四百九十五話 お姫様お姫様お姫様 6 朝ご飯とソルートン観光様
「うん、美味しいぞ。これがジゼリィ=アゼリィ本店所属シェフ、ボーニング=ハーブ殿の手腕か。朝からこんなレベルの高い物が食べられたら、今日の仕事のやる気も……と、いかんいかん、私は休みにソルートンに来たのだった」
朝七時半過ぎ、宿のいつもの席に座り、いつものモーニングセットを注文。みんな揃って美味しくイケボ兄さんが作ってくれた朝ご飯をいただく。
いつもと違うのは、俺の左右の席に王都から休暇で来たサーズ姫様にハイラがいること。アーリーガルは正面の席。
普段だと左に宿の娘ロゼリィ、右に水着魔女ラビコ、正面にバニー娘アプティが座ることが多いので、ソルートンなのにペルセフォス王都組が周囲にいるのは不思議な感じ。
さっきの足湯会議でサーズ姫様御一行の正体がバレないようにするため、三人は俺の親戚という設定で、呼称もそういう感じにしようということになった。
サーズ姫様の立ち位置がお姉さん、ハイラが妹、アーリーガルはざっくり親戚の人……いや、お兄さんなのかね。まぁそんな。
「しかし客席の真ん中に調理スペースがあるのは素晴らしいアイディアだな。直接シェフから出来たての料理を受け取れるとか、ちょっと心がわくわくしてくる。なぁ弟よ、追加でケーキを頼みたいんだが一緒に行こうじゃないか、はは」
サーズ姫様が大興奮でイケボ兄さんが作ったモーニングセットをたいらげ、キョロキョロと食堂内を見回しカウンターに貼ってあるメニューを指す。
「サー……えっと、ね、姉さん、朝からケーキは張り切りすぎじゃ……。そういうのはお昼にどうでしょうか……」
サーズ姫様を姉さんって呼ぶのは慣れねぇな。街の人である俺が王族であるサーズ姫様との身分の差を飛び越えて姉さんと呼ぶには、足湯会議から三十分ちょっとの時間じゃ助走距離が短すぎた。
「姉さん、姉さんか、いいな……君にそう呼ばれると思わず襲いかかりそうになってしまうぞ、はは」
朝から怖ぇなこの人……。サーズ姫様ってこんな肉食系の人だったっけ……王都で騎士学校に通わせてもらったとき以来しばらく会っていなかったから忘れていたが、思い返したら俺に跨がりたいとか言ったり、結構それ系の人だった。
「うま、うま、うまー! これが先生が毎日食べているご飯……! それを私が味わったということは、ついに同棲生活が始まったということですよねっ! 分かりました、先生がそう望むのならばすぐに騎士を辞めてソルートン民になります! あ、妹なんだから同じ部屋で生活するのが当然ですよね」
俺の左隣りの席で鼻息荒く焼きたてパンと野菜スープを吸い込むハイラ。
ハイラは俺より三つも年上なのだが、なぜか親戚の妹という設定になった。今は同じご飯を食べたから同棲ですよねとかおかしな発言をしているが、普段のハイラの言動は甘えっ子の妹っぽいんだよね。普段も多少おかしな思考しているけど。
「うん、これこれ。思い出すなぁ、ラビコ様から依頼を受けて初めてソルートンに来たときのことを。公園で普通に姿隠しを見破られて、君の愛犬に僕の剣を粉砕されたっけ、あはは。そうだ、夜には思い出のシチューを注文してみようかな」
正面に座っているアーリーガルが虚空を見上げ言うが、お前の剣砕いたことまだ覚えてんのかよ……。いい加減弁償すべきか?
「おお、それは覚えているぞ。我が国自慢の隠密アーリーガルがソルートンから帰ってきたと思ったら、剣が砕かれた状態だったからな。アーリーガルが隠密任務を失敗するなど一度もなかったから、一体どこの国の同業強者と戦ったのかと不思議だったよ。それが君だったとはな、ははは」
サーズ姫様も覚えている、と。ええと、正当防衛ってこっちの異世界にもある言葉? あるならそれを主張して逃げ切る気満々だけど。お高いんだろ? アーリーガルの剣……。
「ちっ……もう十分休んだろ? 朝飯食ったら帰れよペルセフォス組ぃ~」
いつもの席に座ろうとしたら、サーズ姫様とハイラに俺の親戚であるという設定を主張され、さらにゲストである我々を優先すべきだと俺の右隣りを奪われた水着魔女ラビコが不機嫌な声で言う。
ラビコ、サーズ姫様達のお休みは今日の朝、今さっき始まったばかりだぞ。
「よし、では行こうか弟よ。しっかりと姉である私をボディタッチ多めで満足させるのだぞ? はは」
朝ご飯も食べ終えた午前八時、ペルセフォス組の皆さんが街を見たいと言うので、俺が一人ずつ案内をすることに。
最初はサーズ姫様。楽しそうにニッコニコ笑っているところ申し訳ないのですが、何でもある王都に比べたらソルートンなんて見るとこないっすよ。
「ちっ……いいかクソ変態、ちょっとでも社長に変なことしてみろ……地形が変わるクラスの雷で消し炭にしてやるからな!」
俺が一人ずつ案内することに最後まで抵抗していた水着魔女ラビコが、キャベツを杖にぶっ刺して脅してくる。ちょっとお昼まで街を案内するだけだぞ、なにをそんなキャベツまで刺してマジモードなんだよ。
「姉が弟を可愛がって何がおかしいというのか。他人が姉弟の関係に口を出すものではないぞ? はは」
マジモードのラビコの脅しって本気で怖ぇんだが、サーズ姫様は顔色変えず普通に言い返せるんだよな。さすが王族として数々の場数を踏んだ、経験からくるメンタルの強さってやつなのか。
あと俺発案ではあるが、ペルセフォス組の皆さんを親戚設定したのは間違いだった。サーズ姫様は頭の回転が早いから、すげぇ上手くラビコを牽制するのに利用されてますわ。
「まぁまぁラビ姉、キングに女を襲う度胸なんてねぇって。あと女から迫られたって、キョドってビビって逃げておしまいだって。そこはキングを信用してやろうぜ、にゃっはは!」
「そ、そうですよラビコ。強引にとかはありえません! 彼はとても優しい心の持ち主なのですから、絶対に大丈夫です! それに女性からちょっと迫られた程度でどうにかなるのでしたら、私達はこんなに苦労していません! 絶対に泳ぎ目になってスルリと逃げます!」
猫耳フードをかぶったクロと宿の娘ロゼリィが間に入ってくれたが、それさ、怒りモードのラビコを抑える方向に多めに割り振ったせいで、軽く俺の清き童貞の心をブロークンしてない? ……まぁ言われたまんま、女性を上手くエスコート出来ないから今後も俺は誇り高き童貞なんですけどね。
「……マスターは昨夜少々興奮されていたのか、多めになされていたので性欲はある程度大丈夫かと……」
クロが言い出した俺が女性を襲うかも、という情報にバニー娘アプティさんが無表情に反応。
「ちょ……ヘタレな男とかは正解だからいいけど、夜のプライベートなお祭りの盛り上がり具合いの情報は言わないでぇぇ……! つかまた見ていたのかよアプティ!」
クロとロゼリィはまだいいとして、アプティさん……その情報は言わなくてもいいんじゃないっすかね。いや分かりますよ、昨夜俺が多めにカーニバったから、欲のままにサーズ姫様を襲うことはないですって俺をフォローしたかったんだろうって。
アプティの正体は蒸気モンスターで、あまり人間の文化を理解していない&喋りは苦手、さらに一応俺をフォローしようとしてくれた。だから怒ることは間違っているけど、いや怒っていいでしょ、ここ!
だって王族様であられるサーズ姫様がこの宿に、俺の家があるこの宿に寝泊まりしてんだぞ? そら健全な十六歳の少年なら興奮すんだろ。ええ、当然サーズ姫様とハイラ、複数に迫られる感じの想像の翼を夜に羽ばたかせました。
いつもはソルートン組の皆さんを使用させていただいているのですが、普段とは違うメンバーのイメージプレイは正直最高でした。
「ぶっ……あっはは~! 社長ってば行動が分かりやす~! 多めってどのぐらいしたのさ~。ちょ~っと周りに女が増えたらすぐにこれだもんな~あっはは~」
ラビコがマジモードからいつもの間延びした感じの喋りになり、大爆笑しながら俺の肩をバンバン叩いてくる。
……まあいいか……ラビコの怒りモードが解除されたっぽいし、俺のカーニバルの内容が多少漏れたぐらい安いもんだろうか。
「ほぅ、それは私も興味があるな。君はどういうものが好みなのか知っておきたいしな」
サーズ姫様もニヤニヤ乗ってきたが、これ以上はご勘弁を……。つか女性が知って面白い情報じゃないっすよ!
「あー! そういえばセレサさんが言っていました、先生の部屋にはエロ本があるって! 多分それを使ったんじゃないですか?」
女性版オレンジジャージを着たハイラが思い出したかのように言う。いつのまに正社員五人娘のセレサと仲良くなったんだ……ってそういや昨日出会った瞬間言い合いになったけど、急に意気投合していたな。
なんにせよ、出会って一日で俺のエロ本のこと言うなよセレサァァ!
「よし、それは素晴らしい情報を得たなハイライン、お手柄だ。すぐに彼の部屋に行き、中身の情報全てを得てくるんだ。私はこれから彼と、おっと、弟とデートなので後で詳細を報告するように」
「わっかりました! セレサさんから先生の部屋のマスターキーが事務所にあると聞いているので侵入はたやすいかと! ではハイライン=ベクトールはこれより特殊情報収集任務にあたります!」
サーズ姫様がビシっとハイラに指示を出す。あれ、休暇で来たんじゃなかったんすか……。
「ごめん、僕じゃこの二人は止められないんだ……。ごめんよ」
上司部下の関係の二人の後ろで、もう一人の部下であるアーリーガルが申し訳無さそうに小さい声で呟く。
あかん、こいつなんの防波堤にもならんイエスマンかよ! 一度は拳を合わせた戦友の危機なんだぞ、ちょっとは上司に歯向かってみせろよ! お前と戦ったのは俺の愛犬ベスだけど。
大爆笑する水着魔女ラビコ、エロ本については自分の管理下だけどどうしようと困った顔のロゼリィ、厨房から正社員五人娘のセレサを呼ぶクロ、自分起因でこうなったという自覚がない無表情娘アプティというソルートン組。
部下に情報収集を命じ、俺の腕をぐいぐい引っ張り外に出ようとするサーズ姫様にセレサから笑顔で鍵を受け取るハイラ。本当に申し訳無さそうな顔をしながらカウンターへ向かい、デザートの新鮮なオレンジの乗ったケーキを頼むアーリーガルというペルセフォス組。
ここには味方が一人もいねぇ。
頼みの愛犬ベスは部屋で寝てるし。……いや、ベスが俺のエロ本を守って必死に戦う……ことはないな。多分騒がしいから起きるけど、すぐに興味なさそうにあくび一発でまた寝るだろうな。
あのエロ本、一体何人の女性に先に読まれるんだ。




