


 入隊した新人たちが真っ先に基本基礎を叩き込まれるのが前期教育課程。後期教育課程は各人の適性や要望に合わせてより専門的な職種に振り分けられる。

 オレの配属は『普通科』、いわゆる「歩兵」というやつだ。もっとも定数が多く、もっともポピュラーで、「兵隊さん」といわれてパッと思い浮かぶあの兵科だ。自衛隊は「兵隊」じゃないらしいけど。


「普通科歩兵の本領は、徒歩行軍である」


 教育中隊隊長が新隊員に贈った最初の言葉だ。

 オレたち普通科の新隊員はその言葉通り、その本領を発揮するために想像を絶するほどの鍛錬を課せられた。

 より長距離を移動できるだけの体力、より多くの装備を運べるだけの筋力、そしてなによりも過酷な状況に耐えうるだけの精神力を鍛えるためだ。



 ここでオレたち新隊員の1日をちょっとだけ覗いてみよう。


 朝の点呼は腕立て伏せから始まり、午前中の肉体鍛錬で腕立て伏せ、午後の座学で腕立て伏せ、夜の点呼でまた腕立て伏せ……。

 もちろんこれ(腕立て伏せ)だけじゃない。

 移動するときの隊列がわずかに乱れているだけで腕立て伏せ、服装や立ち姿が美しくなければ腕立て伏せ、返事がちょっとでも気に入らないと腕立て伏せ、顔が好みじゃないとか心が汚れているなどの理不尽な理由で腕立て伏せ、あと特になにもないけど腕立て伏せ……などなど。

 だいたいこんな感じ(腕立て伏せ)だ。

 ちなみに正しいフォームの腕立て伏せは、足の一部を除いたほぼ全身の筋肉を使う理想的なエクササイズだそうだ。とある助教がそう熱弁してた。

 しっかし、いくら体が資本とはいえ、脳ミソまで筋肉化するほど筋トレ(腕立て伏せ)をさせることはないと思うんだけど。

 そんなこんなで半年間みっちりと鍛え上げられたオレたちは当然のごとく、入隊前より肉体がふた回りほど大きくなっていた。



 風の噂で聞いたところによると、今回の教育隊は「ハズレ」らしい。

 この「ハズレ」というのは、教育の仕方がヘタクソであるとか教官のやる気が低いとかそういう意味ではない。むしろそうであった方がよかったくらいだ。

 つまりオレたち「新隊員にとってのハズレ」であり、ドSの鬼教官たちがあらゆる教育の難易度を上げてくるのでむちゃくちゃ厳しいという意味だ。

 新隊員教育ははっきり言ってピンキリだ。全国各地の教育隊がそれぞれの方針で教育するため、甘かったり厳しかったり部隊によって様々だそうだ。

 もうおわかりだろう。

 オレたちはその中でも近年まれに見るほど厳しい教育隊――教育内容はちょっとアタマおかしいんじゃないのかと疑うほど超絶難易度、見た目はヤクザ者か世紀末キャラかと見間違えるほどコワモテの鬼教官(おにいさん)たち――を見事に引き当ててしまったのだ。



 それはもうすぐおこなわれる最終課程でも例外はなかった。

 最終課程は通称「ヤマ」とも呼ばれる総合的な実地訓練だ。フル装備で長距離を徒歩で移動し、陣地構築の後に想定された敵と交戦、などなど数日がかりでおこなわれる。これまで教わった知識だけでなく、気力体力など多くの資質が問われることとなる。

 つまり前期後期あわせて6ヶ月にも及んだ新隊員教育の総仕上げであるため、気合の入った教官たちの人外の鬼畜っぷり――もとい愛の鞭はここでもいかんなく発揮される。


 とりあえず主立った項目をいくつか挙げてみよう。


 まず最初に、

「自分から普通科を選んだくらいなんだから行軍がだぁい好きなんだろ? それじゃおまえたち、たっっっくさん歩こうなっ!」

 などと、とても良い笑顔(目だけは笑ってない)で、例年の徒歩行進訓練よりもはるかに長い距離を設定してきた。ちなみに例年では30~40キロメートルほどだ。

 だがオレたちに課せられた距離は――――おいおいおいおいちょっと待てや。うわさに聞いたレンジャー部隊や空挺部隊の訓練に迫る勢いじゃねーか。

 とてもじゃないが新米のペーペーが歩ける距離じゃない。日数に余裕があることだけが唯一の救い……いやいや騙されるな。地獄に滞在する期間が長くなるだけだ。


 その次に、

「ほれ見てみろ、カッコいい装備だろ? おまえらのためにと・く・べ・つに借りてきたものだ。はいじゃあ配るから、ぜ・っ・た・いに無くすんじゃないぞ」

 などと、とても良い笑顔(小悪魔ではなくただの悪魔)で、通常では必要ないような余計な装備を持たせてナチュラルに重量アップを企んできた。

 向上心のある自衛官はわざわざ自分で重りを用意して自らを鍛えるそうだが、オレたちは強制的に増量キャンペーンの対象になってしまったというわけだ。しかもご丁寧に見たことも触ったこともないような、そして所属によっては一生使わないような装備ばかり……正真正銘、本当にただの重りにしかならないでやんの。


 あげくの果てには、

「お~いおいおい、なんだその嫌そうな顔は? せっかく教官たち全員が苦労して準備してきたのに、そんな顔されると、あ~傷つくな~。…………腕立て伏せ、用意!」

 などと、事あるごとに隙を見つけてはとても良い笑顔(マジキチスマイル)で、いつもの腕立て伏せをさせようとしてくるのだ。

 なぜだ、教官たちはなんでこんなに腕立て伏せが好きなんだ? なんで、なん……あ、ごめんなさい。ハイポートはめっちゃきついんで腕立て伏せの方がいいです。ハハハッ、ウデタテフセダイスキ! 腕立て伏せに飽きることなんてないんで、だからハイポートだけはどうか勘弁してください。


 最後には、

「ゼンブ、アナタタチノ、タメダカラ」

 って、せめて棒読みはやめろや。全部教官たちが趣味でやってることじゃないか。

 オレたちが苦しむ姿を存分に鑑賞してとても良い笑顔(それはもう純粋で曇りのない素敵な笑顔)になってんじゃねーか。白々しいほどにきらりと光る歯が憎たらしくてしょうがないわー。大胆にサムズアップしてる親指をあらぬ方向にひん曲げたいわー。


 ……正直なところ、ここまでは別によかった。


 教育の水準が高いことや教官らが厳しいことは、すべて新隊員であるオレたちの肉体と精神をより優秀に、より強靭にするためだからだ。

 やがては自分たちのためになると、そう思えば歯を食いしばって乗り越えられる。流れる血と涙と汗の量に比例して、オレたちの練度は新隊員とは思えないほど高くなっているはずだ。

 そう考えていたオレにとっては、あのくらいの愛の鞭など許容の範囲内だ。オレがドMだからではない。断じてちがう。ホントだよっ。



 ……だがしかし、最終課程の前日のことだ。

 問題が起きた。同じ分隊の同期が、常々思っていた不満をついにぶちまけたのだ。


「あーだりいな。まるまる1人分の余計な荷物を持ってけとかマジふざけんなよ、あのクソ教官どもがッ」

「ほんとなー、ただでさえ歩く距離のびてんのによ。うわっなんだこれ? 水満タンのペットボトルがぎっしりあんだけど。信じらんねー。やってらんねー」


 大勢の若者がひとつの場所に集まれば当然こういう面子もでてくる。同じ自衛官、同じ新隊員とはいえこれは仕方ないことだ。というか、どこにいっても似たようなやつは必ずいるだろう。別に自衛隊だから特別なわけではない。

 それにこいつらの吐き出した不満は新隊員のおよそ10割の人間が思っていることだ。口に出したところでなにか変わるわけではないからみんな黙っている。というか、教官たちに聞かれたら腕立て伏せの口実にされてしまうから黙っているだけだ。

 だがこいつらは想像していたよりもはるかにタチが悪いやつらだった。

 やつらの不満の矛先がこのオレに向けられたのだ。


「……おいなぁ蛇塚くぅん、お前たしかサバイバルとかそういうの好きだったろ? この隠れ蓑みたいなの持たせてやるよ」

「へー、そーなんだ。じゃ特別にこの防弾チョッキも着ていいぜ、感謝しろよ」

「ほんじゃこのカッチョイイ防護マスクも――ほら、やるよ。うれしいか? うれしいだろ? ハハハッ」


 おい、ふざけんなよ。その大荷物はみんなで分担して持てって言われただろうが。それ全部持たされたら1人だけ総重量が30キロ超えちまうだろうが。ちっとは常識的に考えろ、バカどもが。

 ……と、そう言いたいのは山々だが、残念ながらオレは孤立無援。多勢に無勢だ。

 口数が少ない変人として認知されているオレは不幸にもこいつらの標的になってしまった。こいつらの悪趣味に付き合わずにここまでやってきたのだが、どうやらそれが気に入らなかったらしい。最後の最後で、本当にツイてない。


「と、いうわけで。ヘイ、ヘビちゃん! ペットボトル、パ~ス!」

「俺からは蛇塚が好きそうなカンメシとパックメシをやるよ。あ、持たせるだけな? メシ休憩のときに返してくれればいいから、ハハハッ」

「そんじゃ俺もカンメシを出そっかな。お~いみんな、ドMでタフガイのヘビちゃんがちょっと荷物持ってくれるってさ!」

「え? マジで」

「本当に? いいのか?」

「じゃあちょっとだけ頼むわ」


 追加の装備だけでは飽き足らず、各人が携行するはずの食糧までもが次々にオレのところに舞い込んでくる。これでついに総重量が50キロ超になってしまった。

 ……こいつらは絶対に許さねえ。



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