六百四十四話 星神の門1 サリディアの大穴様
「うーわ……夜中だと余計に怖いな、この大穴」
一人部屋を抜け出た水着魔女ラビコを追いかけ、説得し合流。
全員でラビコが行こうとしていた星神の国サリディアにある大穴、星神の門に向かう。
日中、観光で「星神の見晴らし塔」から、この底の見えない大穴を見ても怖いと思ったが、夜中の真っ暗状態だと余計に恐怖がくる。
大きさは、外周を歩いて一時間ぐらい。東京の皇居をイメージ出来るだろうか、あの広さの大穴が地面に開いているのだ。
千年以上前からあるものらしいが、いまだに底がどれぐらいなのか分からないそうだ。
大穴の外周に沿って道が作られていて、結構な深さまで降りられるそうだが、正直用事が無いのなら行きたくない。
大穴の壁にはところどころ穴が開いていて、そこは横穴ダンジョンと呼ばれ、その名の通り、ダンジョンに繋がっているそうだ。
中にはなぜか空があり、山や海、草原なんかが広がっているらしい。
意味が分からん……異空間にでも繋がっているのか、ここ。
そしてこの横穴ダンジョン、中にはモンスターがいる。
さらに恐ろしいのは、そう、蒸気モンスターが出るらしい。
あああああ……なんでそんな危険だと分かっている所に足を踏み入れなければならないのか……でもまぁ……ラビコのルナリアの勇者に会いたい、という願いだしな。
行くしかない。
「ここはサリディアの大穴、通称『星神の門』って言われている場所で~、遥か昔にここから光が空に向かって打ちあがり、神様が地上に舞い降りて、勇者としてこの国を救ってくれたっていう伝承があるのさ~」
水着魔女ラビコが歩きながら説明をしてくれる。
確か千年ぐらい前とか言っていたっけ。
この星神の国レディアホロウに来て、資料館でその勇者様の着ていた服、『着物』のレプリカを見た。
俺から言わせれば、どう見ても日本の着物。
その勇者の女性が好きだったという黒くて甘いお菓子、ヨウカンが街で売っていたりするし、その勇者さん、日本人で、異世界転生転移者なんじゃ、と思うが……うーん。
……もしかしてこの大穴、日本に繋がっていたりする?
いやいや、底の見えない大穴に飛び込む勇気は俺には無い。
つか俺、日本に帰りたくないし。
俺はこの異世界で生きていく。もう心は決まっているのだ。
「光が打ち上がり神様が地上に……なぁラビコ、この大穴って、トンネルみたくどこかに繋がっていたりするのかな」
「どこかに繋がって~? ええと、一番下には穴の底があるのではなく~、どこかに繋がっているってこと~? あっはは~、さっすが社長~、おっもしろい発想するね~。でも~、どこかに繋がっているのなら~、千年も調べたら判明しているんじゃないかな~」
油断すると吸い込まれそうになる大穴を軽く覗き込み目を凝らすが、当然底は見えない。
「……そう、千年も調べて~、底すら分からないってとこがアレだよね~。多分もう千年調べても、底は見えないだろうね~」
水着魔女ラビコがニヤニヤと俺の右腕に絡んでくる。
あ、宿の娘ロゼリィさんが睨んでくるので、短時間離脱でお願いします。
「ええと、どういう意味だ、それ」
「ん~? つまり~、最初っから底なんてないのさ~。これ~、穴じゃなくて、そういう空間なんだと思うよ~」
そういう空間?
「ええと……余計意味が分からないんだが……」
「あっはは~、私だって分からないさ~。歴代の研究者が千年調べても分からないのに、私が分かるわけないよ~っと。まぁようするに~、人間の理解を超えた空間が、ただここにあるってことかな~。千年以上前からずぅ~っと、そしてこの先もずぅ~っとこのままあり続ける。私たちに向けた答えなんか用意されていないのさ~。まぁでも、この街の観光には最高の資源でしょ~、あっはは~」
やべぇ、ラビコの言っている意味がサッパリ分からん。
まぁ確かに、この謎の大穴を見たくて来る観光客はいるだろうしな。
研究者だって集まるし、モンスターがいるから冒険者も集まる。
答えが出ないなら、分からない状態を楽しむのが一番か。
しかし……人間の理解を超えた空間、か。
星神の門、この大穴は国で管理されているが、立ち入り制限などのゲートは特に設置されていない。
いつでも出入り自由で、体力の続く限り好きなだけ穴を下っていいらしい。
一応下る道の入口に大きな看板があり、『自己責任』とでっかく書かれている。まぁ、そうれはそうなのだが。
「過去に大穴に降りて行ったきり、帰ってこなかった人多数~。足を滑らせて大穴に落っこちた人も数万人~。横穴ダンジョンではモンスターに食われちゃったり~、運悪く蒸気モンスターに出会ってそれっきり~って人も数十万人~。じゃあはりきって行こう~、あっはは~」
水着魔女ラビコが先頭に立ち、私についてこい、のポーズで号令をかけるが、全員の士気が急降下。
「ちょ、おいラビコ、注意事項が全部悪い例なんだが……」
「にゃっはは、このメンバーで行って危険なことなンて起きねぇってキング。ラビ姉流の笑わせて肩の力抜かせるジョークだって」
猫耳フードのクロが俺の肩をバンバン叩きながら笑うが、いや、なんか途中からリアルな被害者の数字出してなかった? あれもジョークなの?
普通に怖いんですけど。
「まぁ油断すんなってことか。ロゼリィ、俺から離れるなよ」
「は、はい……! あ、手……ふふ、嬉しいです」
俺は左手を出し、宿の娘ロゼリィの手をがっしり掴む。
この中では、ロゼリィは戦闘力の無い普通の子だしな。俺が守らねば。
「え、ちょ~! なんでロゼリィだけ優遇するの~? 私も社長と手を繋ぎたい~!」
先頭を歩いていた水着魔女ラビコがグリンと振り返りダッシュで俺の右横に並び、あいている俺の右手を掴んでくる。
あの、ラビコさんは先頭で誘導係じゃあないんですか。
「ずっりぃ! アタシも……! ラビ姉は先頭を一人で歩いてろって!」
それを見た猫耳フードのクロが、焦ったように俺に抱きついてくる。
おおう……クロって実は結構スタイル良くて、抱きつかれると何かが二つ、当たるんですよ。
「……マスター、ここ、落ちたら帰ってこれません……」
オッフ……クロの二つの柔みを堪能していたら、急にお尻を掬いあげるように掴まれ、ビックリして振り返ると、バニー娘アプティが無表情でムンズと俺のお尻を掴んでいた。
この子、なんでいつも俺のお尻掴んでくるの……?
「わらわでもここは無理……かのぅ。根暗コソコソがいなければ、面白い場所なんだがのぅ。ほっほ」
長い鉤爪を器用に動かし、アインエッセリオさんが俺のジャージの裾を掴んでくる。
根暗コソコソ? そういえば以前もそんなこと言っていたな。
「ベッス」
おっと、俺の愛犬が足に絡んできたぞ。いやぁ、やはり俺の愛犬ベスは可愛い……今は物理的に手が塞がっていて、頭を撫でられないのが残念。
なんだか危険な場所だと思うのだが、こんな小競り合いしながらのダンジョン突入でいいんですかね。
夜中にも関わらず、結構な人数の冒険者たちがいるのだが、すっげぇ見られているんですよ。
まぁ主に、俺への憎しみの視線が多いだろうか。
「……ん?」
とりあえず大穴の外周に沿ってある道を下るが、地面から数メートルというところで妙な感覚が。
気圧の変化か? ……いや、この感覚、どこかで同じようなことがあったぞ。
そう、冒険者の国のケルベロス地下迷宮、あそこに入ったときと同じ感覚だ。
繋がっているんだけど、遥か遠くの場所……この世界じゃない別の並行空間に入ったような妙な感覚。
水着魔女ラビコが言っていた、人間の理解を超えた空間、は結構当たりな表現かもしれない。
「異世界転生したら愛犬ベスのほうが強かったんだが」
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影木とふ




