六百三十四話 新たな国へ1 出港と呪いの儀式と罠魔法様
「気を付けて行ってくるんだよ。そしていい加減決めておいで!」
「なるべく近くで開けさせるんだよ」
翌日朝六時過ぎ。
俺たちはソルートン発ビスブーケ行きの連絡船に乗り込んでいた。
「い、行ってきます……! 頑張ります!」
宿ジゼリィ=アゼリィの従業員さんたちに見送られ出港。
宿の娘ロゼリィが、ご両親であられるジゼリィさんローエンさんの言葉に力強く頷いている。
「決めるって何だろう」
「さぁてね~。前回のはアプティには効かなかったから、今回は改良版でも持たされたんじゃないの~?」
俺の言葉に水着魔女ラビコが応えてくれたが、改良版?
「あれだよなァ、キングをモノにするには、アプティっていう近接無敵バニーをどうにかしないといけねぇからなァ」
猫耳フードのクロがそう言い、バニー娘アプティを見る。
「……」
急に注目を浴びたアプティだが、興味無さそうに横を向く。
「しかし王よ、なんなのだこの遅い乗り物は。こないだの赤い船は無いのか? これでは王を抱えて走ったほうが早いぞ?」
アプティの横には眠そうな目で長い鉤爪を装備した女性、アインエッセリオさんもいて、しゃがんで船の床の強度でも確かめるようにコンコン小突いている。
赤い船、それは多分商売人アンリーナが所有している大型高速魔晶船のことを言っているのだろう。
俺が銀の妖狐の島に連れ去られたとき、アンリーナの船にアインエッセリオさんが案内役として乗ったらしい。
まぁアンリーナの船って水着魔女ラビコ曰く、この世に二隻と無いクラスの超高性能な大型魔晶船らしいからなぁ。それと今乗っているちょっと古めの連絡船を比べるのは、あまりに酷だろう。
「あの、良いお天気ですね……」
「…………」
いつの間にか宿の娘ロゼリィが俺の横に来ていて、バニー娘アプティに話しかけ近付くが、アプティが無言で距離を取る。
「ほっほ、王よ、あの女おもしろい物を持っているぞ?」
アインエッセリオさんもロゼリィから少し距離を取るが……どうしたんだ二人とも。
「兄貴ー! 無事に帰ってきてくださいよー!」
しかし早朝にも関わらず、見送りに来てもらって申し訳ないな。
宿の準備も忙しい時間なのに……そして見送り勢の中でも異彩を放っている集団、世紀末覇者軍団にどうしても目がいってしまう。
モヒカンがガイドブックのイベントで手に入れた水着魔女ラビコが印刷された大型クッションカバーを広げ左右に振り、ドレッドヘアーやスキンヘッド集団がそれに合わせて唸り声をあげ踊るという、世界観を超えた雰囲気を醸し出しているのだ。
あれはなんなの?
パッと見、呪いの儀式なんだけど。
愛犬ベスがあの踊りの独特のリズムが気になるらしく足踏みを始めたので、慌てて抱き上げる。変なもの覚えちゃいけません。
なんにせよ、呪いの見送りありがとう。
「今回の旅程ですが~、船で南下~列車で西へ~、はい着きました~って感じ~」
連絡船の、追加料金を支払えば使用できる大きめな個室へ移動。水着魔女ラビコがテーブルに紙を広げ、簡単な地図を描き説明を始める。
「……よく分かんねぇんだけども」
「はぁ~? 船と列車だけで着くって理解出来るでしょ~?」
ラビコの説明に全員が無言になる。
俺が勇気をもって発言するが、ラビコに頭をポンポン叩かれ、紙に描かれた船と列車の絵を指してくる。
ラビコって普段とんでもなく頭脳明晰で会話も上手いのだが、こういう旅程の説明は急に原始的になるな。
ようするに私に任せなさい、ってことなんだろうけど。
「まぁアレだ、明日の朝六時に花の国フルフローラのビスブーケ港に着くってやつだ。にゃっはは」
猫耳フードのクロが助け舟を出してくれたが、さっきのラビコの南下~西へ~到着~からどうやってこの連絡船には二十四時間乗ることになるのか、と分かるんだよ。
そういや昨日、ラビコと旅程の相談をしていたのがクロだったか。
忘れがちだが、クロは魔法の国セレスティアの王女様で、家出して冒険者として各地を巡っていたらしいからな。旅程の計画も知識があるのだろう。
「なるほど、つまり明日の朝までは船の中、しかも鍵付きの個室なので外からは見えないし逃げられない。ってことは今が絶好のチャンスというわけです! 宿の未来のため、そして私の幸せのため……! ありがとうございますお父さんお母さん、私大人になります……!」
みんながラビコが描いた旅程の紙に注目していたら、突如宿の娘ロゼリィが何かの箱を空高く掲げ、テーブルの上に蓋を開いて勢いよく設置。
一瞬まぶしい光があたりを覆ったと思ったら、ボウンという音と共に煙が部屋中に広がっていく。
な、なんだこれ……!
「ちょ……! いきなり使うのか~って今回は罠魔法タイプ~? これってローエンお得意の魔法……しかも光と煙の二段階~……ふわわ~……」
水着魔女ラビコがロゼリィの行動に驚き口を手で塞ぐが、抵抗虚しく床に倒れこむ。
「うわっこれアレだ……うちのセレスティア王国の精鋭の騎士、その中でもごく一部が使えるっていう罠魔法……箱を開くと発動っていう……! 睡眠系の魔法はアタシの得意魔法だってのに……だ、だめだァ反応が遅れた……クソォ……アタシもキングとヤりて……ぇ……」
猫耳フードのクロがなにやら魔法を使用し抵抗しようとしたが、どうにも手遅れだったらしく、悔しそうな言葉を吐きダウン。
「ほっほ、これは珍しい魔法だのう。わらわを落とすには残念ながら足りないが、発想は面白いのう。目の前でやられたら一瞬食らったかもしれんが、ほっほ、惜しいのぅ」
「…………」
アインエッセリオさんには光と煙のトラップは効かないらしく、余裕の表情。うちのバニー娘アプティもいつもの無表情。愛犬ベスも平気そう。
あかん、俺は限界……思いっきり吸ったわ、煙……ロゼリィの大人になる目的って一体……ってこれを使った本人であるロゼリィさん、床に突っ伏してスヤスヤ寝てるぅぅ……自分は回避しないと意味ないんじゃ…………
「──」
「────」
「──────ハッ……!」
俺はガバっと起き上がり周囲を確認。
「おお、さすがはわらわの王、数分で起き上がるとは」
「…………マスター……」
どうにも床で寝ていたらしいが、上半身だけ起き上がった俺の頭を後ろからムンズとつかみ、誰かがまた床に寝せようと……ってアプティが正座をして俺の頭を待ち構えているぞ。
うっは、これって膝枕ってやつぅぅ。
「王よ、この狐の女に何とか言ってやってくれないか。わらわが膝で優しく王を受け入れようとしたら、またこの女が無言で邪魔をしてきてのぅ……」
アインエッセリオさんがアプティを指して何やら不満そうだが……そうか、アプティが俺を守ってくれたのか。
「ありがとうアプティ。やっぱりアプティが側にいると安心感が違うな。アインエッセリオさんも、俺を守ろうとしてくれたんですよね、ありがとうございます」
俺はにっこり笑い、とりあえず二人の頭を撫でる。アプティが無表情ながら嬉しそうにしている。
「ベッス!」
おっと、俺の横で丸くなってた愛犬が自分も守った! とアピールしてきたぞ。うんうん、さすが俺のベス。
「ほっほ、王に褒められるのはたまらんのぅ……出来たらわらわも王に安心感を与えられるようになりたいのぅ」
アインエッセリオさんが頭を撫でられ目を細めるが、ちょっと不満そうにバニー娘アプティを見る。
まぁ……アプティとは付き合い長いですからね。
「っは~参った~。で~、ヤったの~?」
「クソ……事前に分かってりゃアタシの一人勝ちでヤるタイムだったのよぉ……」
「ご、ごめんなさい……どうしても既成事実が欲しくて……」
一時間後、寝ていた三人が起きてきて、仕掛け人であるロゼリィがペコペコ頭を下げてきた。
なんだよ、ヤるだの既成事実だの。俺はアプティに膝枕をしてもらっただけだよ。
猫耳フードのクロによると、今のは魔法の国セレスティアで開発された『罠魔法』というものらしい。
何かのアクションが起爆スイッチになっていて、長期設置も出来るらしく結構やっかいなギミックだとか。
今回発動したのは光と煙を使った二段階の睡眠魔法。
どうにも睡眠の効果だけを強力にしたものらしく、その分効果時間が短い物だそう。
クロ曰く、これを作成するには相当の技術と知識が必要らしく、この『罠魔法』が使えるだけで魔法の国セレスティアでは手厚い待遇を受けられるんだそう。
そういや魔法の国セレスティアってそういう国で、宿の娘ロゼリィのお父様であられるローエンさんはそこの騎士だったな……。
効いてはいなかったが、蒸気モンスターであるアプティとアインエッセリオさんが少し距離を取るレベル。
こんな超技術の塊を娘に気軽に手渡してきたローエンさんて、どんだけ優秀な人だったんだよ。
そして娘であるロゼリィはこれを使って何をしようとしたんだ──
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影木とふ




