五百四十六話 支援者アンリーナと幻だと思いたいフルオープン様
「では紹介しよう……と言っても彼女は君たちのほうが付き合いが長かったな。あの化粧品・魔晶石販売で有名な世界的企業ローズ=ハイドランジェ現代表ペリド=ハイドランジェの息女アンリーナ=ハイドランジェ殿だ」
サーズ姫様がザ・お姫様という優しげな微笑みで隣に立つ女性を紹介してくれた。
「ありがとうございます。ご紹介にあずかりましたアンリーナ=ハイドランジェと申します。皆様とはすでに顔見知りではありますが、今後も良いお付き合いが出来たら嬉しく思います」
質の良いスーツを着た小柄な女性が俺たちに向かって丁寧に頭を下げ、ニッコリ微笑んでくる。
あれ? さっきまでの騒動どこいった。何この落ち着いた大人の空間。
騎士であるハイラが俺の腰にまとわりつきながら「点数稼ぎのお仕事とかつまらない事務処理とか真面目にやって失敗しましたー! 全部ブン投げてそれを理由に騎士をクビなれば良かったー!」とか、モンスターと化した商売人アンリーナが人間の限界を超える首伸ばしで俺の股間を襲おうとしていた収拾不能空間はどこへ……?
幻? ……そうか、そうだよな、まさかこの国の王族であられるサーズ姫様の前で商売人アンリーナが欲丸出し異常行動なんてするわけないよな。
俺疲れているのかな……心の癒やしであるエロ本屋巡りに失敗したことがダメージとして残り、超リアルな幻を見るぐらい精神にきていたんだろうか。
「最近アンリーナのとこすっごい動いているじゃないか~。一体なにをしようとしているのやら~あっはは~」
俺の右隣りにいた水着魔女ラビコが含み笑いをしながらアンリーナを見る。
「ついに動くべきときが来た、ということでしょうか。最高の出会い、最高のタイミング、最高の状況、それが私の代で巡ってきた。……少々個人的な思惑も含まれていますが、これぞローズ=ハイドランジェが、そして私が成すべき……いえ、私だけが出来る運命的事案だと判断しました」
ロゼリィが買っていた雑誌に働きかけたりとか、どうにもアンリーナはかなり動き回っているようだしなぁ。
「ペルセフォス王国が大きな事業を動かそうとしている。我社独自の情報網から入ってきた噂ですが、すぐにその動きがピタリと止まってしまった。それとなく調べてみましたところ、線路用地買収の難航と駅直結の大型商業施設のスポンサーが集まらず計画がストップしてしまったとのこと」
列車を通すには線路を引く土地が必要だしな。
そして駅直結の大型商業施設? え、これってペルセフォス王都からソルートンに魔晶列車が出来るって話だけじゃないのか?
もしかしてソルートンに大きな商業施設が……?
「これを知り、我がローズ=ハイドランジェはすぐに責任者であられるサーズ様に援助を申し出ました」
おお……魔晶列車延伸にも関わっていたのか、アンリーナ……。
「はは、そういうことだ。紙面上は上手く行っていたのだが、実際に工事してみると軟弱地盤だったりで予定していた路線を変更しなくてはならなかったり、商業施設の維持にはかなりのお金がかかるので外部からの援助が欲しいのだが……ソルートンの施設では回収が見込めないとなかなかいい返事をもらえる企業もなく……」
サーズ姫様が申し訳無さそうに言うが、まぁ……王都ならまだしも、正直今まで魔晶列車が通っていなかった田舎の港街に投資出来るか、と言われたら判断は難しいだろう。
「それを聞いて私は失礼ながら笑ってしまいましたわ。おそらく断った企業は紙で過去のデータだけを見て判断したのでしょう。世界のどの街に行こうが聞こえてくるジゼリィ=アゼリィというお店の噂、これは実際に足を使い現地に行き住民の声に耳を傾けなければ手に入らないもの」
アンリーナがなにかのデータが書かれた紙を取り出し俺に見せてくる。
そう、ここは異世界。元いた世界のようにネットも無く、通信技術も発達していない。
情報を得るには現地に行くしか無く、それを怠ると情報の更新が遅れ、世界の状況の変化についていけなくなり間違った判断をしてしまうこともある。
だがアンリーナは自ら足を使い現地に行き情報を得ていた。以前花の国フルフローラの農園巡りに同行したことがあるが、アンリーナ自らが生産者と会話し信頼関係を築き情報の交換をしていた。
ローズ=ハイドランジェ次期代表の立場であれば、部下を使って済ませればいいものを、アンリーナ自ら出向いていた。つまりローズ=ハイドランジェとしてはアンリーナクラスの立場の人物がやるべき、重要なお仕事という認識なのだろう。
「情報の更新速度こそ商売の命。私は今回の魔晶列車ソルートン延伸計画、これを全力で支援をしようと決めました」
アンリーナが見せてくれた紙を見ると、ソルートンにある魔晶石を売っているローズ=ハイドランジェのお店のここ十年ぐらいの売上データが書かれている。
十年前はかなり低い状態。五年前あたりからぐっと上がり、今年に入ると次元が変わったぐらいの売上が記録されている。
五年前あたりだと、ルナリアの勇者の活躍が世界に知れ渡り、出身地であるソルートンという街が少し有名になったあたり、なのだろうか。
「……正直言いますと、銀の妖狐に襲われた段階で、ああ……この街はもう発展しないのでしょう、と思っていました」
アンリーナが少し暗い顔で言う。
その話は以前サーズ姫様も言っていたし、こないだ知り合った冒険者の国のいたクラリオ=クラットさんからも聞いたな。
蒸気モンスターに襲われた街は危険な街と判断され人口が流出、数年で寂れ崩壊するとか。その段階で更新せずデータが止まっていれば、ソルートンに投資する企業は少ないだろうな……。
「我社は八百年以上に渡る歴史があり、過去の世界の動きが商売視点ではありますが記されているのです。それを見ても例外はほぼなく、よほどの支援がないとソルートンはもう……と思っていましたら、とある人物の活躍でソルートンという街は銀の妖狐の襲撃を被害者ゼロでくぐり抜け、蒸気モンスターに襲われたという悪評を跳ねのけみるみる復興を遂げ、それだけでは飽き足らず、一つの小さな宿の売上が世界の一流企業をも追い越す状態になっている。数十年単位なら近い例も出てくるでしょう……しかしこの短期間でこんな事例は初めて見ました……こんな嘘みたいな、物語みたいなことが現実で起こるとは……! そしてこんな素晴らしい奇跡を間近で見れた私はなんと幸せなことか!」
アンリーナが途中から興奮を抑えきれない顔になる。
「確かに途中から我がローズ=ハイドランジェがわずかばかり支援もしましたが、支援を、協力をしたからといって必ず成功するわけではないのです。ですがその人物はとんでもない行動力と交渉術を駆使し、次々と名だたる人物と繋がり信頼関係を結び強者を集めていった。気がつけばペルセフォス王都のお城の前にお店を構え、とんでもない売上を上げ続けている。もう、商売においては自信のあった私が口を開けて、すごいですわこの人……と眺めているしか出来ないぐらいでした」
はて、周りの皆さんの視線が一気に俺に向いてきたが、なんすか……ね。
「サーズ様、ラビコ様、ロゼリィさんにアプティさんにハイラさん。セレスティアのサンディールン様にクロ様、フルフローラのローベルト様……その人物がいなければ、私はこんなにも多くの人と出会うことはなかった。私がその人物に出会わずにいたら、ローズ=ハイドランジェを継ぐという大きな重責に耐えきれず、どこかで心折れ、逃げ出していたかもしれません」
カエルラスター島にあるローズ=ハイドランジェのホテル裏でアンリーナが吐露していたが、俺より一個下、十五歳で世界と戦うリーダー像を求められ全ての責任を負わなければならないのはあまりに重すぎる。
しかもアンリーナはそれを一人でやろうとしていた。
そんなの……辛すぎる。いいじゃないか、弱音吐いたって。いいじゃないか、たまにはそこから逃げ出したって。
俺はいつでもアンリーナを迎え入れるぞ。
一人で世界を見るからその途方も無い広さに押しつぶされそうになるんだ。でも二人で、誰かと一緒なら、共に支え合い歩いていこう、二人のその歩みから世界が広がっていくんだって思えるだろ。
「その人物がいたからこそ今の私がある。その人がいたからこそ最高の出会いが出来、あなたがいたからこそ今この時ここに皆が集まり、師匠がいたからこそ全ての歯車が噛み合い魔晶列車延伸という話になった」
アンリーナがゆっくり歩き出し、俺の目の前まで来る。
「ローズ=ハイドランジェは今回の魔晶列車延伸に多額の投資をします。それはローズ=ハイドランジェという企業がソルートンの未来に投資をした、と世界は見るでしょう。しかし私、アンリーナ=ハイドランジェ個人の思惑は違います。私は一人の人物の今後歩み続ける未来に、そうアンリーナ=ハイドランジェはあなたが放つ光を信じ投資をしたのです。迷いなど、一切ありません」
よく通る良い声で言い、アンリーナがにっこり微笑み俺のジャージのズボンにがっつり手をかけてくる。
……え?
「……迷いは一切ありませんが、今まで頑張ったご褒美はぜひ欲しいのです! ええ、アンリーナは頑張りました。世界を飛び回り大型商業施設に参戦してくれるお店を探し回り、ソルートンの昔からある商店にも影響が出ないように、食材などの仕入れを地元商店優先でお願いしたり……頑張りました、これも全て師匠に後から性的な癒やしをしてもらえるからという一点の光を信じ私は……! もう我慢出来ません! さぁ師匠、とっても頑張った子羊に愛の癒やしを……そぉぉぉおおれい……ヌッフアアァァ!」
あれ!? アンリーナの熱のこもったプレゼンを真面目に聞いていたら、いつのまにか俺の股間がフルオープン。
「ヌフォ……素晴らしい……こ・れ・で・す・わーー!! 眩しいです、師匠がとても眩しいですわー!」
う、うわあああああああ! おい待てアンリーナ! ここにはこの国のお姫様であられるサーズ姫様がいるんだぞ!
王族様の前でこんな露出狂みたいなことしたら、エロ本購入未遂どころじゃない罪で俺が捕まるだろうが!
「はあああああああ……すごいですぅ! 小さい割にやるじゃないですかアンリーナさん! 感動です……私アンリーナさんの演説に感動しました! こうやって違う方向に全力で意識を持っていって、油断したところを一気に攻めればいいんですね! こうすれば毎晩先生のを見放題触り放題……!」
サーズ姫様の後ろでつまらなそうにアンリーナの話を聞いていた騎士ハイラが急に目を輝かせ、サーズ姫様を押しのけ俺の股間の前に正座。
アンリーナと楽しそうにキャッキャウフフと女子トーク。
ハイラ……アンリーナを小さいとか言ったり、サーズ姫様を押しのけるのはマズイだろ……。ま、まぁ今は何してもある程度許される無礼講の時間ってことなんだよな?
だから俺の股間フルオープンも許されるよな? 無礼講タイムなんだよな?
……つか俺が変態的笑顔でハァハァ言いながら披露したわけじゃねえぞ! 俺は被害者、そう俺は被害者だ!
女性陣全員が半開きの口で俺のを見ているが、誰か止めて……
やっぱハイラとアンリーナが私欲まみれで暴れていた記憶は、幻じゃあなかった。
むしろ悪化した。




