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五百八十三話 【時期物番外編】七夕に身近な願いを2様



「お待たせいたしました師匠ー! これに願い事をお書きくださいー」



 ソルートンという港街にある宿ジゼリィ=アゼリィ。


 一階にある食堂でモーニングをいただき、食後の紅茶を飲みのんびりしていたら元気な声が近付いてきた。



「おー、アンリーナ。ああ、七夕か。それならさっき書いたんだが……」


 大きめのキャスケット帽をかぶり、質の良い服を身にまとったちょっと背の低い女性、アンリーナが右手に持った紙を振り俺の横の席に座ってくる。



「さっき? ああ、確かに宿の入口にある笹飾りにたくさん短冊が飾られていましたね」


 アンリーナが入り口に飾られている豪華な笹飾りに視線を送るが、すぐに俺のほうを見て笑顔で紙を押し付けてくる。


「七夕っていうものは地域によって内容が違うことが多いのです。あれはペルセフォスという国で多く行われているものですね」


 へぇ、地域ごとに違うものなのか。


 この異世界で七夕が行われていることに驚くが、まぁ気にしないでおこう。水着魔女ラビコが言っていたが、楽しんだ者勝ちなんだろうし。



「そうなのか、じゃあアンリーナの知っている七夕ってのはどういうものなんだ?」


 短冊に願い事を書き笹飾りに飾るってのがペルセフォス流というなら、アンリーナの慣れ親しんだ七夕はどういうお祭りなんだろうか。


「これです。これに師匠のフルネームを書いてください」


 アンリーナがニッコリ笑顔で紙とペンを渡してくる。


「フルネーム? さっき願い事を書いてくださいとか言ってなかったか?」


 冒頭、というかアンリーナはそう言って宿に入ってきたよな。


「あ、間違えてしまいました。では願い事は欄外に薄く短く小さく書いていただいて、枠内には大きく太くはっきりとフルネームを……」


 ペンを持つ俺の右手をとんでもない握力でつかんできたアンリーナが、持ってきた紙に強引に名前を書かせようとしてくる。


 な、なんだこの鬼気迫る、脅迫みたいな七夕は。



「うへ、アンリーナってこういうときエゲツねぇよなぁ、ニャッハハ」


 猫耳フードを揺らし、苦笑いしながら俺の横に座った女性、クロ。


 えげつない?


 何のことかと思いアンリーナが書かせようとしている紙をよく見ると、やけに大きいのと、欄外に細かく多量の文字が書かれていることに気が付く。


「これまだ相手側の欄が空欄だからよ、キングに名前書かせたあとにアタシの名前書けば……ああしまった、話しかけるタイミングちょっと早かったなぁ、ニャッハハ」


 相手側? 


 願いを書く短冊に相手側も何も……ってこれあれじゃねぇか、この世界の婚姻届的な書類じゃねぇか!


 なにが地域ごとに内容が違うだ、これ何度目だよアンリーナ! おっかな!



「チ……! ああ、申し訳ありません師匠、早く師匠に会いたくて慌てて来てしまったので、持ってくる紙を間違えてしまいましたわー」


 悪魔のような顔で舌打ちをしたアンリーナがコロっと表情を変え、演技がかった声色で大げさにアクションをする。


 ……わざとだな。


 この書類は没収だ。




「七夕なぁ、なンだっけ、一年に一日しか会えない二人のロマンス的なやつだっけ? 由来とかよく分かンねぇけどよ、一年に一回しかヤれねぇって関係はきっついよなぁ、ニャッハハ」


 猫耳フードのクロが頼んだ紅茶とケーキセットを頬張り豪快に笑う。


 ちなみに今日のセットケーキはオレンジやリンゴなどの果物が乗っているやつ。この宿の神の料理人イケボ兄さんが七夕セットを作ってくださり、果物が星型にカットされているという手の込んだオシャレケーキ。


「え、いやそういうお話じゃなかったような……」


「えぇ!? 一年に一回だけなんですか!? それは無理、少なすぎます。師匠の抱えられている欲はそんなものじゃあないのです。毎日、いえ、数時間ごとに熱く抱き合うような、頻繁に会って何度もヌフフォルtr……」


 クロがどこで仕入れた知識なのか、絶対間違っている七夕行事の内容を言う。


 いくら俺が異世界から来たからこちらの世界の風習を知らないとはいえ、そんな由来の行事が世界的に有名なわけがない、絶対にありえないだろ。


 と思っていたらアンリーナがどこの有名女優なのかってぐらいの大げさなアクションで落胆、直後不死鳥のように燃え上がり謎の奇声を発する。


 なんだよ一年に一回ヤる行事って。カタカナの「ヤ」表記なのも謎。





「却下です却下。一年に一回しか出来ない関係の二人に願いをとか、今の私には必要のない行為でした。せめて二日に一回、ですわね」


「ニャッハハ、アンリーナってパワーあふれてンよなぁ! アタシもそれぐらいがいいかもなぁ。あ、でも最初は毎日でもいいかもな。キングは相手が多いから大変かもだけどよぉ、頑張ってもらわねぇとなぁニャハハ」


 美味しいケーキを食べて落ち着いたっぽい二人がなんだか楽しそうに女子トークをしているが、七夕の話はどこかにいってしまったらしい。


 二日に一回だの毎日だの、俺にはデリケートで入り込めない話題のようだ。




「……マスター、書きました……」


 なにかの回数で盛り上がる女性二人の横で追加の紅茶を飲んでいたら、後ろから無表情ボイスが。


 振り向くとバニー姿の女性、アプティがいつの間にか無表情に俺の後ろに立っていて、何か紙を持っている。



「おおアプティか、書いた? ああ、七夕の短冊か。よし分かった、じゃあ笹飾りに飾ろうか」


 アプティは人間ではなく、蒸気モンスターという種族になる。


 なので余計に人間の文化には疎いはずなのだが、いつの間にか紙に何か書いたようだぞ。


 横でヤる回数の希望を言い合う人間の女性より、純粋に七夕という行事を楽しもうとする蒸気モンスターであるアプティのほうが可愛いと思えてきたんだが。 



「……願いはもう書いてあったので……マスターも……」


「俺も? 願いが書いてあった?」


 無表情に差し出された紙にはアプティの名前が書いてあって、空欄に俺も名前を書くよう促してくる。


 星にお願いしたいという内容が何かは知らないが、アプティの願いなら俺の連名でも大丈夫だろう。


 つかアプティって字が書けたのか。


 そういや初めて会ったとき、何事か自分でメモをした紙を読み上げていたっけ。


 名前ね、ひょいひょい、っと。



「……嬉しいですマスター……これで島で結婚……」


「あああああー!! この無表情女、何を勝手に婚姻届に名前書いて……! チッ! 貸しなさい、アンリーナ=ハイドランジェっと! 余計な名前入りで不本意ですがこれで師匠と私の名前が入った婚姻届が完成……」


「おっと、クロックリム=セレスティアっと、滑り込みセーフだぜぇ! ペルセフォスって何人と結婚してもいいンだよなァ? アタシたちっていずれこうなるんだろうけどよ、ロゼリィとラビ姉より先に正式に夫婦になれるって最高じゃねぇかニャッハハ!」


 アプティから取り上げた紙にアンリーナが名前を書き込み、続けてクロも名前を書き込む。


 ん? 何を言っているんだ? と思ったら、これアンリーナから最初に取り上げて俺のズボンのポケットに入れていた婚姻届的なやつじゃねぇか。


 アプティさん、いつのまに回収していたんですか……。



「フヌヌゥ……! た、確かにあのお二方より先にというのは魅力的ですが……」


「はい残念~この私を出し抜こうとか百年早いっつ~の、あっはは~」


「わ、私も……! や、やりました、ついにあなたと正式に……!」



 猫耳フードのクロの言葉に商売人アンリーナがちょっと納得して油断していたところに、背後から手が伸び紙に名前が書き込まれる。二人分。



「あ、ああああああ……油断……しました……」


 アプティ、アンリーナ=ハイドランジェ、クロックリム=セレスティアの連名サインに追加でラビィコール、ロゼリィ=アゼリィと書き込まれた紙を見てアンリーナが大げさに崩れ落ちる。



「つかさ~二人目の名前書いた時点でこれ無効だって分かってただろ~アンリーナ?」


 水着魔女ラビコがニヤニヤと笑い、妻になる人物欄に五名の女性の名前が書き込まれた紙をひらつかせる。



 どうやらこれは通常の「夫ひとり、妻ひとり」の婚姻届けで、特殊である複数人との婚姻届けってのはまた別の書類になるらしい。






「うっは~海鮮チラシとか豪華~あっはは~」


 夕飯、みんないつもの席に座り、七夕ディナースペシャルメニューをいただく。


 イケボ兄さんが用意してくれたのは、ソルートン近海で取れたお魚の豪華海鮮チラシ寿司に、海鮮ダシのスープに素麺的な細麺が入ったもの。


 水着魔女ラビコはもうお酒を開けている……。



 海鮮、まぁ旨い。とんでもなく旨い。



「あなたの横に座って食べているからか、余計に美味しいです。ふふ」


 宿の娘ロゼリィが優しく微笑むが、確かにみんなと一緒ってのも美味しさにつながっているのかもなぁ。


「……海鮮チラシ紅茶……美味しいです……」

 

 無表情バニー娘が海鮮チラシを上品に口に運び、瞬時に紅茶で流し込むというよく分からない食い方をしているが……まぁ本人が喜んでいるし美味そうなんだし、食い方にルールなんてないよな。


「ヌフゥゥ……本当にここのシェフは優秀です! そうですわね、アイランドでの私たちの盛大な結婚式にはこちらの宿のシェフにお願いしまして、夜には二人の愛が最高潮に高まる薬剤入りドリンクで乾杯を……!」


 商売人アンリーナが一つ一つのお刺身の品質を確かめるように食べ、納得したように叫ぶ。内容は意味不明だが。


 薬剤入りドリンクは犯罪の香りがするからやめようアンリーナ。


「これこれ! やっぱこの宿で食べる飯はたまンねぇぜ! ああ、アタシ魔法使えっからよ、薬に頼らなくても眠らせることが出来……」


 猫耳フードのクロがド犯罪ワードを叫ぶが、そういやクロって魔法の国のお姫様だから、余裕で魔法が使えるんだよな。


 正直クロって言動がザ・ヤンキーだから、お姫様って高位な立場だってのを結構な頻度で忘れる。


 まぁ自分に素直な行動なんだろうし、そういうところは好きだけども。



 なんにせよ、七夕だろうが何だろうが、記念日にみんな笑顔でご飯が食べられる。


 こういうの、大事だよなぁ。


 日本じゃこんな経験出来なかったし、ああ、俺本当に異世界に来れて良かった──





 俺の名前と五人の女性陣の名前が書かれた書類だが、無効書類になりはしたがもったいない、ということで短冊扱いとして女性陣が笹飾りに飾り付けた。


 婚姻届を笹飾りに……うーむ、ザ・異世界だぜ


 その後、それを見つけた正社員五人娘がキャッキャと自分の名前を書き込み、楽しそうに記念写真を撮っていた。



 気がついたら俺の相手が十人もいるんだが……まぁ七夕行事を利用したお遊びだろうし、みんな楽しそうだからそれでいいのか。



 そうだ、さっき書いた俺の願いもバージョンアップが必要か。


 えーと、うむ、十人ならこれぐらいの範囲だろう。



 俺が短冊に書いた新たな願いは……



 ──せめて俺の半径五メートル以内が平和で楽しくありますように──






 【時期物番外編】七夕に身近な願いを2  

  

         ──終──







せっかくなので二年前に書いた「七夕」のお話の続きを書いてみました。


前回出なかったアンリーナ、アプティ、クロの三人が中心のお話。

本編とは違う時間軸の物語、と割り切ってお読みいただけると幸いです。


さぁ、あなたの願いは何でしょう──




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