六百三十二話 みんなでお昼ご飯とガイドブックの気になる写真様
「ほむほむぅ、美味い、やはりここのパンは別格だのぅ」
ガイドブック発売記念イベントも終わり、宿ジゼリィ=アゼリィにてお昼ご飯。
皆、美味しそうに本日のランチセット『ピリ辛海鮮スープと七種の野菜サラダ』を食べている。
焼き立てパンも付いていて、これは三個までならおかわり自由。少額の追加料金を払えば十個まで食べられるぞ。結構大きめのパンなので二個でも充分だと思うが。
「王よ、十個以上はだめなのかのぅ。わらわはここのパンが好物でのぅ……」
「セレサ、俺が払うからパン追加で」
「はい隊長。私もここのパンは美味しいから無理して食べちゃいますし、気持ちは分かります」
長い鉤爪を器用に使い、俺のジャージの裾をつかみ上目遣いでおねだりされたら……断れん。
俺はポニーテールが大変似合う正社員五人娘の一人、セレサに追加パンをお願いする。
「ほむぅ、この表面のカリっとした感じと香ばしさ、中のフワッとした食感にじわーっとくる甘味……たまらんのぅ」
俺の左隣でアインエッセリオさんが眠そうな目をさらに細くし、嬉しそうに追加パンを次々口に放り込んでいく。すげぇな……もう十五個目だぞ……。
「……それで~、しれ~っと普通にいるけど、その女、どういうことなの~」
右隣から水着魔女ラビコのじとーっとした視線が……いや、俺もよく事情は分からないのだが。
「まぁいいじゃないか。彼女はここの配達員で社員でもあるんだし、何よりジゼリィ=アゼリィはアインエッセリオさんが新たに帰ってこれる場所、ホームでもあるんだ。遠慮なんかいらないし、ここでかける言葉は『おかえり』だろう」
俺はニッコリ笑い、アインエッセリオさんの頭を優しく撫でる。
「……おかえり、か。ほっほ、王は本当に不思議な男よのぅ。誰に対しても壁が無いというか、吸い寄せられるように隣に行ってしまう……なんと表現すればよいのか分からぬが、人間の言葉で例えるなら……お父さん? かのぅ。ほっほ」
アインエッセリオさんが眠そうな目でじーっと俺を見て言う。
お、お父さんって……俺この中で一番年下だと思うんですが。つかアインエッセリオさんって何歳なの。
「あ、な、なんとなく分かります……あなたのそばにいると安心感がありますし、その、私のセーフティーゾーンのような……」
俺の左隣の席を取られ、でも相手が人間ではない種族、蒸気モンスターであるアインエッセリオさんに文句も言えず怯えていたロゼリィだったが、少し歩み寄るセリフを言ってくれた。
「分かるぜェ、キングの近くだと、つい安心して服脱いじまうんだよなぁ。にゃっはは」
猫耳フードのクロが爆笑しながら俺の肩を叩いてくるが、お前が寝るとき薄っすいシャツ一枚にパンツ一丁なのって、俺と出会う前からの習慣だろ。
俺の近くだと安心して服を脱ぐって意味が分からないのだが。
それに俺だって男なんだぞ……! 我慢出来ずに手を出してしまうことだってあるかもなんだぞ!
「ま~、社長はヘタレだからね~。今まで私たちの数々の誘惑を冷や汗かきながら我慢してスルーして、夜に一人で頑張っている純粋な少年だしね~。あっはは~」
っの野郎……! せっかくみんなが良い話っぽくしてくれていたのに、ざっくりヘタレ扱いで笑うなよラビコぉ!
夜に一人で頑張ったっていいじゃねぇか! 実に平和的だろうが!
「……いえ、一人、ではなく私が見守っています……」
水着魔女ラビコのセリフに納得がいかなかったらしく、バニー娘アプティがぼそっと訂正をしてくる。
いやあのアプティさん、その訂正いらないし、いい加減夜中に無断で俺の部屋の鍵突破して気配消して静かに俺のお祭りを観賞するのやめてもらえないですかね……。
「ベッス!」
愛犬ベスまでもが俺が一人発言に訂正を入れてきたぞ。
そうだよな、ベスは俺といつも一緒だもんな。
つか俺、愛犬とアプティが見ているって分かっててもやめないしな。
うむ、これが子供から大人への階段を上る、人としての成長ってやつだろう。
「まぁいいや……とりあえず、今は商売人アンリーナがいないので、大口の物を運ぶお仕事は無いです。でも宿の食材の仕入れだったり、細かなお仕事はあると思うので、何かお願いすることがあるかもしれません」
「分かった。仲間への報告は済んでいるし、しばらくわらわは王を守ることに専念しようかのぅ、ほっほ」
アインエッセリオさんの正体は上位蒸気モンスター。強さはうちのバニー娘アプティより上。
その身体能力は人間を遥かに凌駕し、とんでもない速さでどんなに重い物だろうが瞬時に運べてしまう。それを有効利用した宅配便なんてものを俺が提案、ある程度のお金が貯まったのでそれを魔晶石に変え、火の国にいるという仲間の元へ届けに行った。
彼ら、蒸気モンスターという種族は体のほとんどが魔力で構成されていて、命を繋ぐには魔力を外部から補給しないといけないらしい。なので蒸気モンスターは長い間、人間を襲い、魔力を得ていた。
でもアインエッセリオさんは人間側へ歩み寄ってくれ、共存を願い俺の元に来てくれた。
この歩み寄りには大きな意味がある。お互いが殺しあうだけの状況では厳しい未来しか見えない。
わらわたちも疲弊している、いつだったか彼女はそう言った。
いきなり共存なんてのは無理だろう。だが俺はぜったいに成し遂げてやる。まずは俺のそばで小さな共存の箱庭を作り、それを広げていく。
時間はかかるだろうが、どこかで誰かがやらねば始まらない。
まずは第一歩、ってのが大事なのだ。
実際蒸気モンスターであるアプティとは上手くやっていると思うし、アインエッセリオさんとだって上手くやってみせるさ。
あ、でもアプティのお兄様であられる銀の妖狐さんとはちょっと……。
なんでアイツ、常時ねっとりまとわりつくような言動なのかなぁ……あれが無ければ上手くいけるような……うーん。
「……ま、社長がいるならなんとかなるでしょ~。今まで少年は有言実行をしてきたわけだし~、私たちはそれをこの目で見てきたわけだし~、信頼してますよ~っと。それよりこのガイドブック見てよ~、ラビコさん超頑張って情報提供したんだからね~」
俺とアインエッセリオさんのやり取りを見て、水着魔女ラビコが一呼吸をして考えに一区切り。笑顔でガイドブックを開き制作時の苦労話をしてくる。
ありがとう、ラビコ。あとは俺がその信頼を裏切らないように行動するのみだ。
「へぇ、これマジでこの世界のこと、手広く書いているんだな」
「広く浅く~だけどね~。それでも何も情報が無いよりは大きなアドバンテージを得られるんじゃないかな~。社長がこの世界の全てを見る~とかいつも言っているからさ~、ラビコさん頑張って情報を出したのさ~。あっはは~」
ガイドブックを開き感想を言うと、ラビコが笑いながら応えてくれた。
もしかして……ラビコって俺の為にこのガイドブック制作に協力してくれたのか?
「それならマジでありがとうなんだが……ん? あれ? ……なぁラビコ、この世界の有名なお祭りってとこに不思議な写真があるんだが」
世界の雑学、的なページに各地の有名なお祭りってのが写真付きで紹介されているのだが、その写真の一枚に俺は目を奪われた。
「え~? ああ、それはこないだ行った水の国オーズレイクの西にある国のお祭りで~、神様に感謝をする為にその服を着て街中をねり歩くってやつさ~」
神に感謝をする為に『この服』を着る?
ラビコたちにはこれが普通に見えるのだろうが、異世界から来た俺にとって、このお祭りは異常に見える。
そう、このお祭り、みんなが日本の『着物』を着て街中を歩いているのだ。
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影木とふ




