五百二十七話 地下迷宮ケルベロス 6 巨大狼撃破と空間外からの声様
「ラ、ラビコ……確認だが、あの巨大狼は普通地下三十階層付近にいるんだよな……」
「……ああ、それの異常種、だね」
ケルベロス地下迷宮。
俺たちはラビコの元お仲間だという女性を助けに地下十階層まで来ている。
どうにもこの地下十階層に普段いないはずの強力な蒸気モンスターがいる、とのこと。この迷宮をホームにしている冒険者が金稼ぎに潜れず困っていたら、その女性がルナリアの勇者を名乗り討伐に向かった。
ラビコから聞いたところ、このダンジョンにはたまにその階層にいるはずのない強力な蒸気モンスターが現れることがあるそうだ。
それはその階層にいた蒸気モンスターが異常進化を遂げた姿らしく、十階層のモンスターの異常種ならば、二十階層分プラスして、三十階層にいる蒸気モンスターに相当する力を持つらしい。
そしてここにいたのはラビコ曰く、地下三十階層付近にいる蒸気モンスターサルファウルフ。それの異常種らしい。
つまりそれってプラス二十、地下五十階層にいる蒸気モンスターに相当する力を持っているってことなんじゃ……。
オオオオオオオオン!
二つ頭狼が吼え、体内の魔力が急上昇。
炎の魔力が膨れ上がり形を成し、二つの大きな口から巨大な火炎弾が大剣を構える女性に向けて同時に放たれる。
なんだあの熱量……! あんなのまとも食らったら人間なんて消し飛ぶぞ!
「爆ぜろ火炎の力! この剣に触れしものは、なんであろうと爆ぜ裂ける……!」
女性が大剣を振り上げ吼える。
無茶だ、あの熱量は尋常じゃない、逃げたほうが……ああそうか……彼女の後ろには倒れている男性が二人、そしてそれを介抱している女性二人、腰が完全に引けて怯え動けなくなってしまった男性が一人。……彼等を守るには、避けられないんだ。
「クロ! 彼女の前に柱魔法を……!」
「くそ……間に合えよぉ……! ティアンエンハンス!」
クロの柱魔法が完成する前に狼の放った火炎弾が女性に着弾。ものすごい爆発が起き、火炎に包まれた女性が後方へ吹っ飛んでいく。
間に合わなかった、か……俺の判断が遅れたせいで……!
「…………くくっ……さすが我が身を捧げし炎の化身! そう、炎こそが全ての命の源であり、原点! 破壊と再生の象徴とされる炎は神話でも語られる事象であり、この世界の誕生にも炎が……」
吹き飛んだ女性がくるっと回転し華麗に着地。
ブツブツと興奮気味に呪文のような言葉を並べ、嫌な笑みを浮かべている。
……大丈夫だったのか……良かった。ちょっとアドレナリンが出たのか、おかしな言葉を口走っているが大きな怪我はなさそうだ。
しかしすごいな、あの熱量の火炎弾をまともに受けて無事とか。
「あれが爆破剣、ブロウエンドラの力さ。刃に触れるものに反応し、炎の魔力による爆発が起こるルーインズウエポン。その剣で切れば傷口が爆破し致命傷を負わせられ、防御で受ければ反応爆発で受けたものを魔法ですら弾き飛ばす」
ラビコが紫の魔力を放ちふわっと浮き上がる。さすがにこれ以上見ているわけにはいかないしな。助けに入るぞ。
あの大剣がルーインズウエポン、爆破剣ブロウエンドラか。
さすがに全ては受け止めきれず、彼女自身が吹き飛んでしまったが、それでもあの熱量の火炎弾を受け流せるってすごいぞ。
「む、この気高き柱……セレスティアの王族魔法か? いや、まさかな……」
女性が元自分がいた場所に出現した柱に気付きこちらを見てくる。
「君たち、見ていないで逃げるんだ。悪いがこれ以上の人数、命の保証は出来な……」
「あっはは! 逃げる? 誰が逃げるかっての。私を誰だと思っているんだ、このクソ雑魚爆破娘が」
ラビコが巨大狼が後ずさりするほどの紫の魔力を放ち、大剣の女性の側へ行く。
「!? う、うそだろおい……お前、ラビコか!?」
大剣の女性が目を見開き、ラビコの登場に驚いている。まぁ、予想もしなかった援軍だろうと思う。
「みなさん無事ですか、助けにきました! ここは僕等に任せて避難を!」
俺とアプティとロゼリィが壁際に倒れている男性二人と介抱をしている女性二人に駆け寄る。
「ああ……よかった……助けがきてくれた……」
「ありがとう! でもお二人の傷が……」
俺達に気がついた女性二人の顔が明るくなるが、倒れてる男性二人の傷がかなり深そうだ……。すぐにここから離れて、地上で治療をしないと……。
「そこの男性、手伝って下さい! 今ならアプティがここまでのモンスターほぼ全てを倒していますので、帰り道は楽なはず。女性二人と一緒に負傷した二人を抱えて地上へ!」
このダンジョンのモンスターの復活システムとかどうなっているか知らないが、アプティが根こそぎ倒している感じだから、しばらくは大丈夫なはず。
「だ、大丈夫なのか君たちは……いや、あのラビコ様率いるパーティーなら……すまないがクラリオ様をお願いします……」
腰が抜けていた男性が立ち上がり、女性二人と協力をして壁際の男性二人を抱え後方へ下がっていく。
去り際女性が話してくれたが、倒れていた男性二人が救難信号を撃ち、そこに大剣の女性率いるパーティーが助けに入ったそうだ。
大丈夫、俺たちならあの狼に勝てます。
「な、なんでお前がここに……! 確か龍の国ペルセフォスにいるはず……」
「どうもこうもねぇ。お前が流したウソの噂の確認に来たんだよ。あとでじっっっくり言い訳を聞かせてもらおうか!」
「う、ウソじゃない……! 最初はそういうつもりじゃなくて……」
女性とラビコが言い合い。いや、今はそれどころじゃないだろ、ラビコ。
「ラビコ、負傷者と無事だったメンバー全員に避難してもらった。さぁ、狼退治といこうぜ!」
俺は愛犬ベスとクロを従えゆっくりラビコに近付いていく。
「き、君! 下がるんだ! 私とラビコであれば君たちの逃げる時間稼ぎぐらいは……」
「あっはは! うちの社長ってさ、見た目あんなだけど……私より強いんだぞ」
なんでドヤ顔なんだよ、ラビコ。お前より強いは言い過ぎだろ。俺にはなんの攻撃能力もないっすよ。
「は……? ラ、ラビコより強いだと? くくっ、しばらく見ないうちに冗談を言えるようになったのか、ワガママ魔女が」
まぁ俺ってオレンジジャージだし、どう見ても犬の散歩途中の少年なんだよね。
ロゼリィに出会ったばかりのころ、見た目で相手の出方が変わるから、強そうな装備には意味があるって説教された記憶。
「狼は待ってくれなそうだ、行くぞラビコ、クロ。アプティは後方でロゼリィを守ってくれ」
巨大狼が構え、また炎の力を溜め始めた。さっき大剣の女性との戦闘を見せてもらえたので、コイツの大体の力は測れた。
「さっさと指示しろクソ童貞。経験ゼロでもしっかりと動いてラビコさんを満足させるんだぞ? あっはは!」
「ニャッハハ、フルメンバーで戦闘とか初めてじゃねぇか、燃えるぜぇぇ!」
「……待機、します。……その狼、マスターの敵ではないかと」
「が、頑張ってください!」
ゴオオオン!
轟音と共に二つ頭狼が巨大な火炎弾を放つ。狙いは浮いているラビコか。
「クロ、柱魔法! 一本で充分だ」
「おうよ! いっくぜぇ……ティアンエンハンス!」
その火炎弾はさっき速度を測らせてもらった。今度は間に合う。
ラビコの前に光り輝く柱が生み出され、狼の放った火炎弾を完全に受け止める。
「ティ、ティアンエンハンス……だと!? セレスティア王族の血の為せる業……野良で使える人間なんていないはず……そういえばさっきも……何者だその女!?」
女性が驚いているが、そういやクロの柱魔法って使い手が限られているから、正体バレやすいのか。
まぁ、今はこの人しかいないし、ラビコの元お仲間さんなら事情話せば内緒にしてくれるだろ。
オオオオオオン!
狼が狙いを変え、俺に向かい突進をしてくる。
ああ、俺が一番弱そうに見えたんだろうな……正解だけども。
……左右にステップしてジャンプで右手で斬りつける、か。俺は狼の動きを予想。単純だなぁ、獣系ってこんなもんか。
「ラビコ、雷魔法三発セット。俺の左前方百メートル、一秒後右前方三十メートル、最後は二秒後、俺の目の前五メートル上空だ!」
「あいよ、相変わらずおっそろしい目をお持ちで……! 喰らえ天の怒り、オロラエドベル!」
狼が俺の予想通り、百メートル手前で左前方に進路変更するが、そこにラビコの放つ雷が二つ頭の左脳天に命中。
焦った狼が俺の右前方にダッシュ、しかしそこにもラビコの雷が撃たれ左前足に直撃。
逃げたほう全てで攻撃を喰らい、混乱した狼が特攻アタック。ジャンプし、その鋭い右前足の爪で俺を切り裂こうとしてくる。
「右の頭の視界も奪わせてもらう」
俺の五メートル手前上空、そこにラビコの放った三発目の雷が右の頭にヒット。雷の衝撃で左右両方の視界を一時的に失い、狼が唸り悲鳴を上げる。
悪いが手加減はしないし、蒸気モンスターを倒すことに迷いもない。なんせロゼリィが後方にいるんでな。
「ベス、シールドアタックだ! 貫けぇ!」
「ベッス!!」
俺の掛け声でベスが額から青い光を放出。前方を半円状に覆うシールドを形作り、そのまま巨大狼の腹に突進。
オオオオオオオオオオン……!
巨大狼の腹をシールドを纏ったベスが貫通。叫び声を上げ、多量の蒸気を吹き出し消滅していく。
まぁ、一匹ならどうとでもなる。
……が、このクラスが数百匹連続で襲ってきたらそれはキツそう。ここの地下五十階層ってのは、そういう世界なのだろうか。うん、絶対に行きたくない。
「じ、冗談だろ……地下五十階層クラス、人類が未だに到達出来ていない未踏破階層相当の異常種蒸気モンスターだぞ!? それをこうも簡単に……」
女性が目を白黒させ驚いているが、地下五十階層はいまだに未踏破階層なのか。
「あっはは、どうだこれが私が育てた自慢の男だ!」
ラビコが超笑顔で俺の右腕に絡みついてくる。あ、こら、だからなんでドヤ顔なんだよ。
「……このパーティー、ラビコ率いるじゃなく、その少年が率いるパーティーなのか……。ラビコが笑顔で指示通り動くとか衝撃だし、自慢の男ってのはパートナーって意味か……? くくっ……まさかワガママ魔女に先越されるとか夢にも思わなかったぞ……くくっ、う、羨ましくなんかないね……」
女性がなんかラビコの言葉鵜呑みにしていないか。
「あぁ? っザケんなよ、キングはラビ姉のもんじゃねぇよ。二十歳までは特定の女と付き合わねぇって言ってたろ。ま、四年後だし、そんときゃあ古BBA共にチャンスなんてねぇけどな、にゃっはは!」
ああ……猫耳フードのクロがキレ気味に言い返してきたよ……。これ、面倒なやつ。
「……あの、もしかしてあなた……セレスティア王族のお方では……?」
女性がクロを見て、どこかで見たような……的な動き。
というか言い争いしていないでさ、いい加減この女性の紹介をお願い出来ないですかね、ラビコさん。
「ラビコ、その女性は……」
『きゃははははは! アタリきたーーー!!』
俺がラビコのお仲間だという女性のお名前を聞こうとしたら、空間中に聞いたこともない陽気な声が響き渡る。
な、なんだこの声……発生源がおかしいぞ……外? ダンジョンの中じゃなく、壁の向こう側の空間から声が響いてくる感じ。
「ベッス!!」
愛犬ベスが警戒音。
まずい、こいつ……普通じゃないぞ!




