五百七十三話 突発ラビコサイン会と白目の先の優しいキス様
「──にお並び下さーい! サイン入り銘酒が欲しいかたはこちらに──」
ソルートン駅直結、大型商業施設ソレイローラ。
出来て一週間以上経ちオープニングセール期間も落ち着いたろう、と見に来てみたが、お店の中はとんでもない混雑。
それぞれ見たいお店が違うらしく、散り散りになったメンバーの女性陣を順に回収して、残りは水着魔女ラビコのみ。
全員一致でラビコはお酒のお店だろうと一階に来てみたのだが、何かの行列が通路をぐるりと巡り、店員さんらしき人たちが必死に人員の整理をしていた。
なんだ、この行列は。
施設にはお昼過ぎに来て、ちょうどランチタイムで一階の飲食ゾーンは混んでいたので避けた。
時間も経ち、ランチ混雑は落ち着いたっぽいのだが、とあるお店だけがお昼に見た以上の大行列を作り出している。
「すいません、これは何の列ですか?」
最後尾はコチラ、の看板を持った男性スタッフさんがいたので聞いてみた。
「あ、はい! こちらはかの有名な大魔法使いラビコ様のサイン入りお酒が買える列になっています! ラビコ様の気分次第なので、何名様までとは言えないのですが、お並びする価値はあると思います! なにせあのルナリアの勇者のメンバーであるラビコ様を間近で見られる大チャンスですし! さっき僕もサインを頂いたのですがそれはもうお綺麗な方で……」
幸せそうな顔をした男性の着ている白いスタッフシャツになぐり書きされた文字『ラビィコール』。
「……アンリーナ、そういうイベントの予定があったのか?」
「い、いえ……おそらくラビコ様が思いつきの突発でやったことかと……」
一応この施設にお店を誘致した責任者アンリーナに聞いてみるが、ブルブル顔を振り困り顔。
「す、すごいですね……側にいると忘れがちですが、ラビコって世界的に有名な魔法使いさんなんですよね……」
宿の娘ロゼリィが大行列を見て言う。
そう、ラビコって実は結構な大人物で、世界で五本の指に入ると言われる大魔法使い。
以前水の国オーズレイクで出会ったエルフでラビコのお師匠、エルメイシア=マリゴールドさん曰く、世界で一番を名乗ってもいいとかも言われていたな。
実際俺もそう思う。現時点では。
「ラビ姉はルナリアの勇者時代に成した偉業がとんでもねぇからな。しかも記録上はソルートンでの銀の妖狐撃退やデゼルケーノでの千年幻ヴェルファントムの撃破もラビ姉になってるし、なんか最近さらに有名になってンな。まぁアタシたちはキングのやったことって知ってっけどな、ニャハハ」
猫耳フードのクロが俺を突きながら笑う。
俺個人的には、将来的にこのクロがラビコを越す存在だと思っている。
千年幻だろうが、冒険者の国のダンジョンにいた桁違いの強さを持つケルベロスの攻撃を完全に受け止めることが出来る、セレスティア王族の血の成せる業である『柱』を出せるんだよな、クロは。
出来たら俺はクロの成長を近くで見届けたい。
「……マスター、人が多くて疲れたので部屋でマスターと横になりたいです……」
話の流れと関係なくバニー娘アプティが無表情に俺のケツをつかんできたが、もう少し我慢してくれと優しく頭を撫でる。
「……はぁ……行くっきゃねぇか……」
なんにせよ、この行列の発生源に行って元凶を取り除かねばならん。
俺は大きく息を吐きトラブル対処の覚悟を決める。……なんで俺はいつもこんな目に遭うのかな……。
「ラビコ様、これ差し入れです! 僕ずっとファンです、頑張ってください!」
「お口に合うか分かりませんが、セレスティアのスルスルという魚の干物です!」
「あっはは~いや~悪いね~ほいサインね~」
問題のお酒屋さんに入ると、水着魔女ラビコがど真ん中に置かれた椅子にふんぞり返り、色紙だったりこのお店で買ったお酒だったりに超適当にサインをしていた。
ラビコの後ろを見ると、どうにも差し入れでもらったっぽいお酒やら珍味やらが山積みになっている。
なにやってんだ……このクソ魔女は。
「ラビコ、お店の迷惑だろ、何を勝手にサイン会なんてやってんだよ」
「…………はぁ~? なんだい少年~このラビコ様のサインが欲しいならちゃんと並んでもらわないと~」
俺がラビコに近付きやめるように言うと、への字口で俺の後ろにメンバー全員がいることを確認し、超不満そうに反発してくる。
「別に勝手になんてやってませんし~、お店で買ったお酒を店内で飲んでたら私だって気付いてくれて~頼まれてサインをしているだけだし~」
「そ、そうなんです! まさか本物のラビコ様が来てくれるとは思わず、ダメ元でお願いしてみたらサイン会を了承していただきまして! もう百人以上のかたにサインをしていただき、おかげさまで売上がすごいことに……!」
ラビコがチラと後ろにいたお店のオーナーと思われる男性に視線を振ると、男性が嬉しそうに言う。
まぁ、売上はたしかにすごそう。
「…………なんで私が最後なのさ……いつまでたっても迎えに来ないから、しょ~がないから暇つぶししてただけだっての~。絶対最初に私のところに来ると思ってたのに~!」
ラビコがプンスカ怒り、超ご機嫌斜め。
順番はどうしてもアンリーナを先に止めないとならなかったんでな。なんにせよ、ラビコを最後にして待たせてしまったのは確か。
「俺が悪かったよ。長い時間待たせてしまったから、ラビコに寂しい思いと不安な気持ちを与えてしまった。ごめんな、一人で辛かったろ。さ、もう帰ろう、今日ぐらいは宿でお酒に付き合ってやるから」
とにかく機嫌を直してもらわないと……。俺は優しく微笑み、ラビコの頭を撫でる。
「……………………うん、分かった……。宿に帰る……。宿でお酒飲む……」
ラビコが不満そうに俺をじーっと見て、すんと下を向きボソボソとつぶやき差し入れでもらったお酒たちを抱え込む。
「あっはは~ごっめんね~私の男が来たから帰るね~」
一応お店のオーナーさんにサイン会中断を謝るが、ラビコ様の彼氏さんですか? これはデート中に失礼をしました、と逆にペコペコと頭を下げて謝られた。
それを聞いたラビコが急に超ご機嫌に。
……すいませんが、俺はラビコの彼氏じゃあないっす。つかどう見ても冴えないオレンジジャージ少年じゃ、超美人ラビコと釣り合わないだろ。
並んでくれていた列の人全員の横を通り、ラビコが手を振り謝る。
サイン色紙を十枚ほどラビコに書いてもらい、それをこれ以降お酒を買った人の中から抽選でプレゼントとさせてもらい、俺たちはお店を出てきた。
聞いたところすでに百人近くの人にサインをしているし、お店の売上もすごかったらしいし、これで充分だろう。
あんまりお店を見て回れなかったが、もう疲れた……今日はこれで帰宅とさせてもらおう。
「あっはは~いや~そこでこの少年が言うわけさ~もう二度と私に悲しい顔はさせないって。一生私の下僕になって私に尽くすとか告白してきてさ~……」
──後悔。
「見てよこの指輪~少年が無理矢理私に付けてきて~」
──皆はその場を収める為だけの方便を言ったことはあるだろうか。
「もう毎晩激しいのなんの~普段は優男のくせにさ~夜になると獣みたいに襲いかかってきたり~」
──もしかしたら歳は俺のほうが下かもしれない、でも経験者の言葉を心静かに聞いて欲しい。
「子供は三人以上とか言ってきて~」
──絶対に酒乱系の人のお酒に付き合うとか気軽に言うな。
「ひっく……あれれ~社長なんで飲まないの~? このラビコさんのお酒は飲めないって言うのかな~? あ~、どうしても飲めないって言うんなら~キスしてもらうけど~」
──俺は未成年だと何度言えば分かるんだ。このクソ魔女。
「あ~ジゼリィ~お酒追加~あっはは~」
──まだ飲むのかよ……もう深夜三時なんですけど……! 未成年はおねんねの時間です……!
あのあと宿に帰り、夕食からラビコが俺の横に陣取り超ご機嫌で飲み始めた。
苦笑いで付き合ってくれていた宿の娘ロゼリィは零時でギブアップ。
商売人アンリーナも首をガクンガクンさせ部屋に戻り、猫耳フードのクロは結構がんばってくれたのだが、さっき机に突っ伏して寝てしまった。
俺の味方の最後の砦、バニー娘アプティさんがまだ健在なのだが、超静か。……多分、無表情のまま寝ていると思われる。
愛犬ベスはとっくに俺の部屋でスヤスヤ。
……俺も寝たい……もう無理……白目剥きそう……
「お……おやおや~社長ってばだいた~ん、このラビコさんの膝枕で寝るのかい~?」
──お や す み ……
「…………かわいいほっぺしちゃってさ~、あっはは~。うん、ありがとね社長、ほら頑張ったご褒美……」
なんかほっぺが温かい……
「なんだかんだ言いつつ、ちゃんと私の横に来てくれて付き合ってくれるよね~。そういうところ、大好き……」
翌朝、気が付いたら俺の部屋で寝ていた。
どうもアプティが俺を運んでくれたらしい。
「…………」
なんかアプティが不満気に俺の左頬をじーっと見てくるが、もう昨夜の飲み会はどこまでが夢か分からない。
ただ、なんとなく頬に温かく優しい感触が残っていた。
++++++++++++++
【以下定型文】
作品を読んで興味を持ってくれた読者様! よろしければ下にある
『☆☆☆☆☆』のポイントをよろしくお願いいたします。
応援する意味でブックマーク登録やご感想、レビュー等いただけたらとても嬉しいです!
影木とふ




