六百九十二話 三つ頭番犬と闇の種族とメイドバニーたちの帰還様
「待て、待てケルベロス! 散歩、そう、まずは散歩が先で……」
「えええええー、ここまで誘っておいてー? あ、うーん、でも散歩もしたいー、どっちもするー!」
ソルートンの砂浜からちょっと西にある森、時刻も二十二時過ぎとかで辺りは真っ暗。
砂浜にはテンプレカップルがいたので、苦い顔をしながら退避。
ケルベロスの散歩には、周囲に誰もいない、真っ暗が条件として必要なので、暗くて怖いのに耐えて夜の森へ来た。
で、ケルベロスを散歩させようと呼び出したのだが、同時に闇の種族であるルリエラさんも登場。
どうやら帰ったフリをして、俺が一人になる瞬間を狙っていたっぽい。
二人の時間を邪魔された、とケルベロスが激怒、マジでルリエラさんに手を出しそうでやばかったので、俺は慌ててケルベロスに抱きついた──
そう、ルリエラさんを守るため、その一心だ。
つかお供のグレイフィルさんよぉ、あっさり気絶してんじゃねぇよ!
「ボスは私を抱きたくて、毎回暗くて人気のないところに呼び出していたんでしょー! 今回は情熱的に私の胸に触ってきたしー! なのに急にしないとかおかしいおかしいー!」
「んごー……! やめ……顔に生の胸を押し付けないで! ごめん、俺が悪かったケルベロス! ほら、人もいるし、今はやめておこう、な?」
「やだやだやだー! さっきのは気絶してるー! 邪魔なら吹っ飛ばすー!」
ケルベロスの怒りを鎮めるために、俺は決死の覚悟で抱きついたのだが、その時、偶然、百年の奇跡が起きて、たまたま手がケルベロスの大きなお胸様を掴んでしまった。
そうしたらケルベロスの怒りは治まったのだが、そのパワーが全部性衝動……的な行動にスライドしてしまったようで、彼女が大興奮。
着ている黒いドレスの上半身をめくり、お胸様が全部見えている状態で俺に襲いかかってきた。
いや、暗いところはあなたのリクエストで、周りに誰もいないほうがいいのは、ケルベロスって存在がどう考えても俺たちとは別次元の存在、簡単に言うと神様に近いような気がするから、誰にも見られないほうがいいんだと思ったのであって、毎回呼び出しているのは、マジで散歩をさせようとしているだけだっての!
ああああああ! ルリエラさんさえ襲ってこなければ、普通に散歩しておしまい、こんな面倒なことにはならなかったのにぃ!
「……ぅ……」
「…………」
向こうで倒れているルリエラさんとグレイフィルさんを見ると、息はあるっぽい。
良かった、無事か……よし、なんとかケルベロスを抑えて、二人が逃げ出す時間を稼ぐぞ。
「よ、よし、おいでケルベロス」
「きゃふ! ボスに抱きつかれたー! あったかいー、落ち着くー……」
グレイフィルさんがピクリとも動かないが、多分あれ、起きてるな。
俺はケルベロスを抱き寄せ、頭を優しく撫でる。
「耳、耳触ってボスー、きゃふきゃふー!」
ケルベロスの頭には犬耳があるのだが、それを触ってもいい許可がおりた。
嫌じゃないのか? まぁ、いいと言うのなら触るぞ。
「──きゃふっ……ボス、上手ー……」
そこから十分間ぐらい耳と、お尻に生えている尻尾も触っていたのだが、やっとケルベロスが大興奮状態から脱却。
ピクピクと震え、やっと大人しくなった。
「ごめんなケルベロス。今回は俺の不注意で二人が入ってきてしまった。今日はここまでだけど、今度また地下迷宮に行くからさ、それで許してくれないか」
闇の種族の二人が帰らずに残り、再度俺にアタックしてくるとか予想外すぎた。
それでも、俺ももっと注意するべきだった。
俺の甘さが引き起こした結果とも言えるし、ここはケルベロスにしっかり謝り、許してもらおう。
「うん、今日はボスをいっぱい吸収出来たから満足ー! え、また地下迷宮に来てくれるの? やった、やったぁ! ボスが来てくれれば、一人じゃなくなる! 嬉しいー!」
ケルベロスが満面の笑顔で喜ぶ。
そういや彼女は、冒険者の国にあるケルベロス地下迷宮の最深部でずっと一人なんだよな……それは、寂しいよな。
今は迷宮の外に出て来ているが、本来はダメな行為らしい。
飼い主である俺に呼ばれたら、それはしょうがない、って無理矢理な言い訳なんだけど、それはこいつの上の存在には認めてもらっているのかね……。
「こうしちゃいられないー! ボスが来るなら、迷宮を綺麗にしておかないと! 私は掃除が出来るんだって見せつけるー! じゃあ帰るね、ボス! 待ってるから、迷宮綺麗にして待ってるからー! ベローン!」
ケルベロスが俺の周りを走り、俺の頬をベロンと舐め、上空にジャンプ。
謎の空間の裂け目に飛び込み、消えていく──
「……あああ、なんとかなった……」
ぼーっとケルベロスが消えた空間を眺め、大きくため息をつく。
「…………帰りました? ああ、良かった……あなたのおかげで命が繋がりました」
俺の背後で黒い存在が音も無く立ち上がり、ゆっくりと歩いてくる。
「申し訳ございません。あなたには何とお礼を言えばいいのか。まさか助けてもらえるとは思っていませんでした」
全身黒い服を着た男性、グレイフィルさんが疲労しきった顔で俺に頭を下げてくる。
「いえ、俺の不注意もありますし……」
「……ハゥア……! い、生きてる……? おおおお、まさか『凶悪狂暴三つ頭番犬』に出会って無事とか……奇跡! いや、これが私の実力だぁ!」
グレイフィルさんと話していたら、後ろで地面に転がっていた女性がガバァと起き上がり、自分の身体をペタペタ触り、なぜか右手を突き上げ勝利宣言。
「……さすがに怒りますよ、ルリエラ様」
「いった……! 何をするグレイフィル、この私を闇の種族のトップオブトップだと分かっての……いった、二撃目ぇぇ!」
顔には出ていないが、結構怒っているグレイフィルさんがルリエラさんの頭に手刀連撃。
「言いましたよねルリエラ様、彼にあまり関わらないほうがいいって。私を振り切って逃げ回って、まさか再度襲うとか……。結果、どうなりました、ルリエラ様」
「う……その、だってまだこいつを裸にして泣かせてない……わ、分かった、分かったって! ご、ごめんなさい……」
グレイフィルさんが諭すように言うが、ルリエラさんが不満そうな態度を取る。
それを見たグレイフィルさんが、手を振り上げ手刀のポーズ。
ルリエラさんが慌てて謝る。
うーん、グレイフィルさんって、怒ると怖いのかな……。
「いいですかルリエラ様、私たちは本当なら、さっき命を失っていました。それを彼が身体を張って、あの三つ頭番犬ケルベロスを止めてくれたのです。さぁ、彼に言うべき言葉がありますよね」
「え、あの三つ頭番犬をこいつが……? お、お前何者なんだよ……ちっ……なんでこの私が裸にされて泣かされた上に頭まで下げないといけないのか、あ、嘘ですごめんなさい、ありがとうございますキツネ派様! 今私の命があるのはキツネ派様のおかげです!」
途中、グレイフィルさんが手刀を振りかざすと、ルリエラさんが誠意をもってお礼を言ってくる。
つか、俺ってなんでキツネ派呼びなの。
犬派だってば。
「ちっ……バーカ! 覚えとけよ……次は絶対にお前を泣かせてやるからな! せいぜい良い声で泣けるように発声練習でもしておくといい! 受けた恩は忘れないが、受けた辱めも忘れないからな! バーーーカ!」
ルリエラさんが叫び、上空にジャンプ。
「申し訳ございません。悪気はない……と思います。そして助けていただいて本当にありがとうございました。この恩はいつかお返しいたします……」
それを追いかけるようにグレイフィルさんも飛び、俺に何度も頭を下げながら山の暗闇に消えていった。
「………………疲れた……マジで」
体力も気力も尽きかけ、ヘトヘトでソルートンの砂浜まで歩く。
「さすがにカップルたちの気配が消えた……」
もう二十三時ぐらいか? さっきまでいたカップルたちが、もういないな。
それか、場所を移して……くそ羨ま……!
「……マスター、無事……」
「良かった……ご無事でしたか、ご主人様」
「ビックリしたー。また襲ってくるとか、何なのあいつらー」
前方にバニー耳のシルエットが三人見えて、誰かと思ったら、バニー娘アプティにアーデルニにドロシーか。
「あれが噂の凶悪狂暴三つ頭番犬ケルベロス……さすがご主人様です、あれほどの者を付き従えているとは」
「ご主人様すごすぎー、あのゾロ様が心酔している理由が分かったー」
アーデルニとドロシーが、ペタペタと俺の体を触ってくる。
な、何……?
「お怪我も無いようで、安心しました。それと残念ですが、私たちは一回島に帰り、報告をしなければなりません。まさか闇の種族が二度目の襲撃に来るとは……未熟でした。さすがにこの事態は看過出来ません、ゾロ様にご報告し、今後の対策を練ってきます」
「え、帰るの? そうか……それは残念。二人、結構宿に馴染んでいたから、いなくなると寂しいなぁ」
アーデルニが俺を真っすぐ見て、一回帰ります宣言。
まぁ俺も、まさかルリエラさんたちが二回目の襲撃に来るとか、思ってもいなかったしなぁ。
この二人、とくにトラブルも起こさないし、宿ジゼリィ=アゼリィにいても違和感なかったんだけどなぁ。
「なんと……なんと嬉しいお言葉……ありがとうございますご主人様。二度の襲撃を防げなかった私たちにそのような暖かく優しい……ああ、もうそのお言葉を頂けただけでアーデルニは満足です。ですが、次こそはしっかりと任務を完了し、ご褒美として優しいお言葉をいただけるように努力いたします……それではまた!」
「帰りたくないー! でも報告しないとー、そして絶対ゾロ様に怒られるの確定ー……ああもう、次はご主人様に抱いてもらえるように頑張るー!」
アーデルニとドロシーが大きくジャンプし、海の上に着地。
とんでもない速度で海上を走り、水平線の向こうに消えていく。
「……」
背後から無表情な視線が、と思ったらアプティか。
「二人は一回帰るってさ。なんだか賑やかな二人だったから、寂しくなるな。でも俺の側にはアプティがいてくれる。うん、アプティがいれば、俺は安心だよ」
俺はにっこり微笑み、バニー娘アプティの頭を撫でる。
「……マスターは私が好きで、仲が良くて、側にいれば安心……」
アプティが無表情に何かブツブツ言い、俺に抱きついてくる。
あれ、アプティが抱きついてくるとか珍しいな。
とにかくもう疲れた……早く宿に帰って寝よう──
「異世界転生したら愛犬ベスのほうが強かったんだが」
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影木とふ




