六百六十四話 ソルートンは故郷で実家だけどコントロールは出来ない様
「いらっしゃいませー! 五名様ですね、25番のお席へどうぞ!」
「お待たせ致しました、三種のお肉の鉄板焼きになります!」
星神の国からホームである港街ソルートンに帰ってきて数日、やっと俺の体がソルートン仕様に戻った。
午前十時前だが、すでに混雑し始めた宿ジゼリィ=アゼリィ一階の食堂。
いつもの席に座り紅茶を頂きながら、元気に働く正社員五人娘を笑顔で眺める。
日本から異世界に来て国内国外と色々な場所に行ったが、俺にはこのソルートンという港街が一番合っている気がする。
異世界で最初に降り立った街という贔屓目もあるのかもしれないが、この雰囲気……曖昧で申し訳ないが、俺はソルートンという街が大好きなのだ。
「やっぱりソルートンはいいなぁ。俺はここに住んで日が浅いけど、故郷って感じがするよ」
「ふふ、もちろんです。ここはあなたの故郷ですし、この宿があなたの実家なのですから」
俺の左横の席に座っている女性、宿の娘ロゼリィが満足気な笑顔で俺を見てくる。
実家……?
いや、ここはロゼリィの実家ではあるけど、俺の実家ではないが……ああ、日本でいう、実家のようにくつろいでも良いですよってやつか?
まぁ宿を増築したとき、一部屋を買い取って俺の家、とはなっているか。
異世界で初めて手に入れた俺の住処、うむ、実家と言ってもいいのかな。
「実家か、そうだなぁ。俺、ロゼリィがいるこの宿が好きだし、そう言ってもらえるのは嬉しいよ」
「……わ、私が好き……! そ、それは、それはあれですか……つまり私と一緒に宿を継いでくれるということで……」
ん? なんかロゼリィが真っ赤な顔で大興奮し始めたんだけど……。
「落ち着け発情娘~。社長は宿が好きって言っただけだっての~」
「え、あ、あれ……でも同じ意味では……」
紅茶と生クリームたっぷりパンケーキを持った女性が俺の右横に座り、宿の娘ロゼリィに冷静な言葉を投げつける。
「あっはは~、やっぱここのパンケーキ最高~。ん~? 社長も一口欲しいの~? いいよ、はい、あ~ん」
水着にフード付きロングコートを羽織るという独自ファッションの女性、水着魔女ラビコがフォークに乗せたパンケーキを俺の口に近付けてくる。
ラビコってパンケーキが好きらしく、結構な頻度で頼み、美味そうに食うんだよね。
「あ、いや、美味そうだなとは思ったけど、欲しいって意味では……」
いい食べっぷりだなぁと思って見ていたのだが、物欲しそうに見えたのか?
「だ、だめです……! 間接は防ぎます……はもっふん……! はぅ、パンケーキはふっくら柔らか、そして生クリームが甘くて滑らかで美味しい……」
俺の左側に座っている宿の娘ロゼリィがグインと体を伸ばし、水着魔女ラビコが差し出したパンケーキに食らいつく。
間接?
「あ~! 私は社長にあげたの~! 発情娘は雲でも吸ってろ~!」
パンケーキを満足気に頬張っている宿の娘ロゼリィにラビコが激怒。
「私は空を飛べませんけど、ラビコは飛べますし、そちらこそ雲を吸ってきて下さい」
俺を挟んでの二人の言い合いが始まったが、挟まれた俺はどうすればいいのか。
つかラビコさんよ、雲でも吸ってろって、それは仙人か何かなのか。
「しかしいつも仲良いっすねー、兄貴ー。今日も見せつけてくれるじゃあないですかー」
「マジであんた、よくそのメンバーをまとめているよな。さすがソルートンの英雄様ってか」
隣の席にいたモヒカンやらドレッドヘアーにごっついトゲ付きアーマーを着た筋肉男たち、世紀末覇者軍団がニヤニヤしながら俺たちの騒ぎを煽ってくる。
モヒカンよ、小競り合いの間に挟まれた男が何を見せつけたのか。
「ベッス!」
「おお、俺の愛犬はいつでも可愛いなぁ。二人は放って散歩に行こうか」
足元にいた愛犬ベスが元気に俺の膝に乗ってきた。
うん、可愛い。
おそらく可愛いの語源は、ベスの見た目から生まれた言葉なのだろう。
「待てこのクソ童貞~! 自分の嫁と愛人の仲裁ぐらいしろっての~!」
俺は紅茶も飲み終わったし、愛犬の散歩にでも行くかと思ったら、水着魔女ラビコが俺の口にパンケーキを突っ込んできた。
「う、美味……じゃなくて誰が童貞か! いや、合っているし、だからこそ俺に嫁だの愛人なんかいねぇっての!」
女性と付き合ったこともない俺が、どうやって嫁と愛人を囲うのか。
あとこの宿の神の料理人、イケボ兄さんの作った生クリームたっぷりパンケーキ、美味い。
「……どちらですか?」
興奮する水着魔女ラビコに対し、宿の娘ロゼリィが静かにピッタリ体を寄せてくる。
「私とラビコ、どちらが嫁でどちらが愛人ですか……?」
そして不気味な笑顔で絶対に間違えることが出来ない二択を俺に迫ってくる。
ど、どちらが嫁でどちらが愛人……?
童貞の俺に、その答えは永遠に出せないと思うが……?
「にゃっはは! 今日も元気にヤってんなぁ! 別に肩書きなんてどっちでもいいじゃねェか。嫁だろうが愛人だろうが、とりあえず一回はキングとヤれンだろ? その一回でガッツリ決めて子供作ってよ、そのあとのことはそンとき決めりゃあいいだろ。キングなら絶対に逃げねェだろうし、つかアタシたちから逃げるのはもう無理だって分かってんだろ。にゃはは!」
二階から猫耳フードの女性、クロが降りてきて、爆笑しながら俺たちの騒ぎを見てくる。
セリフがとてもセンシティブ。
猫耳フードのクロというのは、いつも猫耳の付いたフードをかぶっているからそう呼んでいるのだが、今はその特徴である猫耳フードは付けていない。
というか、服を着ていない。
いや、今の一言で興奮してしまった紳士諸君には申し訳ないが、パンツにタンクトップみたいのは着ている。
でもそれは世間では服とは言わず、下着と言う。
「お、おいクロ……! 服を着てこい! お前いつも油断するとどうして下着で食堂に降りて来るんだよ! 人のこと言う前に我が振りを見ろっての!」
「ああン? ここはキングの実家なンだろぉ? だったら嫁であり愛人であるアタシはどンな格好したっていいじゃあねェか。ほら来いよ、こう見えてアタシは近接も得意なんだ。言うこと聞かせてェなら、力尽くでヒィヒィ言わせに来い。前からでも後ろからでも横からでも受けて立つぜェ! にゃっはは!」
俺が下着で強気な女性、クロに注意をするが、ヤンキーみたいな口調で反論をされる。しかも内容がセンシティブ。
俺の実家って言ったのは、買い取った宿の二階の一室だけな。
それ以外の場所は宿ジゼリィ=アゼリィであって、ましてやここは多くの人が出入りする食堂だっての!
クロが下着にゆるゆるのタンクトップでシャドーボクシングみたいなのをしてくるが、あまり大きく動くと、その、お胸様が見えそうなんだって。
あとお前、一応魔法の国セレスティアのお姫様なんだからよ、ヤンキーみたいな動きで拳で牽制してこないで、魔法を使う素振りを見せろ。
「……悪いが力で俺は勝てないんでな、助っ人を呼ばせてもらう。近接といえばこっちには無敵のバニーさんがいるんだよ……! アプティ、クロを二階の俺の部屋に強制排除だ!」
「……はい、マスター……。二階のマスターのベッドに連れ込めばいいのですね……」
ヤンキーみたいな言動で忘れがちだが、彼女は魔法の国セレスティアのお姫様で、優秀な魔法使い。
家出してからもソロ冒険者としてやってきたクロに、こないだまで貧弱な高校生だった俺が勝てるわけがない。
これ以上下着の女性のダンスを食堂で見せるわけにはいかない。
世紀末覇者軍団が嬉々とした顔で騒いでいるし。
俺は最終兵器、近接無双バニー娘アプティを召喚。
無表情で現れたバニー娘アプティに猫耳フードのクロを俺の部屋に避難させるように言うが、ん? ベッドとかの指定はしていませんが。
「お、これマジか! 来たぜ来たぜェ! アプティを使ってまで、力でアタシをベッドに連れ込む……つまりアレだよなぁ! にゃっはは! あばヨ、番号付きの愛人のお二人さん、キングの嫁はアタシだったみてェだな! にゃっははははは!」
バニー娘アプティが無表情でクロを抱え、二階へ運ぶ。
クロが勝ち誇った顔で宿の娘ロゼリィと水着魔女ラビコを煽る。
あの、今、何のイベントが進行しているんです?
「てめぇ~! あとから急に出てきて嫁ヅラしてんじゃあねぇよ! 付き合ってる時間の順番守れっての~! 一番最初は私だっての~!」
「ラビコ? 彼と一番長く時間を過ごしているのは私ですよ? 私が最初、です」
水着魔女ラビコと宿の娘ロゼリィが怖い顔で言い合いながら、二階の俺の部屋に走っていく。
ああ……なんなのこれ。
よく分からないけど、食堂は静かになったし、放って愛犬の散歩に行ってもいいよね?
「……いやぁさすが兄貴っす。やっぱりあの個性的な女性たちをコントロール出来るの、この世に兄貴しかいないっスよ」
「まぁなんだ、大変だろうが……美味しい思いも出来るんだし、行って来いよ」
モヒカンとドレッドヘアーの二人が、なんとも言えない顔で俺の肩を叩いてくる。
なぁモヒカン、ドレッド……コントロール……出来ているかな……俺……
コントロール出来ていないから、こういう騒ぎになるのでは……?
だいたい一か月ぶりでございます、影木とふです
さて、ついに明日 5/23
『異世界転生したら愛犬ベスのほうが強かったんだが』の
二巻が発売になります!
二巻は「バニー娘アプティ」「騎士ハイラ」が初登場!
イラストが本当に最高なので、ぜひ見てもらいたい!
本屋でお見かけの際は、よろしくお願いいたします。
書き下ろし短編も2本掲載!
(ピンクのクマさんのもあります
さて18章 開始
なんだか妙な章タイトルですが・・・
大丈夫なんでしょうか、主人公くん・・・
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【以下定型文】
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影木とふ




