六百四十三話 星神の国レディアホロウ7 ラビコがルナリアの勇者に見せつけたい男様
「女ったらし勇者って……ルナリアの勇者のことか?」
港街ソルートンから遥か西にある、星神の国レディアホロウ。
冒険者センター公式ガイドブックに載っている『世界のお祭りの写真』を眺めていたら、日本人の俺にはとても見過ごせない写真があった。
その写真には、『着物』を着て街を歩く人たちの姿が写っていて、異世界でどうして日本の着物が……? と気になり、数日かけて現地まで来てみたのだが……
「そうさ~。っていうか~、女ったらし勇者以外にあいつを呼称する言い方ないって~の。側に好きで守りたい女がいるってのに、いかがわしいお店行ったり~、私たちの目の前で平気で街の女ナンパしたり~。も~最悪~」
俺の問いに水着魔女ラビコが答えてくれたが、なんか頬を膨らませてプンスカ怒っているな。
「……もしかして……いる、のか? ルナリアの勇者が、ここに」
ルナリアの勇者と言えば、この異世界で一番と言ってもいいぐらい、有名な冒険者の一人。
港街ソルートン出身の男性で、仲間と共に世界を巡り、人間では倒せないと言われていた蒸気モンスターに各地で戦いを挑み、勝ち続け、多くの人の命を救ったという英雄。
だがある時、ルナリアの勇者が行方不明となり、勇者パーティーは解散。
何も知らされず突然解散となり、当時パーティーメンバーだったラビコは意味が分からず、相当混乱したとか言っていたな。
「…………多分ね~。だからそれを確かめに行こうかな~って。一人でこっそり見つけてブン殴ってやろうかと思っていたけど~、社長に見つかっちゃった~。ああ、社長も一緒に殴る~? あっはは~」
水着魔女ラビコが楽し気にニヤニヤ顔で俺を見てくるが、いや、俺にルナリアの勇者さんを一緒に殴る理由はないっす。
一緒に殴り行こうとか、確かに日本でそんな歌詞の歌があったが、リアル会話で気軽に言うワードじゃあないぞ、ラビコ。
つか、ルナリアの勇者ってマジで存在してんの?
もうてっきり空想上で存在しない、みんなの心の中にいるフレーバーテキスト感覚でその名前を聞いていたぞ。
異世界で日本の着物の写真を見かけて星神の国レディアホロウに来てみたが、まさかルナリアの勇者に繋がるとは思わなかった。
「確かにここ、星神の門の横穴ダンジョンは、どこに繋がるか分からないっていうランダム性と、蒸気モンスターが出るっていう条件があるからよ、身を隠すには最適っぽいが……いいのかよ、ラビ姉」
猫耳フードのクロがラビコが向かおうとしていた先、サリディアの街の大穴を見ながら言う。
そういえばルナリアの勇者は、とある理由でパーティーを解散し、行方をくらませているはず。
回復魔法を使う女性、その人を守る為、彼は仲間にも何も言わず姿を消した。
パーティーメンバーだった宿ジゼリィ=アゼリィのオーナー、ローエンさんや妻であるジゼリィさん、海賊風漁師ガトさん、その奥様も、絶対にルナリアの勇者に繋がるような情報、名前、見た目、年齢等は出していない。
ラビコだってそう。絶対に詳しい話は言わない。
それは突然の解散だったとはいえ、ルナリアの勇者、彼の想いを理解しているから。
……だと思っていたが、一緒に殴りに行こうとか、俺たちを誘っていいのかよ。
「蒸気モンスターがいる危険なダンジョンに単独で行くのを止めようと思って来たけど、まさかルナリアの勇者を探しに行こうとしていたとは……。クロも言ったけど、理由があって行方をくらませている彼に会いに行くのは、あまりよくないんじゃあないのか?」
「……まぁ~、一人で行ったところで、出会えるとは思っていなかったけどね~。自己満足的に、なんとなく近くに行ければいいかな~って。とりあえず、あいつ等が生きているっていう実感が欲しかったってとこかな~……あっはは~」
俺の問いに、水着魔女ラビコ少し考え、うつむきながら小声で言う。
猫耳フードのクロが言っていたが、この先にある星神の門とかいう大穴にある横穴ダンジョンは、なぜか理由は分からないが、例え同じ穴に入ろうが、時間が違えば全然別の場所に繋がるという不思議な場所らしい。
そのランダムジャンプを超えて同じ場所に行ける確率がどのくらいか分からないが、まぁ、ほぼ不可能だろう。しかも内部には、蒸気モンスターもいるらしいし。
さっきはルナリアの勇者に会ったら殴ってやる、とか言っていたが、今ラビコの口から漏れたように、本音は彼らを心配しているんだと思う。
突然のパーティー解散から五年以上。
しかもこの異世界には、蒸気モンスターなんていうとんでもない強さの相手がいて、世界のどこでエンカウントするか分からない状況。
いくら過去に蒸気モンスター相手に戦いを挑み勝ち続けたルナリアの勇者とはいえ、必ず勝てるわけではない。運悪く虚を突かれることだってある。
まして、銀の妖狐のような上位蒸気モンスターと出会ってしまえば、生存確率は一気に下がる。
確か港街ソルートンが襲われたとき、銀の妖狐がラビコに向かって『君等、フルメンバーでも僕らに勝てなかったじゃないか』的なセリフを言っていた。
ルナリアの勇者パーティーのフルメンバーというのが何人なのか俺には分からないが、人数揃っていても勝てないのに、ルナリアの勇者と、一緒にいるであろう回復魔法を使う女性の二人パーティーでは、生き残れる確率は……おそらく『ゼロ』だろう。
ラビコが危惧しているのは、彼らは本当にまだ生きているのだろうか、ということ。
彼らを守る為に、ラビコたちはルナリアの勇者に繋がる情報を閉じた。
だがそれは逆に、彼らの生存情報をも閉じてしまったことになる。
この異世界には、気軽に情報を探せるネットや、気軽に本人とやり取りできる情報端末は無い。
目的の人物の情報を得るには、直接会いに行くか、噂話を人づてに聞くしかない。
でもルナリアの勇者の情報は、両方が閉じられている。
情報というものは、閉じられてしまえば忘れられていく。
ルナリアの勇者の目的は、おそらくそれなのだろう。
回復魔法を使える女性を守るため、情報を消し、いつか噂話にも出なくなる。そうすれば、有名だったルナリアの勇者という人物は、偶像として扱われ、過去にそんな人もいたなぁとなり、存在ごと現世から消えることが出来る。
それが彼らの願い、目的……でもずっと仲間として行動を共にしていたラビコにとって、彼らの存在が消えてしまうのは悲しいことであり、生きていて欲しいと願ってしまう、会いたいと探してしまう。
「……生きているっていう実感、か。分かった。会えないにしても、彼らが生きていたという痕跡は見つけられるかもしれない。探そう、ラビコ。そう、俺たちなら出来るさ」
ダンジョンには蒸気モンスターがいるらしい。
でも俺たちなら大丈夫。
なんたって俺には無敵の愛犬ベス、内緒だけど上位蒸気モンスターであるバニー娘アプティ、魔法の国セレスティアの王女様であるクロ、さらには今回、火の種族の上位蒸気モンスターであるアインエッセリオさんまでいるんだぞ。
銀の妖狐以上の相手が複数出てこない限り、宿の娘ロゼリィを守りながら余裕でダンジョン探索出来るレベル。
「…………い、いいの……? あっはは~、さっすが我が夫~、私のことなら何でも許してくれる~」
俺の言葉にラビコがパァっと明るい顔になり、右腕にがっつり絡み抱きついてくる。
あの、俺はラビコの夫ではないし、何でも許すわけじゃあないぞ。
「社長なら絶対に付いてきてくれると思ったんだ~。それに~、あいつ等に私の社長とパーティーメンバーを見せつけてやりたかったんだよね~。あっはは~」
ラビコが顔をグリグリ俺に擦り付けてくるが、あ、あの、それ以上は宿の娘ロゼリィさんから黒いオーラが出始めているのでご遠慮を……。
「……もうあの時とは違う。時代は変わりつつあるんだ。逃げ隠れしなくたって、生きていける時がいつか来る……そう思わせてくれる人物が現れたって、二人に伝えたい……」
俺の胸に顔を押しつけ、ラビコがボソボソと呟く。
え、何て?
声小さくて聞こえないし、黒いオーラがね、来てるの……
「異世界転生したら愛犬ベスのほうが強かったんだが」
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影木とふ




