六百七十一話 存在してはいけない書類とオートセーブ様
「ああああ……! ついに私はつまらない毎日しか過ごせない王都の呪縛から解き放たれ、港街ソルートンに来れたのです! 自由、そして先生の温かな愛がある街……! これから始まる私の新たな人生! ゴロゴロゴロー! そしてここが私と先生の愛の巣……!」
新人騎士ハイライン=ベクトール。
彼女とは初めて王都に行くときに出会って、その後開かれた飛車輪レースで俺が彼女を指導したら、前評判ダントツ最下位から大逆転優勝してしまったという。
ハイラは元々、騎士養成学校をトップで卒業したという才女で、気弱な性格がネックになり結果を出せていなかっただけ。
俺の指導なんてただのキッカケでしかなかったと思うが、教え子が出世したというのは嬉しいものだ。
レースで優勝し、今年のペルセフォスの代表騎士となり、この国の歴史に名を残した。
ハイラは来年からは多くの新人騎士の憧れとなり、目標とされる立場になったのだから、騎士の模範となるような態度と言動を……
「ハッ……私と先生の愛の巣に王都の呪縛……こんなつまらない物は必要ありません! えぇい、こんな物、こうです……!」
よく分からないがハイラが王都から一人で来て、事情を聞こうとしたら宿ジゼリィ=アゼリィ一階の食堂では騒ぎになってしまった。
なので落ち着いてもらう為に二階にある俺の部屋に来てもらったのだが、ハイラが床を舐める勢いで転がり大興奮。
むしろ悪化、彼女の心の何かを解放してしまったようだ。
転がり飽きて止まったかと思ったら、思い出したように背負っていたカバンを乱暴に開け、中に入っていた書類の束を床に叩きつける。
俺、宿の娘ロゼリィ、猫耳フードのクロは一連のハイラの暴走に呆気に取られ、口をポカンと開け見守るのみ。
バニー娘アプティは興味なしの無表情、水着魔女ラビコは苦笑い。
愛犬ベスが、叩きつけられた書類をフンフン嗅いでいる。
「やった……やりました先生! これで私は自由です! これから末永くよろしくお願いしますね!」
「え、何……? 王都の呪縛……? ま、待てハイラ、その書類にペルセフォス王国のマークが刻印されているんだけど……」
ハイラが悪いものは成敗してきました的に、満足気な顔で俺に抱きついてきたが、その床に叩きつけた書類、結構どころかかなり重要なやつなんじゃないのか?
王都からペルセフォス王国の制服を着て、なにやら重要な書類持参、しかも極秘任務ですとかさっき言っていたから、何かしらのお仕事だとは思うんだけど、この暴れっぷり……。
あのなハイラ、お前はペルセフォスの新人騎士に夢と希望を与える立場になったんだから、もっと落ち着いた態度をだな……。
「……あ~あ、これ、当人以外見ちゃいけないやつじゃ~ん。う~わ、フォウティアと変態姫の直筆サイン入ってるし~。この書類の存在自体知られてはいけない系で~、本来こういうのは隠密騎士のリーガルがやるやつじゃないの~? あっはは~」
水着魔女ラビコがひょいと一枚拾い上げ、ザッと目を通し笑う。
現国王であられるフォウティア様、第二王女であられるサーズ姫様の直筆サイン入りの、書類の存在自体知られてはいけない系……おいハイラ、それやばいだろ!
なんて物を床に叩きつけたんだよ!
「み、みんな、目をつぶって拾うんだ! 絶対に見てはいけないぞ!」
「え、あ、はい! って、目をつぶったら見えませんー」
俺が慌てて指示を出すと、宿の娘ロゼリィが目を閉じてあたふたと部屋内を彷徨う。
「にゃっはは、心眼でも開けってか? まぁラビ姉はペルセフォス国王と同等の権力持ちだし大丈夫だろ。アタシたちは見なかったフリで記憶からも消しとけってな、にゃはは!」
猫耳フードのクロがフラフラ彷徨うロゼリィを抱きかかえ、部屋の端に避難。
「……目を閉じて拾いました……」
何かが高速で部屋を動き回ったと思ったら、目の前に無表情バニー娘が現れ、書類の束を俺に手渡してくる。
お、おお……さ、さすがバニー娘アプティさんだ、本当に目を閉じて全ての書類を集めてくれたぞ。
「って俺も見ちゃいけないんだった! ハ、ハイラ、早く受け取ってカバンにしまってくれ!」
受け取ろうと思ったが、俺も見たらダメなんだった。
慌てて目を閉じ、俺に抱きついて幸せそうに顔を擦りつけているハイラに書類を受け取るように言う。
「……別にそんなのどうでもいいですよぉ。こうやって任務を失敗すれば、晴れて私は騎士を一発クビでソルートンの住人になれますしぃ」
ハ、ハイラぁ……!
頼むから素直に受け取ってくれって……!
この子、こんなに面倒な子だったっけ……?
……いや、段々思い出してきたぞ……そういえばハイラって、こういう子だった……。
なら、知っているのにコントロール出来ていない俺の責任か……。
「えっと……みんな一回記憶を失ってやり直すってことで……。え、あれ? ハイラじゃないか! どうしたんだ急に、え、プライベート旅行? そうかそうか、お休みをもらってわざわざ王都からソルートンまで来てくれたのか! よしみんな、ハイラにはお世話になっているし、たっぷりもてなそうじゃないか!」
「は、はい……! で、では夕食は豪華にいきましょうか!」
ハイラとの出会いを仕切り直し。
みんなに一回記憶をリセットしてもらい、数分前のオートセーブポイントから再開。
宿の娘ロゼリィが苦笑いをしながら俺に合わせてくれる。
「……マスター、アップルパイと紅茶を……」
バニー娘アプティが無表情に希望を出してくる。
ああ、いいぞ。アプティは散らばった書類を、本当に目を閉じてかき集めてくれたからな。
今日一番の功労者だ。
「お、豪華な夕食か、それは楽しみじゃねぇか! 諸々の後始末はラビ姉に任せて、アタシたち一般庶民はキングのおごり飯を楽しもうぜぇ、にゃっはは!」
猫耳フードのクロも乗ってくれるが、あなたは一般庶民ではなく、一応お隣にある魔法の国セレスティアの第二王女様なんだから、ラビコと協力して頭捻ってくれよ。
「ええええ~……なんで私が~? つかハイラに任せたってことは、絶対にこういうことが起こるって折り込み済みでしょ~、あの計算高い変態姫のことだし~。ほら、書類にはフォウティアと変態姫のサイン入りだし、責任はこの二人に押しつけ~。あ、よく見たら社長の名前入ってる~。これはどういう意味かな~? さ~て、お酒お酒~。あっはは~」
水着魔女ラビコが、存在してはいけない書類をヒラつかせ笑う。
おいラビコ、笑顔でそれをこっちに見せるなって言ってんだろ!
せっかく記憶巻き戻してオートセーブから再開したのに、情報持ちこして上書きすんじゃねぇよ。
そしてお前は金持ちなんだから、お酒は自費で飲め……って何でその書類に俺の名前が入ってんの?
「異世界転生したら愛犬ベスのほうが強かったんだが」
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影木とふ




