【時期物番外編】五百七十八話 番外編 七夕に身近な願いを様
「はいどうぞ。書いたら渡して下さいね」
朝、宿ジゼリィ=アゼリィ一階の食堂に眠い目をこすり降りていくと、看板娘ロゼリィに一枚の紙を笑顔で渡された。
なんだこれ。
「ベッス!」
「あ、ちげーって、お前のご飯じゃないって」
ロゼリィに渡された物が食べ物だと勘違いした愛犬ベスが、足元でそれよこせアピール。
「お待たせ、本日のモーニングセットの焼き立てパンとかぼちゃのスープだよ」
宿の料理人、イケメンボイス兄さんから頼んだ朝食と愛犬用のご飯を一緒に受け取る。
「うん、美味い」
いつもの席に座り、スープを一口。
かぼちゃの甘味が優しく引き出されていて、実もとても柔らかい。さすがイケボ兄さんだぜ。
ベスも満足そうにご飯を食べているな。
「およ~社長も貰ったのかい~? 子供じゃあるまいしさ~よいしょっと」
俺の右隣りに水着にロングコートを羽織ったラビコが座り、俺が貰ったのと同じ紙をひらつかせてくる。
「なんだ、ラビコも貰ったのか。何か書いて渡せとか言われたけど……何なんだ、これ」
「ん~? 社長の生まれ育った地域がどこかは知らないけど~ここペルセフォス王国では短冊に願いごとを書いて笹飾りに結ぶのさ~。場所によって細かな違いはあるけど~大体世界のどこでもやっていると思ったけど~」
短冊、笹飾り……それってあれか。こっちの異世界でもあるのか。
「ああ、七夕か。なんていうか、今までそんなに熱心に参加したことが無かったイベントだから、細かいこと忘れてたわ」
「それそれ~。ま~そうだね~各地でお祭りとして催されて、由来なんて忘れて地元商店街の集客イベントに変化しているところもあるからね~。ま、なんにせよ楽しんだ者勝ちかね~っと。でも願い事か~……子供の頃から願っていたことはもう叶っちゃったしな~」
ラビコがニヤニヤ笑い俺の右腕にからんでくる。なんだよ、子供の頃の願いが叶ったとか、ラビコは人生の勝ち組かよ。
「それは羨ましい話だな。おめでとう、ラビコ」
俺はラビコの頭を優しく撫で、ついでに水着から半分見えている大きなお胸様を気付かれないように覗き込む。うーむ、大迫力。
「あ~また人のこと子供扱いして~……まったく、社長ってば私のこと誰だと思っているのかな~このペルセフォス王国の中では王と同権力を持つ権力者様なんだって分かってやっているのかね~」
ラビコがちょっとムスっとした顔で見てくるが、抵抗はしてこない。
ちなみにラビコが俺を社長と呼ぶのは、俺がラビコを雇っているから。
つか強引にラビコに雇わされたんだよな。しかもラビコを雇うと毎日一万Gかかるそうだ。一万Gは日本感覚で百万円な。
正直今まで一度も報酬払ったことないんだが、いいのかね。
しかし……毎日百万円をポンと払える富豪なんてこの世に実在すんのかよ。
まぁラビコは金額に見合う地位と名声と実力を持っていて、世界で指折りの大魔法使い様なのは間違いないんだけど。美人さんだし。とっても俺好みの美人さんだし。
「知ってるよ。権力者だろうがなんだろうが、子供の頃の願いが叶ったのならおめでとう、でいいだろ」
「は~……ほんと社長ってどんなときも行動が真っ直ぐだよね~……そういうところなのかな~多くの人を惹き付ける理由は~。あと私の胸の鑑賞料は別料金ね~。あ、ロゼリィ~本日のデザートを社長がおごってくれるってさ~あっはは~」
ラビコが溜息をつき、嫌な笑顔でロゼリィを手招きする。
ち、気付かれていたのか。
「本当ですか? ふふ、嬉しいです」
ロゼリィがすぐにデザートセットを持ってきてテーブルに並べ出す。
「願い事は書きましたか? 宿で行う七夕イベントで飾るのと、書いてくれますと食堂のお会計が一割引になりますのでお得なんです」
宿の入り口にある笹飾りを指し、俺の左隣りに座ったロゼリィが微笑む。
相変わらず可愛いなぁロゼリィは。しかも大変グラマラスなお体の持ち主で、なんとお胸様はラビコよりも大きいのだ。
残念なのは、ロゼリィはほとんど肌を露出させてくれないこと。しかし服の上からでも分かる大きなお胸様……正直、たまらんっス。
「ま~たすぐにそうやってエロい顔になる~。あと手の動きがキモいって~」
おっと危ない、ラビコに小突かれて正気に戻れたぞ。
もう少しでロゼリィのお胸様に顔ダイブしようとするところだった。いや、そんなことはしないし、出来ないけど。
ロゼリィはエロ系には敏感に怒ってくるからなぁ……しかも鬼みたいなオーラを纏うからマジ怖いんだ……。
「ちぇ、デザート奢るんだから、チラ見するぐらい許せよな……」
「社長のは~チラ見レベルじゃないんだっての~。つか~なんで私のときは見るだけで、ロゼリィのときは触ろうと手を構えたりするのかな~。ラビコさんそこが許せないんですけど~」
俺がぶつぶつ言うと、ラビコが不満そうに指で突いてくる。俺にはラビコの許せないポイントってのが分かんねーっす。
「ふふ、私の勝ちのようですね。やはり指輪順位一位と二位以下の差は永遠に埋められないということです。付き合いもこの私が一番長いですし……」
「はぁ~? キスの一つもしたことの無いお子様が何言ってんのかな~? ね~社長~?」
ロゼリィが急に勝ち誇り始め、それに反応したラビコと睨み合いになったんですが……そしてこのタイミングで俺にふらないで……。
「ね、願い事かー! 何にしようかなー! 世界が平和でありますように、かなー」
「うっわつまんな……そういう誰でも書けるような無難なのは却下だね~。そういうのじゃなくて~社長が書くべきなのはもっと身近なことで~ほら、誰それと付き合ってみたい~とか~具体的に名前を書いてみるとか~」
俺が荒れそうになった場を誤魔化すように言うと、ラビコからつまらない指摘。
無難って……世界の平和はみんなの願いだろ。
「そ、それいいですね! ほら、あなたがお付き合いしてみたい身近な女性の名前を書いてみると、願いがすぐに叶うかもしれませんよ!」
ロゼリィがぐいぐい俺の左腕に絡んでくる。
もう喧嘩は終わったのか? ならいいけど。
身近、ねぇ……。うーん、じゃあ今の俺の願いはこれかな。
「か、書けたのですか? 名前……名前は……! あれ、あれれ……?」
「見せて見せて~……って何これ」
俺の七夕の短冊を見てロゼリィがガックリと肩を落とし、ラビコが白けた顔になるが、もしかしたらこれは世界の平和より叶うのが難しい願いな気がしてきた。
俺が短冊に書いたのは……
──せめて俺の半径一メートル以内が平和でありますように──
番外編 七夕に身近な願いを様 完
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お久しぶりです。
現在とても執筆を出来る状態ではないのですが、以前書いて出すタイミングを失っていた外伝的時期物小話を上げておきます。
自由時間軸のお話。
さぁ、あなたの願いはなんでしょう。




