四百八十六話 俺のこの手に魔法を 4 エロ伯爵の廃墟と犬達の楽園様
「あ、兄貴……! あった……本当にあったよ建物が! すげぇ、やったんだ俺達!」
モヒカン一号が涙を流し、快晴の青空に向かって吼える。
今俺達がいるのは、ソルートンから馬車で二時間ほどの場所にある山の中腹。パーティーメンバーは世紀末覇者軍団の筋肉二人と俺とベス。
本当に手付かずの獣道ぐらいしか無い、素人が入るには危険な山。俺達はそこに眠るという伝説のエロを求め入山。
日帰りの予定だったのだが、世紀末覇者軍団の二人が仕入れてきた地図が真っ赤な偽物と判明。結果、山の地形を見てその場の判断でさまようことになり、遭難。……山登り素人だし。
山の洞窟で夜を明かし、二日目のお昼、ついに俺達は目的の建物に到着した。
なんか途中から夜の洞窟で仲間になった数十匹の野犬達が率先して歩き出し、俺達がそれに首を傾げながらついていく、という形に。愛犬ベスも何の抵抗もなく野犬達についていくので危険は無いだろうと思っていたのだが、まさか目的だった場所に辿り着くとは……。
「ああ、やったんだ俺達。しかし喜んでいる時間はないぞモヒカン一号。すぐにこの今にも崩れ落ちそうな廃墟を調べ、日が落ちるまでに山を出ないと、本当に命がやばい」
持ってきた食料も尽き、山登り素人の俺達の体力はもう限界に来ている。今俺達が動けているのは、そこにエロがあるから、という純粋で繊細な想いのみ。
もし噂だけが独り歩きをし、エロ伯爵が隠したというエロい物が無かった時、俺達は二度と立ち上がることが出来ないだろう……というのは大げさだが、マジ膝から落ちてしばらく動けなそう。
「しかし、英雄さんよ、なんか様子がおかしくないか? 噂では数百年前の豪商が建てた別荘で、場所はその豪商しか分からないように情報を封鎖して誰も近付けないようにしたって聞いたが……」
髪型ドレットヘアーの世紀末覇者軍団二号が、不思議そうに建物の周囲を指す。
確かに数百年放置された建物なんて言うんだから、草ぼうぼうの木も生え放題だと思ったのだが、建物の回りの雑草はそれほど生えておらず、何かが長いこと踏み固めたような平坦な土になっている。
さすがに建物は噂通り、数百年人が住まなかった感じで朽ちているが。
「ワンワン!」
俺達を先導してくれた野犬の一匹がその建物にささっと入っていき、すぐに何かを口にくわえ戻り、俺の前にそれを置く。
「なんだ……って、ほ、ほ、骨ぇ! まさか人骨……!?」
「違うぜ兄貴、これクマのこの辺の骨だ」
モヒカン一号が置かれた骨をマジマジと眺め、自分の肋骨あたりを指す。
ク、クマ!? やべぇ、ここクマの住み処になっているのか!? すぐに逃げないと……!
俺がマジでびびっていると、廃墟の中から子犬達が数十匹飛び出してきて、ワンワン元気に吼え俺達の周囲を楽しそうに走り回る。
「……もしかしてここ……この野犬達の家になっているんじゃ……」
こっち方面に向かいだしたら、野犬達が先頭に立ちここに誘導してくれた。そして俺達の前に置かれた人数分の骨。多分俺達を新たな仲間だと認識して住み処に案内してくれ、食べ物を出し歓迎してくれたんじゃ。
「可愛いな、子犬。俺、小さいころ子犬飼ってたんだがよ、ある日逃げちまって……悲しかかったなぁ。元気かなぁどんぐり」
ドレット二号が優しい目で子犬を撫でる。
……なんか過酷な環境にも関わらずたくましく生きている野犬達を見ていたら、エロとかどうでもよくなってきたぞ……。
い、いやダメだ……正気を取り戻せ、俺!
ここまで命がけで来たってのに、犬可愛いで終われるかっての。それに可愛いならうちの愛犬ベスが世界一なんでな。
「行くぞお前等! 犬は後で愛でるとして、俺達の目的はそうじゃないだろ! ゴートゥエロ! 通称エロ伯爵と、後世にまでその名で語り継がれている伝説の豪商が必死に隠したエロい物。俺達はそれを探しに来たんだろ! ついてこい一号二号! エロを追い求めることは人として必然。伯爵が残した想いを受け継ぎ、噂が夢まぼろしではなかったと俺達が証明するんだ。至高のエロを我が手に! さんっはいっ!」
俺は可愛い子犬の映像でいっぱいになった頭を振り雑念を払う。
「エロを我が手に……でもよ兄貴、ここまで来といてなんだけど、そこまで隠したかった物を暴いていいもんなのかな……。俺、子供の頃隠してたエロ本親に見つけられた時、絶望で世界が覆われた感じになってよ、ショックで数日家出したぐらいなんだけど……」
モヒカン一号が可愛い子犬に肩まで乗っかられ、出発時にあった気高きエロの翼を折られてしまったようだ。
「それはお前の覚悟が足りなかったからだ! 自分が好きな物を誇らず、何を胸に抱き生きていくというのか! エロこそ俺達の誇り……そうだろう!」
「……覚悟か。そうだな、アンタの言う通りだぜ。半端な覚悟じゃこの厳しい現実を生き残れない。例え現実でモテなくても、自分の好きな物はこの胸に誇りたいよな。よし、行こうぜ英雄! 安い命だが、この想いと命はアンタに預けるぜ」
俺の言葉にドレット二号が正気を取り戻したようだ。
男三人が興奮気味に肩を組み、空に向かって吼え覚悟を確かめ合う。
「う、うわぁぁぁ! 階段が腐ってる、兄貴……兄貴ぃー!」
「落ち着け、階段は使わず、持ってきたロープを引っ掛け登るんだ!」
意を決し建物内部に侵入。絵に描いたような廃墟。
犬達が長年住み処にしていたらしく獣臭がすごいが、彼等がトコトコ先導して歩いてくれたので、安全な道が分かりやすかった。
なんとか二階に上がってみたが、とくにそれらしいものは無い。
一階に戻り念入りに調べていると、犬達がくいくい俺の足を突いてくる。なんだ? と思いついていくと、台所と思われる小さな部屋の床に、地下に続く階段があった。
二階に登る用の木の階段とは違い、石で作られたかなりしっかりとした階段。慎重に階段を降り、地下にあった天井の高い部屋に出る。
「ホコリがすげぇ……ってうわっはぁ! だ、誰かいるふぁぁぁ!」
手で口を覆い周囲を見る。地下室で暗いのだが、天井の一部が壊れ、外の太陽の光が筋のように差し込んでいる場所がある。
まるでスポットライトのように光を浴び、直立不動で立っている髪の長い女性。俺は驚き慌てふためき、盛大に尻もちをついてしまった。
「兄貴! どうしたんすか兄貴ぃ!」
「おい無事かアンタ! ……ってなんだこりゃ。裸の女の石像……?」
俺の尋常じゃない悲鳴に筋肉達とベスが駆けつけてくる。せ、石像?
「本当だ、石像だこれ」
あまりにリアルな感じで本物の女性かと思ったが、これは相当精巧に作られた髪の長い女性の石像だ。
近付き見てみるが、リアル等身の全裸の女性の石像で……その、なんていうか美術品という雰囲気ではなく、大きなお胸様も先端描写アリのエロい感じで作られている。簡単に言うとエロマネキンって感じ。シルエットだけでいうなら、水着魔女ラビコの肉付きに近いかな。
しかもどういう技術なのか、全身フルカラー。
現代のエロ絵師も裸足で逃げ出すほどの、相当に念入りに、エロ方面に全力で塗られている。色がかなり発色良く残っているって、地下で保存状態が良かったのかね。
「胸の感じとか最高だぜ、この女! あ……下のほうは足閉じていて見えないのか……くそぅ」
モヒカン一号が嬉しそうに女性像のお胸様部分に触りながら、下半身も確認。うん、足閉じていて見えないな。
「おお……感触は石だが、雰囲気は本物の女性を触っている感じになるな、へへ」
ドレット二号も惚けた顔でお胸様を触る。ず、ずるいぞお前等、リーダーである俺を差し置いてぇぇ!
「お、俺も……触らせていただきます……って犬が、なんだお前等?」
俺は手を合わせ頭を下げる。ゴクリと喉を鳴らし、なんとなく似ているラビコを頭にイメージしながらお胸様に触ろうとしたら、野犬達がその女性像の足元に集まり、体を寄せ甘えだした。
「ベッスベッス」
愛犬ベスがそれを見て俺の足に絡みついてくる。
「あれ……? あれ、これ……! この首輪のプレート……俺の書いたどんぐりって文字が……ど、どんぐりだ! これ俺が子供の頃飼っていて逃げてしまったどんぐりの……」
ドレット二号が女性像の足元に落ちていた首輪を拾い驚き、後半涙声で喋りだす。
聞いてみると、今から二十年近く前に飼っていた子犬。五歳ぐらいだったドレット少年が散歩させていたが、持っていた紐を離してしまい逃げてしまったとか。
二十年……さすがに野生ではもうお亡くなりになっているだろう。
「ど、どんぐりぃ……そうか、ここに来ていたのか……」
……ああ、そうか。
野犬達がやけに俺達に懐いてくるな、と思ったが、こいつら元々人間に飼われていた犬達だったのか。
何かの理由で逃げてしまったり、捨てられたりして、行き場をなくした彼等が行き着いた場所がここである、と。
そしてそこにあったリアルな女性像。
彼等は石像の彼女を新たな飼い主だと思い甘え、寄り添い、ここで生きてきたのだろう。
「……帰ろう。ここには何も無かった。噂はやっぱり噂だった、そういうことにしておこう」
もしここを誰かに教えてしまえば、エロに興味をもった輩が荒らしてしまうかもしれない。そうしたら、ここで平和に暮らしている犬達がまた居場所をなくしてしまうかもしれない。それだけは絶対に許してはならない。
俺達はここの情報を隠し、静かに暮らす彼等を見守らなくてはならないんだ。
犬達に別れを告げ、俺達は下山。
数時間山中をさまよったところで、急に背後にバニー娘アプティさんが現れ、俺達はなんとか命を繋いだ。
ラビコも来ていて「日帰りとか言っていたのに帰ってこないから~馬車の人に聞いてアプティと助けに来てやったんだぞ~。で、何しにここに来たのさ。……はぁ? さんざん心配かけておいて理由を言えないっての~?」と厳しい尋問を受けたが、俺達は口を閉じ、何も語らず土下座で謝り続けた。
宿に帰るとロゼリィに泣きながら抱きつかれ、心配してくれていたクロにも正社員五人娘にも頭を下げ謝った。本当にすいません。
夜、ソルートンから山方向を眺め犬達のことを想う。
大丈夫、俺達は彼等の楽園の情報を漏らすことはしない。
これからも安心して新たな飼い主の元、元気に過ごして欲しい。
──ひとつ心残りなのは、その、俺だけリアルフルカラーエロ石像の彼女のお胸様に触れなかったってことかな……。




