五百二十九話 地下迷宮ケルベロス 8 お散歩大好きケルベロス様
「ケ、ケルベロス……?」
「ああ、私はケルベロスだ。聞いたことないか? ホラ、三つ頭の犬とかそういうの。あ、その姿は人間が怖がるからヤメロって言われてるから見せれねぇけどな、きゃはははは!」
女性が楽しそうに笑い俺の肩をバンバン叩いてくる。
地下迷宮ケルベロス、その地下十階層で異常種蒸気モンスターの狼を倒したら現れた謎の女性。
ラビコ、クロ、アプティ、変身前ベスのフルメンバーアタックをいとも簡単に跳ねのけるという桁違いの力を見せつけられた。
ラビコとクロが火の国デゼルケーノで貰った極大紫魔晶石を取り出し、生命を賭けた戦いに臨もうとするが、俺がそれを制し愛犬ベスと二人で女性と対峙した。
目で魔力を測るが、その力は以前不思議な空間で戦ったジェラハスさん以下。それならばフル覚醒ベスで抑え込める。
あとは俺も水の国オーズレイクでエルメイシア=マリゴールドさんに出会い、自分の目の力というものを難しい漢字で教えてもらったりして、ある程度理解し始めている。
というか、大事な仲間を傷つけられて黙って見ていられるか。俺は使える限りの力を使い女性の動きを圧倒、悪いが左頬を強めに殴らせてもらった。
そうしたら興奮していた女性がやっとおとなしくなり、ゲラゲラ笑いながら名乗ってくれた。
ケルベロス、と。
「このダンジョンに来たばっかのころさー獣の姿でウッキウキ炎吐きながら二十とか十あたりの浅めの階層散歩してたら、偶然出会った人間にひどく怖がられてさー。その後あんまりウロウロすんなってファルミオ様に怒られたけどーきゃははは!」
そういやラビコがこの街とダンジョンの名前の由来は、深い階層に行くとたまーに三つ頭のケルベロスに出会うから、とか言っていたような。
……そのケルベロス、本人なのか?
こっちからしたら二十階層とか深い階層だと思うんだが、こいつにとっては浅い階層になるのか。つかここって何階層まであるんだよ。
散歩はまぁ……いいと思うけど、炎吐きながらはヤメロ。
「最下層に居心地最高の部屋作って貰ってんだけどー……一人なんだよ。だーれもいない、ひっろい部屋に一人。話し相手もいない、遊んでくれる相手もいない。それでここのダンジョン管理しろーって言われてもさ、つっまんないんだよ……。遊ぼうとして人間に近付いたら一目散に逃げていくし……しかも弱えーし」
ダンジョンの管理、ね。
どうにもこの女性、ウソは言っていないように思える。本当にこのダンジョンの管理をしている、ケルベロスその人っぽい。
あなたが何者か知らないが、銀の妖狐以上の力を持つ相手に出会ったら、非力な人間は逃げるしかないでしょうよ。
「しばらくしたらさールナリアの勇者とかいうパーティーがゴリゴリに生命削って特攻してきてさー、あれはすっごかったなーきゃははは。面白いからフンフン興奮しちゃってーそれで、次はどうするの!? って見てたら三十で帰っちゃって……ああもういいところだったのにー! じゃあ次来たら絶対に遊んでやろーって」
そのへんは戦闘中この女性が言っていたな。
「そしたらまた勇者が来る! とか噂聞いたからー魔力ぶっ込んだ狼置いて、これ倒したらその勇者なんだろうって待ってたら、簡単に狼倒した奴来たから喜んで出てきたら私までやられちゃうとはなー、いやーマジびびった!」
……よく分からんが、この女性に戦闘意志はなさそうか。じゃあもう帰っていいですかね……。
「お前、あの龍と同じ千里眼持ちか。そういやファルミオ様が何か言ってたなぁ……なんだっけ、千里眼の少年には絶対に手を出すな……だっけ……? あれれ、私お前に手ぇ出しちゃったな、やっべぇこれ、きゃっははは!」
女性が俺の目をじーっと見て笑う。
うーん、この人ワイルド系の思考だなぁ。あと、すっげぇ美人さん。
たまに「あの龍」ってワードを聞くが、何者なんですかね。
「ベッス」
愛犬ベスが光の狼状態を解除し、元の大きさに戻る。この女性にもう危険はないと判断したってことかな。
「おお、お前もすげぇけど、この犬もすっげぇな! まさか神獣化とか、あの御方が喜びそうだなー。今度言っとこっと。ほーら犬ぅ、お前の飼い主気に入ったから、私も飼ってもらうことにしたぞ。これからよろしくの撫で撫でー、って眉毛かわいいなお前! きゃははは」
女性がベスの頭を撫でまくる。
ベスが不思議そうな顔をしているが、それは俺もだ。私も飼ってもらうってどういう意味なんだ。
聞き逃しかけたが、あの御方、ね。さっきファルミオ様がーとかよく言っていたが、それとは違う、あの御方というさらに上の身分の人がいるのか。
「……よく事情は分からないが、顔殴って悪かったな。ごめんな」
「なにがだ? 遊びたくて暴れた私を飼い主であるお前が一喝した、それだけのことだろ」
なんにせよ、殴ってしまったのは事実。どうやら話が通じるみたいだし謝ったのだが、今の撫でられているベスと同じ顔、不思議そうな顔で女性に見られた。
「ああ、楽しかったなぁさっき……久しぶりにワクワク出来た。なぁ、ここに住まないか? お前と一緒ならここのつまんねぇ管理も楽しくなりそうなんだ」
す、住む? ここにか? そ、それは無理……。
「あ、その、俺はこの世界の全てを見たいんだ。だからまだ一箇所にとどまるって考えはないかな……ごめん」
「この世界の全て? きゃはは! お前デケぇなぁ、考えがデケぇ! 私さーずっとここのダンジョン管理させられてっから、あんま外出られなくってさー。私もお前とこの世界を見て回りてぇなぁ」
女性が悲しそうな顔でしゃがみ込む。
なんか……犬っぽい見た目も相まって、散歩に行けなくて悲しい顔してるベスに見えてきた……だめだ、俺……犬には弱いんだ。……あとエロ本にも。
「た、たまにこのダンジョンに来るからさ、そしたら一緒に散歩とかして遊ぼう。な?」
「ここは嫌! もう飽きたし。外がいい、お前と一緒に外に出たい! ……でもダンジョンの管理やんなきゃいけねーし……そうだ、これやるよ!」
そう言うと女性は首に付けていた飾りベルトを外し俺の右手首に巻いてきた。何これ。
「私の首輪! 遊べる時間があったらすぐ呼んでくれ、飼い主に呼ばれちゃったら私は行くしかないからな! そうしたら私は少しだけ外に出られる!」
飼い主、飼い主……よく分からんが、普段はこのダンジョンの管理しなくちゃいけないから自由に外には出られないが、俺に呼ばれたらそれを理由に外に出られるって理屈か。
まぁ……散歩ぐらいならいいか。
犬って散歩大好きだし、飼い主……ならそれに応じなくてはならない。……ならないが、俺はいつからケルベロスの飼い主になったんだ。
「楽しいだろうなーお前と散歩。火は……吐いちゃだめなんだよな? まぁいいや、グークヴェル・ケルベロス、そう呼びかけてくれ。そしたらすぐ飛んでくっからさ! あ、私夜とか暗いとこ好きなんだ、いい感じの暗闇があったら散歩に連れてってくれ! おめかしして待ってるから! ああ、そろそろ戻んなきゃ……じゃあまたな、ボス!」
そう言うと、女性は瞬間移動でもしたかのように俺の目の前から消えた。
……ボス? まあいい、とりあえず助かった……。なんだったんだ、あの犬っぽい女性。
なぜか分からないが、夜か暗いところをみつけたら散歩に連れていかなければならないらしい。
暗いとこねぇ……そういう趣味はペルセフォスの隠密騎士、アーリーガル=パフォーマ君で間に合っているんだが。
俺はベスを撫で、なんでか右手に付けられたケルベロスの首輪に首をかしげながら、騒いで喜んでいるパーティーメンバーの元へ歩く。




