五百六十話 夜の来訪者は宿の新戦力? 様
「──王よ、待っていた」
宿ジゼリィ=アゼリィで行われていた大宴会も終わり、俺は少し火照った体を冷やそうと一人宿の外に出た。
時刻は夜二十三時過ぎ。久しぶりに見上げるソルートンの夜空に、ああ、帰ってきたんだなと思っていたら、突如俺の横に人影が現れた。
かなり傷んだ軽鎧を纏い、両手には巨大な鉤爪を装備した冒険者風の女性。
「王よ、これを受け取って欲しい。わらわが見つけた中で一番格好のいい物で、石から伝わってくる力強さもコレクションの中で五本の指に入るどころかズバ抜けて一番。まさに王に相応しい物かのぅ。ほっほ」
女性が巨大な鉤爪を器用に使い、黒光りする石を興奮気味に俺に渡してくる。
この女性は……俺が銀の妖狐の島に行く直前に現れた人、ではなく蒸気モンスターで、名前はアインエッセリオさんだったか。
愛犬ベスがトコトコ俺の足元に歩いてきて女性を不思議そうに見るが、すぐに興味なさそうにあくびをしだした。
……ベス先生の反応を信じるのなら危険はなさそう。
待っていた? はてどういう意味なのか。俺この女性と何か約束したっけ?
そしてこの超綺麗な石は何。
「あ、ありがとうございます。コレクションで一番格好いい石を貰ってしまっていいんですか」
世の中には色々な収集趣味の方がいるからな。俺がいた日本でもこういう石コレクターは割と見かけた。
「王に相応しい贈り物をと、山を駆け巡り見つけた物。喜んでもらえて何よりかのぅ」
アインエッセリオさんが嬉しそうに、眠そうな目で俺をじーっと見てくるが、正直こういう趣味は俺にはまだレベルが高すぎて分からねぇっす……。
「お、お久しぶりですね。今日はどういったご用件でしょうか……」
銀の妖狐の島で別れて以来だろうか。……危険はなさそうだが、さすがに上位蒸気モンスターと呼ばれる相手、構えはする。
「ほっほ、そう構えなくともよい。王には待って欲しいと言われたが、やはりわらわの認める王に挨拶はしたいし、信頼も得たいと思ってのぅ。王が歩む覇道の横にいるのはわらわなんだと、そう思われたい」
クイクイと俺のジャージを長い鉤爪で引っ張り言う。
俺の覇道? ……そういえば蒸気モンスターであるアインエッセリオさんは、人間との共存の道を歩みたい、と言っていたな。
だが同族である火の種族の理解者が少なく、俺に協力を求めてきたんだっけか。
でも俺には王と呼ばれるような資格はないし、この世界の知識もない。まずは俺の目標であるこの世界の全てを見て、知識を得る。アインエッセリオさんが求める答えは、多分その先にあるんじゃないかと思っている、と言い『待って欲しい』と納得してもらったような。
俺の世界を知る為の行動、その過程を指して覇道と言っているのかな。随分と大きく評価されたもんだぞ。
せっかく運良く異世界に来れたんだから全部見てやろうっていう、単なる興味本位フラフラ無計画旅行なんだけどね……。
「仲間の元に帰り、キツネの島でのことは報告した。そして今後どうすればよいか、と話し合った。人間と共に歩む、まずその第一歩としてそなたの信頼を得よう、そう考えてのぅ」
俺の信頼? そういえば銀の妖狐に「君はまだ僕等みたく信頼を得られるような行動を示していないよね、聞き心地の良い言葉だけはなんとでも言えるよ」とか嫌味ったらしく言われていたような。
地味に気にしていたのか。
確かに銀の妖狐は人を襲うことを止め、自分の島で農作物を育てたり、工芸品などのおみやげを作りそれらを商品として人間に売りお金を得、命を繋ぐ魔力を得るための魔晶石を買うというサイクルを作り上げていた。
俺は島で実際にそれを見たし、銀の妖狐は人間と共存を目指しているわけではなく、俺個人に気に入られようと動いたものではあったが、蒸気モンスター側からのその歩み寄りは大きく評価したい。
そしてアインエッセリオさんは『この世界に住む人間との共存』を、と言ってきた。
銀の妖狐より一歩進んだ、とても平和的な行動……なのだが、銀の妖狐が言ったように、言葉で聞いただけに過ぎない。
さて、どうしたものか……。
こういうときは頭の良いラビコに聞くのが一番なんだが、あいつは蒸気モンスター相手には激昂するからなぁ……。
「──やはりまだわらわのことを信じてもらえないか……」
少ない脳をフル回転させていたら、アインエッセリオさんが悲しそうな目で俺を見てきた。
うはぁ……ざ、罪悪感……協力はしたいです! ……しかし信頼ってのは積み重ねの産物なことが多いので、その……。
「そこの宿の五人の女性、王を信頼し集まったと言っていたかのぅ。そして王の命に従い、見事な動きを見せていた。王も彼女たちをとても信頼しているように見えた……少し羨ましかった……わらわも王とあのような関係になりたい」
アインエッセリオさんが宿を覗き込み、宴会の片付けをせっせとこなしている正社員五人娘を指して言う。
え、そのあたりからいたんですか……そういえば待っていたとか言っていたが、もしかして俺が一人になる瞬間を待っていたってことなのかな。
「王よ、わらわにもあのように命令して欲しい。必ずや王の期待に応え、見事信頼を勝ち取りたい」
アインエッセリオさんが鼻息荒く興奮気味に言い、ぐいぐいと体を押し付けてくる。むぐぐ……髪から良い香りが……こ、これ以上は下の方にいらっしゃる俺の本体が目覚めてしまいます……!
「じゃ、じゃあこういうのはどうでしょう! 今宿では宴会の片付けを行っています。そこで俺の指示の元、少し片付けを手伝ってもらうってのは……」
「あ、隊長、各テーブルの食器は下げ終わりました。次はオリーブと協力してテーブルの汚れとりを……ってそちらの女性は……? どこかで見かけたような……」
宿に戻り、宴会の片付け状況を見ていたら、ポニーテールがとても似合う正社員五人娘の一人セレサがニコニコと俺に近寄ってきた。が、俺の隣にいる見慣れない女性に首をかしげる。
「社長~ラビコさん酔っちゃったからさぁ~今日は社長の部屋で寝ていい……ってなんで夜風に当たるとか言って宿出て数分で女連れてんだよ! おかしいだろ! さっさと拾ったところに置いてこい……」
「久しいな、魔の女。わらわの王に対する無礼は許さんぞ」
左右にフラフラ揺れながら歩いていたラビコが俺をみつけ走り寄ってくるが、隣にいる女性に反応し激怒。
俺の胸ぐらをつかもうとするが、真下から長い鉄の鉤爪が伸びてきてラビコの顎下で寸止め。ラビコが酔っていた顔から一瞬で真顔になり、その鉤爪の主を見る。
「お、お前……キツネの島の件で社長に言い寄ってきた、確かアインエッセリオとかいう……」
蒸気モンスター、ラビコは言おうとした最後の言葉を飲み込み動きを止める。
「てめぇ……何しに来やがった……まさかうちの社長をさらおうってんじゃ……」
「ほっほ、さらう? はて何のことかのぅ。わらわは王と共に歩む者、さらうなど野蛮なことはしない」
ラビコとアインエッセリオさんが睨み合い、正社員五人娘の一人セレサが状況が分からず不安そうに俺にしがみついてくる。
「ス、ストーーップ! 二人共落ち着け! 紹介しよう、彼女はアインエッセリオさんといい、宿の大混雑ぶりを見て俺が助けを呼び、それに応えてくれた大変ありがたい人材だ!」
やっぱラビコと蒸気モンスターってのは必ずこうなる……俺は慌てて二人の間に入り込み引き離す。
すぐにアインエッセリオさんの両肩を掴み動けないようにして叫ぶ。
「……はぁ~? こいつが宿の応援に来た~? 冗談顔だけにしてよね社長~」
「ほっほ、少し強引だが、力強い手だのぅ……よいぞ、この体はわらわの王の物、今宵は存分に楽しんでいくがいい」
アインエッセリオさんが恍惚の表情で俺の手をさすってくるが、あの、少しは俺の意図をくんでくれないですかね……。
あとラビコさん、酔っているとはいえ俺の顔が冗談とか、ちょっとひどくないすかね……。
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