五百四十三話 イケメン騎士と王都のエデン探し再び様
「いい湯だ……」
全力で走って疲労度MAXの体には温泉が最高だぜ。
よく分からんがラビコたちから逃げ、なんとか俺は安全地帯であるお城近くにある温泉施設の男湯に飛び込んだ。
後ろから俺を追っかけてきていた水着魔女ラビコが普通に男湯に入ろうとして、店員さん総出で止められていた。
ラビコはこの国の王と同位の権力者らしいが『お風呂は男女別ルール』の前には無力。でも思い返すと、ソルートンの宿では普通に男湯に入ってきたことがあったな。
その後追いついてきたロゼリィ、アプティ、クロになだめられ、おとなしく女湯に入っていったみたいだが。
「まぁ後で謝れば大丈夫だろ。な、ベス」
「ベッス」
隣のペット専用の湯船でうっとりしている愛犬の頭を撫でる。
ここの温泉施設はペット可で、専用のスペースがあったりするのでありがたい。愛犬ベスはお風呂大好きだから、王都に来たら毎回ここの施設にお世話になっている。
「しかし有名雑誌にソルートンの宿ジゼリィ=アゼリィが載ったのかぁ、なんか信じられないな……ハッ!」
ここで俺は重大なことを思い出す。いや、よくぞ思い出した俺。
こんな大事なこと、一瞬でも忘れていた自分が恥ずかしい。
常にいつもどんなときも、俺の心に刻まれている大事な物。心に形があるというのなら、その表面に油性ペンでぶっとく書いておきたいぐらい最重要任務。
俺がソルートンで心安らかに過ごせているのは、その所在地がハッキリとしていて心に余裕があるから。
何度も来てだいぶ慣れたとはいえ王都にいてもどこか落ち着かず心がソワソワしているのは、俺の心にその場所が分からないという不安があるから。
人の心は弱い。
人前で強がっていても、一人になると襲ってくる漠然とした不安。そう、人間には依りどころが必要なのだ。
ソルートンにあって王都にない俺の心の依りどころ。以前すぐ近くまでいったのだが、結局ラビコに邪魔されたどり着けなかった俺の心のエデン。
「……行こう」
「ベッス?」
俺は決意の顔で湯船から立ち上がり、お風呂を堪能している最中の愛犬を抱えあげる。
ちょっと不満そうに顔を見られたが、長年俺に連れ添ってくれたパートナーなら分かってくれ。
温泉施設に来ているので女性陣とは別れている。このチャンスは逃せないんだ。
俺は残像でも見えるんじゃないかって速度でお風呂を上がり着替え、抵抗してくる愛犬ベスを抱えお城にダッシュ。
門番をしている騎士さんに頼み込み、この俺の想いを百パーセント理解してくれるであろう強力なパートナーを呼んでもらった。
「やあ、昨日王都に来たんだってね。朝からサーズ様が嬉しそうにしていたからすぐに分かったよ」
門の前で十分程待つとにこやか王子フェイスイケメン騎士が登場。
爽やかな風を吹かし、背中にキラキラエフェクト持参で現れたこいつはアーリーガル=パフォーマといい、ペルセフォスで一番の隠密騎士だとか。
もう憎らしいほどの超イケメン騎士で、ちょっと街を歩けば女性が声をかけてくるレベル。
……だが安心して欲しい紳士諸君。
「忙しいところすまないが少し俺に付き合ってくれ、リーガル。時間も無いので即行動になる……が、一応確認しておく。お前、まだ童貞だよな?」
「ああ、大丈夫。君との行動は、例え仕事中だろうが優先しても構わないとサーズ様にお許しを……って、な、何の確認をするんだい急に……う、うん、継続中だけども……」
聞いたか諸君。
彼は俺たちの仲間、イケメン顔だけ見て憎しみのあまりに握ってしまったそのナイフは下ろしてもいいんだぞ。
しかしこいつ、マジでモテるからな……油断してたら一瞬で敵側に回りそう。
……つうか、このイケメン王子顔で性格も温和な男ですら童貞なのか。じゃあ俺とかいう、そのへんに落ちている石ころレベルの少年はいつ大人になれるってんだよ。
俺の異世界童貞脱却計画は厳しい戦いの日々になりそうだぜ……。
「そうか、安心したよ親友。じゃあさ、今からエロ本屋めぐりしようぜ」
「……えーと、あの辺りがそういうお店が多い地域かな……」
心の友リーガルが案内してくれたのは、温泉施設からちょっと離れた場所にある下町っぽい雰囲気の建物が並ぶ歓楽ゾーン。
ペルセフォス王都って全体的にすっげぇオシャレで、下手したらこういうエロ系のお店って絶滅しているんじゃ、と思っていたが、ちゃんとあるんだよな。
以前も案内してもらった場所だが、ラビコに見つかり超怒られた記憶。今度こそ……今度こそ俺の心の依りどころ、エデンの場所をこの疲れた心に刻むんだ。
「周囲確認……ラビコの気配は……無し! 行ける、行けるぞ……! 今度こそ俺は王都のエデンへ行けるんだ! な、なぁリーガル、初めて買うにはどのジャンルがいいかな? 無難に優しいお姉さん系かな、水着物もいいな。ちょっと攻めてバニーとかパンク衣装、あとは職業コスプレ系を……」
「その、盛り上がっているところ申し訳ないんだけど……君はまだ未成年で買えないし、以前のときも言ったけど僕はどちらかというとこういうのを取り締まる側で、案内しておいてなんだけど、お店に入るのは見過ごせない、かな……。ラビコ様からも怒られていて、近くを通って雰囲気を味わうまでなら報告はしないけど……」
俺が初めて自分で買うエロ本はどれがいいか、大興奮で饒舌に語っていたら、イケメン騎士が最高につまらないことを言う。お前はそんなだからいつまでも童貞なんだよ。俺もだけど。
「あのなリーガル、未成年ってのは実年齢であって、精神年齢は加味されていない個人差の大きな曖昧なルールで……って今ラビコに報告っつったか……! て、てめぇ……いつの間に敵側に丸め込まれたんだよ! 仲間だと……お前は顔がイケメン過ぎてちょっとイラつくけど、心は俺と同じ清い童貞仲間だと信じていたのに……!」
ラビコに報告って、こいつ敵側のスパイだったのかよ! クソ……! これだからイケメンは信じられねぇんだ! 俺を……仲間を売りやがったな!
「い、いくら君が英雄だろうが、ルールだからだめだよ……それに君はそういう本じゃなくて、現実の、近くにいる女性に目を向けて……」
「ルール、ルールって……じゃあルールに則って、未成年じゃあないお前が買って持っている個人所有のエロ本を俺に見せてくれよ! 現実の女性って……あのな、俺が欲丸出しで周りの女性に裸を見せてくれとか言ったら、そっちのがド犯罪だろうが!」
俺おかしなこと言ってる? 分かってる……分かっているよ……! でもいい加減欲が溜まっていて、エローい物が欲しかったりするお年頃なんだよ!
毎日あれだけのお美人様に囲まれてみろ……俺のマグナムが不発弾処理に失敗して大変なことになって……!
「いや、君が言えば普通に大丈夫だと思うけど……」
ちょっと興奮しすぎた。
ピンクの外装のエロいホテル付近で男同士が騒いで周囲の視線が集まってしまったので、建物の裏の暗いところに移動。
「……で、リーガルが持っているエロ本ってどういうジャンルなんだ」
壁に寄りかかり小声でボソボソとリーガルに語りかける。
「その、僕が持っているのを見せるのもアウトだと思うんだけど……い、一応僕はノーマル系の勝ち気な感じのツリ目で高貴な顔立ちのお尻の形の良い女性の本を何冊か……」
実際に見せろとは言っていないだろ。例えば参考に後学の為に、晴れて二十歳を迎えた未来の俺の糧にと聞いただけだ。
「それってサーズ姫様じゃねぇか。お前どんだけサーズ姫様が好き……」
「ち、ち、違うよ! 僕がサーズ様に淫らなことする妄想なんて、恐れ多くてするわけないだろ!」
リーガルの好みのエロ本の特徴を聞き、それモロにサーズ姫様じゃねぇかと突っ込んだらイケメン騎士が興奮気味に俺の両肩を掴んできた。
「それならさっき君だって『優しいお姉さん系かな、水着物もいいな。ちょっと攻めてバニーとかパンク衣装』って言っていたけど、それ君のパーティーメンバーであるロゼリィさんにラビコ様にアプティさんにクロ様のことじゃないか!」
キレたリーガルがとんでもないことを言い出した……ってそういや俺そんなこと言ったな。
確かに改めて聞いたらまんまロゼリィにラビコにアプティにクロだが……。
「……あのさ~私の目を盗んでエロ本買いに行くんならさ~もうちょっと静かに行動出来ないものかな~。リーガルも本職隠密なのにさ~こんな大騒ぎしてたもんだから、すぐに見つけられたんだけど~」
イケメン騎士と取っ組み合いの喧嘩をしていたら、上空から聞き慣れた水着魔女の声と紫のオーラが。
「げぇラビコ……! ち、違う! 未成年の俺がエロ本なんて買うわけないだろ! これはその……そう、ペルセフォスで一番の隠密であるリーガルにオススメの暗いところを聞いていたんだ! な!」
くそ……! こっそり風呂を抜け出してきたってのに、ラビコに気付かれていたのかよ。
「ラ、ラビコ様……! も、申し訳……え、暗いところ? あ、う、うんそうだね! 僕は暗いところが好きだから、ランキング形式でオススメの場所を案内している最中で、たまたまエロ系ゾーンに……」
よし、リーガルが乗ってくれた。
「……暗いところ~?」
ラビコが魔力で空中に浮きながら不思議そうに首を傾けている、よし、もうひと押しだ!
「ほらラビコ、冒険者の国で知り合った女性が暗いところが好きって言っていたろ! それで暗いところのプロ、アーリーガル=パフォーマ君に知恵を授かっていたんだ!」
俺たちは冒険者の国ヘイムダルトからペルセフォス王都に来た。
冒険者の国の地下ダンジョンで知り合ったケルベロスを名乗る女性、彼女に良い感じに暗いところを見つけたら散歩に連れて行ってくれよ、って言われているんだ。
なんか彼女は犬っぽいし、放っておけない感じなんだ。うん。
たんに出会いの挨拶として男同士エロ系の話をしていただけで、メインはリーガルから暗いところの話を聞き出そうとしていたんだ。
人助け、そう、これは人助けの過程の一端で、決してエロ本探しの旅では……
「あ~……そういやなんか言っていたね~。でも社長はエロ本を見せろとかリーガルに迫っていたよね~?」
ラビコが真顔で言い放つ。
ああ……そのあたりから上空で聞いていたのね……もはや誤魔化しは不可能……さようなら俺の異世界生活。
結局いつも通りラビコに見つかり、ピンクのホテルの裏道でリーガルと二人仲良く正座させられお説教コース。
「……このパターン何回目だと思ってんの社長~。懲りないというか学習しないというか~」
水着魔女ラビコが俺の頭をポンポン叩きお説教は続くが、一回や二回の失敗で誰が諦めるもんか。
俺にはどうしてもエデンが必要なんだよ。
つかラビコよ、俺ばっかり怒っていないで、隣のイケメン騎士リーガルも怒れよ。こいつ、サーズ姫様そっくりの女性が出ているエロ本コレクターなんだぞ。
……いや待て。
確かに今回もエロ本屋サーチは失敗したが、ここで大事なことはサーズ姫様そっくりの女性が出ているエロ本があるという情報を得た、という事実。
サーズ姫様といえば、もうとんでもないレベルのお美人様で、俺も何度かソロカーニバルでお世話になっているクラス。
リーガルの話が本当だとすれば、その本を手に入れれば俺は妄想という曖昧な情報ではなく、よく似た女性のリアル裸を拝みながら出来るという……それはぜひとも夜の参考資料として欲しい……。
「……なぁリーガル。さっきのサーズ姫様そっくりの女性が出てるエロ本持ってるって話、俺も欲しいんだけどさ、タイトルとか教えてくれねぇか」
「え……いや今はちょっとその……まだラビコ様のお説教が……」
「……はぁ~? 変態そっくりの女性が出ているエロ本~?」
俺はこっそり隣にいるリーガルに聞くが、ラビコに聞こえてしまったようだ。まずい、そういやまだお説教中だったっけ……また俺が怒られ……。
「へぇ~リーガル、そういう本持ってるんだ~。いっつもあの変態のお尻眺めていたり~そっくりの女性が出ているエロ本まで持っているとか~。あっはは~さすがにこれは危険人物として変態姫に報告、かな~」
あれ、ラビコのお説教の矛先が俺じゃなくリーガルに向いたぞ。
「……! お、お待ちを……! た、確かにサーズ様によく似ている雰囲気の女性の本は持っていますが、それは職務を離れたあとのプライベートや休日に楽しむ為のもので、仕事中には決してそのような邪な考えを持ったこともないですし、むしろその本があることでしっかり頭を切り替えて騎士の仕事に打ち込み……」
リーガルがビクンと顔を上げ、超早口で必死の弁解。
うむ、エロ本があることでむしろ頭を切り替えて仕事に打ち込める、か。とても良い言葉じゃあないか。男にとってエロ本は心と体を豊かにする必需品。
頑張れリーガル、俺は君を応援しているぞ。
「うそつけ~、仕事中に何度も変態姫のお尻見ていたろ~。全っ然頭を切り替えられていない証拠じゃないか~。仕事中は本物のお尻追って~職務を離れたプライベートでも本で変態のお尻のことだけを考えているんだろ~? それって一日中エロ~いことを妄想しているってことで~うちの社長クラスの超危険人物じゃ~ん、あっはは~」
ラビコがリーガルの必死の訴えを速攻で否定。
ああ、相手が悪かった……ラビコって頭の回転超早いし、言い争いで勝つにはそれこそサーズ姫様クラスの人物を連れてこないと無理だろうな。そして俺クラスの超危険人物ってちょっと酷い例えじゃねぇ? 俺が危険人物であることの否定はしないけど。
「やっぱりこれは変態に報告だな~。ちょっと警戒しておいたほうがいいよ~って。あっはは~」
「ラ、ラビコ様……! お待ちを……それだけは、それだけは……! このことを知られてしまうと、もう私はこの王都にいられなく……うう……」
イケメン騎士リーガルがラビコの足にすがりつき必死の訴え。
あーあ、リーガル泣いてんじゃん。
まぁ辛いわなぁ、好きな女性に似ている人が載っているエロ本持ってますとか、絶対に本人に知られたくないよなぁ。それ知られたら、俺ならショックで異世界転生しちゃうな。
「ふぅ~ん、そんなに知られたくないんだ~。そうだな~今後この私に絶対逆らわないって誓える~? 例え変態姫に壁を黒く塗れと命令されていようが、私が白く塗れって言ったら迷わず白く塗れるかな~? それが出来るなら黙っていてあげてもいいよ~あっはは~」
「出来ます! ラビコ様の言うことこそ世界の真理! ラビコ様こそが世界の中心であって、このアーリーガル=パフォーマ、微力ながらラビコ様を支える一柱になりたいと……」
リーガルがラビコに向かってビシっと姿勢を正し敬礼。
うーわ、エロがらみで弱み握って従わせるとかおっそろしい。あれは人間のやることじゃねぇ、悪魔の人心掌握術だ。
なんか毎回悪いなリーガル。
お前はエロ系で心に傷を負ったうえに主君を裏切るような契約させられているが、今回も主犯である俺はラビコのお説教なんて右から入って左に素通りですわ。
なんというか、友である俺のことをルール違反だのなんだのつまらないこと言ってラビコに報告しようとした罰じゃないかな、うん。
友達は大切にしよう。
そういうことだ。
「じゃあリーガル~主犯である社長を拘束しちゃって~」
「はっ!」
二人が揉めているあいだに逃げようと立ち上がったら、イケメン騎士リーガルが突然俺の背後に現れ腕を締め上げてくる。いつつ……! な、なにしやがる!
「すまない、ラビコ様の命令は絶対なんだ」
て、てめぇ……! 友を売るのか!
「さぁ~て、お待ちかねのお仕置きだよ、社長~。未遂だったから軽くくすぐるぐらいにしとくかね~あっはは~」
や、やめ……ホァァァ! 脇腹はやめ……ギャヒィィ……!
「あっはは~社長の悲鳴って心がゾクってくる~。ん~……でもこれだけじゃあつまらないな~やっぱ私が見たいから下半身露出させとっか~」
よ、よせ……こんなとこで下半身露出はアカンって!
べ、ベス……愛犬ベスよ、ご主人様の命の危機だ! 助け……
「ベッス……ベス」
俺が怯える小鳥のような目で愛犬に助けを求めたが、当の愛犬は不機嫌そうに俺をチラ見してそっぽ向き。
くそ……お風呂の時間が短かったことまだ怒ってんのかよ……! あとでたっぷりお風呂に入れてやるから、今すぐ悪魔の化身水着魔女ラビコを吹き飛ばして……
「あっはは~せ~のっ……はいポロ~んっと! う~っわ、この状況で超反応してるとか、社長ってばどういうフェチなのさ~あっはは~つんつん~っと」
そのときのペルセフォス王都の風とラビコの指先は、少しひんやりとしていた。(抵抗はあきらめた)
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あけましておめでとうございます。
2020年も更新頑張りますので、お付き合いいただければ幸いでございます。
2020/1/5 15:36 影木とふ




