五百二十五話 地下迷宮ケルベロス 4 ラビコの元仲間様
「しかし誰もいないな。地下九層までなら普通に冒険者がたくさんいるかと思ってた」
地下二階層から地下三階層に降りるが、ここまで他の冒険者たちに出会うことがなかった。
いやまぁアプティさんが縦横無尽の活躍で、俺たちはモンスターすらチラ見程度でしか確認出来ていないんですがね……。
「地下十階層に出たっていう蒸気モンスターだっけ、それがマジもんでヤバイ奴っぽいからね~。多少の蒸気モンスターなら立ち向かうここのイカれた冒険者が、日々の糧である金稼ぎを諦めてダンジョンに潜らないぐらい~って結構だよね~あっはは~」
水着魔女ラビコが楽しそうに笑う。
……それってその蒸気モンスターってやつが相当強いってことなんじゃ……大丈夫なのか俺等。
「……マスター……次の階層までの道を確保しました……三百二十七……」
ラビコ先頭でロゼリィを囲うように陣形を組み歩いていたら、俺の背後にバニー娘が残像を残しながら現れた。
「ありがとう、さすが俺のアプティだ。おかげで楽にダンジョンを進めるよ」
お礼を言うとアプティが無表情にクイっと頭を傾けてきたので、優しく頭を撫でる。
「……はい、私はマスターの物です……もっと撫でて下さい……後千六百七十三で結婚……」
え、後半なんて? 声小さくて聞こえないぞアプティ。まぁとりあえず無表情ながらも嬉しそうにしているし、魔晶石が必要なほど疲労している様子もないか。
アプティって実は蒸気モンスターで、あの銀の妖狐の妹さんなんだよね。つまり、上位蒸気モンスターに区分されるクラス。
銀の妖狐ほどではないが、それでも相当の力を持っているアプティにはこの程度のモンスターは敵でもないのだろう。
それにしてもモンスターの数が多い気がするが……。
「ラビコ、俺には分からないけど、ここってこんなにモンスターが多いものなのか? 一桁階層はそこまでキツくないとか聞いていたが……」
地下三階層ですでにアプティ申告で三百近いモンスターが襲いかかってきていることになる。これってパーティー組んでいても辛くないか。
「ん~? アプティが張り切っていてさ~、通り道の周囲全てのモンスターを根こそぎ排除しているんだよね~。いや~これだけの数をあの速度で倒せるアプティってやっぱ半端ないね~。しかも本気出していないし~おっそろしいおっそろしい~あっはは~」
ラビコが地図を指し、下の階層に行く道の側の部屋、脇道、壁の中をなぞる。
根こそぎ……まぁ、おかげで本当にデート感覚でダンジョン歩けているんだけどさ。
「……あと、十階層に近いとこにいるはずのモンスターが上層に逃げて来ているっぽいね~。本来はこの半分ぐらいのモンスター密度なんだけどな~これは十階層がおっかないね~あっはは~」
モンスターが上層に逃げてきているだと?
ラビコは笑うが、それマジで十階層にいる蒸気モンスターがヤバい奴なんじゃ……。
「その、それを倒しに向かったっていうルナリアの勇者さんとやらは大丈夫なのかな。俺は勇者さんの実力を知らないけど……本物であれば余裕なのかな」
「多分無理だと思うよ~。あの女は一対多数の雑魚戦は大得意としているけど、一個体で強い蒸気モンスター相手には動きが追いきれず、自慢の大剣が使えなくて防戦一方じゃないかな~」
先に向かったっていうルナリアの勇者とやらは、今アプティが倒しているモンスターよりは少ないだろうが、それでもかなりの数を相手にし、さらに蒸気モンスターと戦おうとしているんだ、体力的にも苦戦は必死……って即答で無理ってかい。
「だから~ちょ~っと急いだほうがいいかもね~。……うん、社長にお願いがあるんだ。何を考えたのか、無謀にも地下十階層に向かった元私の仲間の女を助けて欲しい」
ラビコが俺に頭を下げてくる。
……行こう、ここからは本気で十階層まで駆け抜ける。
「すまんがデートは終了だ。アプティ、地下十階層までの最短距離を駆け抜ける、その力を貸してくれ。クロ、魔晶銃の用意を頼む。場合によっては柱魔法をお願いするかもしれん。ロゼリィは俺の側を離れないでくれ。ベス、準備はいいか、行くぞ」
皆に声をかけ、俺は地下十階層までの最短距離の地図を頭に叩き込む。
「……承知しました、マスター」
「おぅよ! ラビ姉の頼みってんだ、もちろん協力するぜぇ!」
「は、はい! が、頑張ってついていきます!」
「ベッス!」
全員の顔を見て頷きあい、俺たちは急ぎ地下十階層を目指す。
ラビコはあの女、と言った。本物のルナリアの勇者さんは男だよな?
十階層に向かったという人物が広まった噂の張本人だというのなら、ルナリアの勇者が復帰したっていう噂はやはり嘘で、ラビコはこの騒ぎの真相をどこかの段階で気付いていたってことか。
元仲間、か。それが誰であれ、ラビコが頭を下げるクラスの大切な仲間だというのなら、俺は全力で助ける。
「多分なんか背負っちゃったんだと思うんだ~……。話を聞きたい。元仲間だからこそ余計にルナリアの勇者の名前を使ったことが納得出来ないし、使わざるを得ないその段階まで追い詰められていたのなら、その理由を知りたい」
ルナリアの勇者の元パーティーメンバーだったローエンさんにジゼリィさん、ガトさんは徹底的にルナリアの勇者の情報を出していない。もちろんラビコも。
彼の行動に理解を示し、今でも信じているからこその行動なのだろう。
それなのに、元仲間だったというその女性はルナリアの勇者の名前を世間に露出させた。
何か理由があるのだろう。
ラビコ曰く、何か背負った、か。
……話を聞こう。そしてその為には地下十階層に向かった彼女を助けなければならない。




