四百九十一話 お姫様お姫様お姫様 2 ソルートンにお姫様が騒動様
「……というわけで、魔法というものはどれだけその形を正確に素早く頭に描けるかとなる。例えばリンゴを想像し、立体的なリンゴの絵をどれだけ美味しそうに、それが酸っぱいのか甘いのか、その味すら分かるように描けるか、と考えられるだろうか」
ソルートンで開かれている体験型騎士教室。
王都から現役の騎士が来て子供達に指導してくれるという人気のイベント。
ペルセフォス国内を順に巡っているそうだが、今回やっとソルートンでの開催となったとか。タイミングによっては実績のある騎士が来てくれ、地方に住む人にとっては人気だったり名のある騎士に間近で触れ合える貴重な機会。
子供用、子供向けとなっているが、大きなお兄さんでも後ろの立ち見席なら参加出来るんだとか。
ならば、と意気込み俺は朝一で並び、立ち見席の一番前を確保し魔法を覚える気満々だったのだが、そういや水の国オーズレイクでメラノスが講師として全国を巡っていると聞いたのを思い出し、担当の講師が入れ替わるたびに、次はメラノスが来るのでは……と怯え授業内容がちっとも頭に入ってこない。
そして時間的に最後だろうというタイミングで司会のお姉さんに紹介され現れたのは、人気も実績も国内トップ、どころか世界でも屈指の実力者として名を知られているペルセフォスの冠ネームを背負いし王族、サーズ姫様。
俺は口をあんぐり開け、あまりの驚きでサーズ姫様の授業内容を右耳から左耳に素通り状態。
な、なんでお忙しい身の上のサーズ姫様がこんな田舎の港街に来ているんだ……。
「では子供達には今から丸いボールを配るので、それに色を塗り自分なりのリンゴを完成させてみよう」
状況が理解出来ずぼーっとしていたら、前の席にいる子供達全員に白く柔らかいボールと色を塗る道具が配られた。これが魔法の仕組みなの? 俺にはさっぱり分からないのだが。
「そうだな、後ろに集まってくれている一般の人からも一人代表として参加してもらおうか。……えーと、そこの目立つ全身オレンジの少年、そう君だ、私の横に来てもらおう」
サーズ姫様が立ち見席の方を見ると、周囲の男達がものすごい勢いで手を上げアピール。……が、サーズ姫様がニヤと微笑み指したのは俺。
周囲の男達の激しいブーイングを受けながらステージに向かい、サーズ姫様の横へ。俺なんもしてねぇだろ……。
「では少年も色を塗り、リンゴっぽく仕上げてみてくれ」
サーズ姫様の横に用意された席に座り、俺も白いボールを塗りリンゴを作ることに。よく分からんが、授業の邪魔をしないように適当にやって早く終わらそう。
子供達には他の講師として来ている騎士達が数人で見て回り、優しく指導をしている。
「……なんでサーズ姫様がソルートンにいるんですか……しかも俺をステージに上げるとか……」
色を塗りつつサーズ姫様に小さな声で言う。サーズ姫様は本当に王都でのお仕事が忙しく、そうそう移動に時間のかかる田舎には来れないと思っていたのだが。
「なんでと言われても、体験型騎士教室の講師で来たのだが? 将来のペルセフォスを背負う子供達に少しでも知識を伝え、騎士というものに興味を持ってもらいたい、それだけさ。あ、ほら塗料に混ぜる水分は適量にするんだ」
相変わらずお美人様なサーズ姫様がニヤニヤと笑い、体を密着させてくる。ち、ちょっと、ここみんなから丸見えのステージなんですって、ああ……髪からええ香りが……ああ、お胸様が腕に当たるぅぅぅ……。
「おい、あの男わざと……許せねぇ!」
「俺達のサーズ姫様を強引に引っ張って体触ってんぞあいつ!」
男達の殺意が俺に集中。
左手にボール、右手に色を塗る筆を持っているのに、どうやったらサーズ姫様を強引に引っ張れるんだよ……!
「そうじゃなくて、サーズ姫様はお忙しい身じゃないですか……お仕事とはいえ、こんな田舎街に自ら来なくても……」
「はは、これも私の大事な役目さ。ソルートンに体験型騎士教室の講師として、さらに私が進めている別件の事業でも用事があって来た。君が教室に参加していて驚いたが、いるのなら君にベタベタしておこうと思ってな」
大事なお仕事なのは分かりましたが、俺にベタベタするのはどういう理由なんすかね……。おかげですっげぇ男達の怒りの感情が、どストレートに俺に突き刺さってくるんですが。
……でもまぁ、役得でサーズ姫様のいい香りの髪とお胸様の感触を味わえたからいいか……。
「マジでびっくりした……」
体験型騎士教室も終わり、記念に貰えた「騎士のおしごと」という本とリンゴっぽく塗ったボール片手に冒険者センターを出る。
冒険者センター周囲はサーズ姫様見たさに押し寄せた住民でとんでもない大混雑となっていて、王都から来た騎士と冒険者センター側で雇った警備員が処理に追われている。お疲れ様です……。
子供向けの魔法教室なら俺でも理解出来るのでは、と期待していたが、居もしないメラノス来襲に怯えたり、あのサーズ姫様がソルートンに来ていたりで頭がパンク。授業内容は一ミリも頭に入ってこなかった。
「はぁ~!? ソルートンに変態が来てんの!?」
何しに行ったか分からない冒険者センターから宿に帰り、お昼ご飯。
俺の面白失敗体験記を聞こうとニヤニヤ待っていた水着魔女ラビコにさっきの事を言う。サーズ姫様が来ているという情報にラビコがマジで驚く。
ラビコが知らないってことは、本当に情報隠してソルートンに来たのか、サーズ姫様。まぁ事前に知らせてしまうと、来る前から街が大混乱になりそうだしな……。
「ああ、騎士教室が終わったら何か別のお仕事の打ち合わせ、それが終わったらソルートンの代表者とか名のある人たちとの晩餐会とか言っていたな」
「ほ、本当にサーズ様がソルートンにいらっしゃっているのですか? 王族の方が交流目的でソルートンに……なんだか信じられません……」
宿の娘ロゼリィも俺の左隣でエビ多め海鮮パスタを食べながら驚く。
俺が知る限り、サーズ姫様は過去二回ソルートン付近に来ている。
一回目は俺が初めてサーズ姫様と出会った近くの山。あれはベルメシャークという蒸気モンスターとソルートン上空で戦っていたとき。
二回目はソルートンが銀の妖狐に襲われたとき。ラビコからの救援要請を受け王都から飛車輪を飛ばし、部下であるブランネルジュ隊を引き連れ砂浜に来てくれたとき。
つまり戦闘絡み以外の、ロゼリィが言うように交流目的で訪れたのは初なのではないだろうか。
「本当かぁ? キング。サーズ様ったら王都ですら仕事が忙しくて、もう一人サーズ様がいないと休みがないぐらい多忙の人だろ。そんな人が長時間の移動があるソルートンなんかに来るかぁ? ラビ姉も知らねぇって言ってるし、しかも王族でお姫様だぞ? ありえねぇってニャッハハ!」
しぼりたてオレンジジュースのおかわりを頼みつつ大股開きでクロが笑うが、ここに普通にいるあんたは魔法の国セレスティアの王族でお姫様だろ。あとスカートではないとはいえ、足閉じろクロ。
「……アップルパイ……アップルティー……やはりこの宿は最高です」
正面のバニー娘アプティが、自分の好きな物だけが広がっているテーブルを見て無表情ながら喜んでいる。
……蒸気モンスターのことはよく分かんねーが、アプティって水の種族のリーダーである銀の妖狐の妹なんだよな。ってことはアプティは地味にお姫様的な立ち位置とも言えるのかね? いや知らないけど。
「兄貴ぃ! もうサーズ様帰るってよ! あーくそぅ……チラっとしか見えなかった……でもすっげぇ美人で巨乳だったぜ! ほらそこのバニーちゃんぐらい」
お仕事の邪魔をするわけにもいかないので、ってかサーズ姫様がいるという建物辺りはもう人混みで近付けないので宿でおとなしくしていたら、世紀末覇者軍団が慌てて走ってきて俺達に情報を持ってきてくれた。
このあいだエロ伯爵の残したエロ遺産探しでパーティーを組んだモヒカン一号よ、俺の周りにラビコ、ロゼリィ、クロ、アプティ、そして今俺に紅茶ポットを持ってきてくれた正社員五人娘の一人セレサがいるのが見えないのか。
美人で巨乳っていう情報は女性の前ではやめろ。ロゼリィが俺に変なお友達が出来たと不安そうにしているだろ。
そしてチラっと見ただけでお胸様の大きさを具体的に把握出来るのはすごい才能だ。ただ、その物差し的な基準を俺のパーティーメンバーの女性で測るのはよせ。でも確かにサーズ姫様はロゼリィ以下ラビコ以上のアプティぐらいだったな。うむ、この思考……俺も同類だった。
「せめて見送りに行こう!」
時刻は夜九時過ぎ。
ソルートンから王都に帰るには馬車で半日、十二時間かけて魔晶列車の駅があるフォレステイに行かねばならない。
なので普通は深夜をまたぐ出発はモンスターの被害が怖いので避けるのだが、それを押して帰るってことは相当時間に余裕のない強行軍で来たってことか。
みんなで走り、ソルートン北側にある馬車乗り場へ。
「あ~あれかね~、あの真ん中の馬車。中でこっちに向かって手を振っているね~」
馬車乗り場には夜遅いにも関わらず、多くのソルートン民が集まっている。ラビコが指す数十台の馬車と警護の馬に乗った騎士に守られた真ん中あたりの豪華な馬車、それに確かにサーズ姫様っぽい感じの人が見送りで集まってくれた住民に手を振っている。
残念……まともに挨拶も出来なかったか。まぁまた王都に行けば会えるんだけどさ。
しかし……なんかサーズ姫様の雰囲気が違うような。手を振っているが、細かな体の動かし方が普段と違う。
見送りも終わり、集まったソルートン民もそれぞれの家へと向かい出す。
「短時間とはいえ、あのサーズ様がこのソルートンにいたのですね。なんだかそれだけで嬉しくなってきました」
俺達も宿に向けて歩き出すが、ロゼリィがニコニコと興奮した様子。
まぁ有名人が自分の住んでいる街に来てくれたって感じだろうし、なんか嬉しいのは分かる。
「あ、いました! いましたよ! 先生発見ですぅ!」
サーズ姫様が帰られた、と情報も広まり、ソルートンに有名人が来たという騒ぎも収まりつつある夜十時頃、もうすぐ宿というところで俺の腰に脳がブレるほどの衝撃が襲う。
「フンフンフン、あああ……先生のお尻の筋肉の感じ……最高ですぅ。あ、ついでにズボンを下げてソルートン組の皆さんに乱暴されていないか中身の無事を確認して……」
いきなり俺の腰に女性が抱きついてきて、俺の尻に顔を埋め左右に振る。な、なんだこいつ! ち、痴漢ー! いや痴女?
涙目で叫ぼうとしたら、流れるような動きでジャージのズボンを下げられそうになる。や、やめろ……なんだこの慣れた感じの一連の動きは……! 痴漢行為のプロか!
「こら、そういうスキンシップは立場上この私が先だろう。騎士教室のときだって、人前だから軽く抱きつくだけで私は我慢したんだぞ」
「も、申し訳ございません……! どうしても我慢が出来なくて……では私が抑えておきますので、どうぞ先生のお尻の感じを頬で味わって下さい」
後ろからもう一人の立場が上っぽい女性の声が聞こえ、腰にまとわりつく女性を諌める。
「……いい加減にしろ~! この変態コンビ!」
「ふぎゃああ!」
水着魔女ラビコが紫のオーラを放ち、俺の腰にまとわりつく女性に雷魔法を落とす。ああ大丈夫、威力ゼロのラビコお得意のダミー魔法だ。軽いショックはあるけど。
雷を食らった女性が悲鳴を上げ、力なく地面に倒れ込む……かと思ったら、俺のズボンにぐいっと手を引っ掛けてきてそのまま俺の股間がフルオープン。
「うわああああ! ちょっ……ってハイラ……か?」
「はい先生! 先生の都合の良い愛人、ハイライン=ベクトールが王都から緊急参戦です! はうぅ、やっぱり先生のはすごいですぅ……」
ただでは転ばないたくましい精神を発揮し、ハイラが俺のフルマグナムを見上げている。
ロゼリィとクロとアプティもじーっと俺のを見ているんだが、さすがに悲鳴あげてもいいですかね。
「はは、出会ってすぐにこの騒ぎ、やはり君といると心がわくわくする。やぁ、午前中以来だな。サーズ=ペルセフォス、ハイライン=ベクトール、アーリーガル=パフォーマの三名、今日からしばらく君の宿のお世話になるよ」
涙目でズボンを上げつつ見ると、ちょっと変装はしているものの、間違いなくそこには本物のサーズ姫様が笑顔で立っていた。




