六百六十一話 船上ケルベロス散歩様
「わ、悪かった、ごめんて、いつも真上あたりから降ってきたから、上手く船に乗ると思ったんだって」
「降ってくるって、ボス私のこと何だと思ってるのさー! 初めて間違わずに呼んでくれたかと思ったら海に落とすとか酷いー! ムフームフー! ベローン、ボスの味ー!」
星神の国レディアホロウからの帰り道。
そういえばあいつの散歩をせねばと、ケルベロスを船に乗っているときに呼び出したのだが、場所がちょっとずれて船外に出現、落下でドボン。
ケルベロスがプンスカ怒って俺に抗議をしてくる。
抗議はいいのだが、なんで俺の頬を舐めるのか。
「今タオル持ってくるから、ここで待ってろ」
「え、いやだー! ボス一緒にいてよー! こんなところに一人は怖いー!」
海に落ちたはずが、一瞬にして俺の側に移動してきたケルベロス。まぁコイツ、よく分からん空間外から来たり、多分神様とかそういう区分の存在なんだろうから、何でもありなのか。
でもさすがに夜の海に落ちたのでズブ濡れ。それはマズイと思い、部屋にあったバスタオルを持ってこようとしたが、ケルベロスが悲しそうな顔でガッシリ抱きついてくる。
いや、濡れたままじゃ風邪引くんじゃ……。
一人は怖いとか、あなたとんでもなく強いじゃないですか。アインエッセリオさん、銀の妖狐よりさらに上、俺も目の力『千里眼』と愛犬ベスの神獣化を組み合わせないと戦えないレベル。
まぁ……寂しいってことか。
「ごめんな、ケルベロス。おいで、暖めてあげるから」
俺はケルベロスの頭を優しく撫で、その濡れた身体を引き寄せる。
いや、エロいやつじゃないって。この場を離れられないなら、体温で暖めるしかないだろ。ベスにはよくやってあげるやつ。
「きゃはー! ボス優しいー! やっぱりボスは私のこと大事なんだ! 私もボス好きー!」
ケルベロスが目をバチーンと見開き、がっしり俺に抱きついてくる。
むぉぅ……やはり海水で濡れているから冷たい……が、それは俺のせいだし、ケルベロスを暖めることが優先だ。
つか……ケルベロスって下着とか着けない主義なのか? 濡れたドレス一枚だとエロい身体のラインがバッチリ分かるな……。
「ムフームフー! ああもうドレス邪魔ー! ボスの体温、直に全部欲しいー!」
ケルベロスがモゾモゾと身体を動かし、着ている濡れた黒いドレスをズパーンと脱ぎ……っておい!
俺の体温全部欲しいとか、お前、対象の体温を奪う『氷系』のモンスターか何かなのか。
あなたヒュゴウヒュゴウ炎吐いたり、『火系』ど真ん中だろ。
「ボスも脱いでよー、裸のほうが伝わるからー」
全裸になったケルベロスが、俺のジャージを引っ張って脱がそうとしてくる。
待て……! 何で全裸なんだよ……服着ろ……いや、濡れたドレスは脱いだほうが良いのか?
あああ、お前、胸とか全部見えてるからやめろ……お前を呼び出したのは裸で抱き合うためじゃなくて、散歩させるためだっての!
「ボスここどこー?」
「ええっと、花の国のビスブーケからソルートンに向かっている連絡船の上だな」
とりあえず落ち着くのを待ち、裸はマズイので俺のジャージの上を着てもらった。
ケルベロスが船の端っこまで行き、月明かりに照らされた夜の海を楽しそうに見ている。
ああ、紳士諸君はとっくに気が付いているだろうが、彼女は全裸にジャージの上だけ、そう、つまりお尻が丸見えなのである。
いや、俺は見ていないよ。
見えているんじゃないかな? という想像で言っただけだ。
「ふぅーん。なんかボスってあっちこち行ってるね。なんか楽しそうでいいな」
ケルベロスがちょっと羨ましそうに俺を見てくる。
こいつは冒険者の国にあるケルベロス地下迷宮を管理するのがお仕事らしく、その地下迷宮から千年近く外に出ていなかったそうだ。
今外に出ているのは、こうやって俺に呼び出されたらそれは仕方がない、という謎ルールの元。本来はダメらしい。
「ごめんなケルベロス、たまにしか呼び出せなくて。本来お前は、人間からしたら恐怖を感じる存在だから、あまり人前には出ないほうが良いと思って。となると条件厳しいんだ」
ケルベロスは本気を出すと、上位蒸気モンスターである銀の妖狐ですら簡単に倒せるレベルの強者。普通の人間からしたら、存在自体が恐怖でしかない。
こいつの吐く炎は、人間なんて一瞬で骨ごと消し去るレベルだし。
「ええウソー、ボスってば全力ダッシュの私を簡単に捉えて殴ってきたでしょー、私より強いくせに怖いとかありえないー。ね、ボス、誰もいないし海だし、炎吐いていい?」
ジト目でケルベロスが俺を見てきて、口元から炎を……ってやめろ!
「だ、だめだぞ、お前の炎って火力あり過ぎるんだって。俺なんて一緒で消し炭になるんだからやめてくれ」
船で火災になんてなったら、大事故になるから無理だっての。
「きゃはは、ボスに私の炎なんて当たらないよー。ね、それよりボスー、今度また私の地下迷宮に遊びに来てよー。ずっと一人は寂しいよー」
とりあえず頭を撫で、ケルベロスの炎吐きを止める。
地下迷宮に遊びに来い……?
いやいや……あそこって普通の人間が気軽に行くとこじゃあないから……。
歴戦の大魔法使いである水着魔女ラビコが、命が数個ないと無理、って言ってんだぞ。
「こ、今度な……。あ、そういえば、星神の国の大穴って知ってるか?」
「え? 大穴? ああ、うん、知ってるけど?」
そういえば、こいつの地下迷宮に行ったとき、不思議な感覚だったんだよな。なんか階段降りたら、別の空間に入ったような感じ。それを星神の国にあった大穴、そこでも感じたんだが……
「サリディアの大穴に降りたら、何か別の場所に入ったような感覚になってさ。ケルベロス地下迷宮でも同じように感じたんだけど、何か知っているかな」
ケルベロス地下迷宮はこいつが管理をしている。なら何か知っているのでは。
「えーと、うーんと、知ってるけど、知ーらない。ボスなら分かるでしょー、きゃははー」
俺の問いに少し困った顔で考える仕草をするが、すぐに笑顔になって俺に抱きついてくる。
知ってるけど知らない。俺なら分かる……?
さっぱり分からん。
ケルベロスは知っているけど、俺には言えないってことか。
まぁ……それが分かっただけでも充分か。考えるだけ無駄ってやつだ。
その後、船の上の歩けるスペースで散歩。
それも終え頭を撫でていたら、ケルベロスが満足そうな顔になり『また地下迷宮に来てよー』と言葉を残し、空間の裂け目に帰っていった。
……毎回その裂け目から現れたり帰ったりするけど、それ、どういう仕組みなの。
地下迷宮なぁ……そうだな、呼び出してばっかりってのも悪いし、今度近くに行ったら寄ってみるか。
「ふぁ……ねむ、俺も寝るか……」
「お、王よ、無事か……!」
さて夜も遅いし俺も寝るかと思っていたら、背後から真っ青な顔のアインエッセリオさんが抱きついてきた。
え、何、どしたの。
「まさか三つ頭番犬が外に出てくるとは……い、一体何なのだ、あれは……!」
三つ頭番犬? そういえば銀の妖狐もそんな表現をしていたな。
「え、ケルベロスですか? ああ、アインエッセリオさんは初めてでしたっけ。以前地下迷宮で出会って、顔殴ったら仲良くなって」
すんげぇ端折ったが、まぁいいだろ。
「な、殴った……あの三つ頭番犬を……? ほ、ほっほ……本当に……本当にわらわの王には驚かされるばかりだのぅ……。まさかあの、出会ってしまったら自分の運の無さを嘆き、その頭の弱さをついて逃げるしかない『凶悪狂暴三つ頭番犬』を従えているとはのぅ……」
凶悪狂暴? まぁ確かにあいつ、すぐに炎吐きたがるけど。
ケルベロスの頭の弱さに関しては、ほんの少しだけ認めざるを得ない。
「大丈夫ですよ。ケルベロスはキチンと言うことを聞いてくれる、俺の仲間です」
俺はニッコリ笑顔で言う。
アインエッセリオさんほどの実力者でも、逃げるしかない、と判断するぐらいなのか、あいつ。
そうですね……多分、以前水の国オーズレイクで出会ったエルフのエルメイシアさん、もしくは魔王エリィの側にいた、樹霊氷ジェラハスさんぐらいの力が無いと勝てないでしょうか、あのケルベロスには。
「……マスター、無事……」
背後から声が聞こえ、俺のケツを掬いあげるように掴む……ってアプティか。
心配で来てくれたのか? それはいいけど、なんでお尻をつかんでくるの……
「わらわは無理かのぅ……あれの側に行くのは……」
なんだかアインエッセリオさんが怯えているが、基本あいつと道中会うことは無いと思いますよ。俺が呼び出さないと地下迷宮からは出てこないみたいだし。
「……マスター、私も海に一度落ちて裸になりますので、抱いてください……」
え、なんて?
バニー娘アプティがボソボソと呟き、船の外の海に落ちようとする。
ちょ待て待て……!
確かアプティって海の上を走れたし、自力で戻って来れるから言っているんだろうけど、それでも濡れたら風邪ひくからだめだって!
つか船から海に飛び込むとか、普通の人から見たらやばい行為だからやめて!
俺は船の柵に足をかけたアプティの後ろから必死に抱きつき、なんとか落ちないように抑え込む。
これあれか……俺とケルベロスの様子を、アプティさんがじーっと見ていたってことか……?
「異世界転生したら愛犬ベスのほうが強かったんだが」
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影木とふ




