六百七十五話 優越ハイラと剣士クロスの存在しない理想の女性様
「え、悪の組織でもないし体の関係もないし指輪も貰えていない、数回お仕事をご一緒しただけのデートにも誘ってもらえないレベルの先生の興味ゼロな人たちだったんですか……それは失礼いたしました。私はハイライン=ベクトール、ペルセフォス王国の新人騎士です。サーズ様率いる飛車輪部隊、ブランネルジュ隊所属でして、今年のウェントスリッターで先生の大きな愛を頂き、結果優勝、早く騎士を引退してソルートンで先生と一緒に暮らしたくて頑張っている……」
ベスの散歩でソルートン港に来たら、初心者パーティーの女性二人、エリミナルとルスレイと出会い、一緒に朝ごはんをどうですかと誘われた。
漁港で新鮮なお魚を買い、それを焼き魚にして朝ごはんにするんだとか。
うん、美味そう。もう想像しただけでヨダレが出てくる。
俺は一応初心者パーティーのリーダーもやっているし、全員そろってのごはんも良いな、と参加しようとしたら暴漢に襲われた。
いや、語弊があるか。
暴漢かと思ったら木刀装備のハイラだった、が正解か。
ちょっと目の力を使ってハイラを押さえ話をしてみるが、なんだか悪の組織がどうたらと、全く意味不明なことを言うのみ。
とりあえず初対面っぽいので、ハイラに自己紹介をお願いしたら、冒頭の、長いうえによく分からん上から目線と妄想を織り交ぜた物語を語られた。
「長ぇし半分以上意味が分からねぇっての! つかまだ騎士を辞めたいとか言っているのか……。ダメだろ、サーズ姫様にご迷惑がかかるんだから」
「ええっ! これでも十分の一ぐらいの説明にとどめたんですよ!? 私が先生に受けた愛の深さは口頭だけでは説明不足ですし、一晩かけて実演を交えないとお伝え出来ないですし、騎士は辞めます」
てっきりペルセフォス王国所属の騎士ハイラです、だけかと思った。
なんかちょっと失礼で急な上から目線トークだったので苦言を呈すが、壁に投げたボールが二倍速で跳ね返ってきた、ぐらいの勢いで言い返された。
騎士を辞めるのは確定なんだ……。
「ソルートンを拠点に冒険者をやっている、ライティング特化の魔法使いエリミナルですー。わはー、美人さーん。リーダーの周りってお綺麗な女性が多いー。え、ペルセフォスの騎士さん? すごーい、エリートさんだー」
魔法使いのエリミナルが意味の分からない部分はスルーして、『騎士』という単語だけに反応。
うん、正しいぞエリミナル。
あとその、ライティング特化、ではなくて、あなたはライティングのみの魔法使い、ね。
「私は盗賊のルスレイ……ん、あれぇ? どっかで見たような……って、ああ! 王都で毎年開かれている飛車輪レース、ウェントスリッターで前評判最下位から逆転優勝したハイライン=ベクトールさん! レース見てました! うわぁ、まさかご本人にお会いできるとは……。え、リーダーのお知り合い? すご……つかうちのリーダーって人脈すごすぎ、マジで何者なのあんた」
盗賊のルスレイがマジマジとハイラを眺めたと思ったら、急に笑顔になり饒舌に語る。
ああ、そういえばルスレイって、ソルートンに来る前は王都に住んでいたんだっけ。
へぇ、ちょうどハイラのレースを見ていたのか。
自己紹介も済んだので、ハイラも朝ごはんに参加してもらうことに。
漁港の近くにある商店で、それぞれの好みのお魚を購入。俺は鮭っぽいのを選んだ。
初心者パーティーのもう一人、剣士のクロスは、商店街の端っこにあるパーティーの拠点でおかずとお米を準備しているとか。
愛犬ベスにはリンゴを買い、歩いて初心者パーティーの拠点へ。
俺が先頭、女性三人がすぐ後ろを固まって歩き、何か話している。
ハイラはマジのエリート騎士だし、初心者冒険者であるエリミナルとルスレイは話を聞くだけでも参考になるだろう。
「まぁ私は先生の好みなら全部知っていますから。そうですね、先生がよくする愛の体位は……」
「わはー、リーダーって激しい? ほっそいのに、そっち系の体力すごそうー」
「いいなぁ、私もリーダーに求められてみたいなぁ。今度ご一緒出来ないかねぇ」
「ベッスベッス!」
おっと、ベス、リンゴは拠点に着いてからだって。
女性三人の会話の内容はベスの『リンゴ早く欲しい』でかき消されて聞こえなかったが、みんな笑顔だし、充実した冒険者トークでもしているのだろう。
なんかハイラの鼻が高くなっていて、優越感たっぷりの顔をしているのは気になるが。
「おかえり、厚焼き玉子にサラダ、デザートにフラロランジュ島産オレンジを切っておいたよ……って犬とリーダーがいる! え、一緒に朝ごはん? それは嬉しいなぁ……あれ? 知らない女性もいるけど……お美しい……」
ソルートン港の近くにある安めの商店街。
そこの端っこにある古めのお店をリノベーションして、白で綺麗に塗装された建物、そこが初心者パーティーの拠点になっている。
朝食の準備をしてくれていた剣士のクロス君が、俺と愛犬ベスを見て驚く。
ごめんよ、急に来て。
自分たちの分のお魚は買ってあるから大丈夫。
すぐに盗賊のルスレイが説明をしてくれたが、クロスが俺の後ろでなぜだか優越感たっぷり顔のハイラを見て固まる。
「初めまして、騎士のハイライン=ベクトールです。本日は朝早くに急におしかけてしまい申し訳ありません。お魚は買ってきましたので、先生と一緒の席でくっつきながら食べさせていただけましたら……」
さっき俺に注意されたからか、ハイラが急に真顔になり、丁寧に挨拶をする。
……なんだ、やれば出来るじゃあないか、ハイラ。
安心したよ、こういう普通の挨拶が出来ない子なのかと思っていたよ。
俺と一緒の席でくっつきながら、ってのは意味が分からないけども。
「あ、ク、クロス、剣士のクロスです! か、彼女募集中ででです……!」
クロスがビシっと姿勢を正し、謎のアピールをする。
あれ? おやおや?
もしかしてクロスの好みって、ハイラみたいな子だったのか?
「そうですか。お魚焼いても良いですか? 先生のは私が愛情を込めないとダメなので」
「は、はいどうぞ! ハイラさんはお料理が出来るのですか!」
ハイラが炭火の上に置かれた網に俺とハイラの鮭っぽい魚の切り身を並べ、丁寧に焼き始める。
あれ、自分でやろうと思ったんだが……まぁいいか。
「では、いただきまーす」
全員の魚が焼き上がり、ご飯と厚焼き玉子も分けてもらい、結構豪華な朝食をいただくことに。
「はい先生、あーん。ふふ、美味しいですか? それはもう愛情をたっぷり込めましたから!」
「あ、う、うん、すっごく美味しいよ」
ハイラが俺の横、というかぴったり体をつけて座り、笑顔で俺に食べさせようとしてくる。
自分で食べたほうが速いが、ハイラが笑顔だし、まぁいいか。
あれ、しかも焼き加減最高じゃないか。
ハイラって料理出来る子なのか。
「…………美しい……」
俺とハイラの様子をぼーっと見てくる視線が一つ。
「うちのクロスってさ、騎士に憧れがあって、真面目な子がタイプらしいの。多分ハイラさんって、その属性両方持ちに見えるんじゃないかな」
右横の盗賊ルスレイが、こっそり耳打ちしてくる。
「クロスってー、冒険者になる前にペルセフォス王都の騎士養成学校の入学試験に落ちてるんだってー。結構な借金してあちこちの試験対策教室に行って学んだんだけど、結局落ちたとかー」
魔法使いのエリミナルもこっそり情報をくれたが、そういやクロスって借金があるとか言っていたけど……それか。
以前俺と一緒に初心者クエストでロックベアキングとか討伐して、それで得たお金で借金全部返したらしいけど。
俺、サーズ姫様のはからいで、そのペルセフォス王国の騎士養成学校に超短期で通ったことがあるけど、あそこはマジのエリート揃いだったからなぁ。
水着魔女ラビコ曰く、授業料もバカ高いらしいし。
「へぇ……真面目な騎士、ねぇ……」
「先生、はい、あーん。ああ、二人だけの空間、幸せですねー」
今度はハイラが俺にサラダを食べさせようとしてくる。
二人だけの空間? ここには初心者パーティーの三人と、愛犬ベスも一緒にいるんだが。
「……美しい……」
そしてハイラが認識していない空間外から、クロスの声が聞こえてくる……。
悪いがクロス、ハイラは君が理想とするような、真面目な騎士ではなくなってしまったんだよ……。
「異世界転生したら愛犬ベスのほうが強かったんだが」
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影木とふ




