四百五十八話 花の国の王都フルフローラ 5 昼間のロゼオフルールガーデンへと盾騎士ローベルトの憧れ様
「王都はここフルフローラ! なのに最近では港街ビスブーケが王都だと思われているとも聞く! 確かにビスブーケは魔晶列車が通じ大きな港があるフルフローラ最大の街、いや、むしろ王都より人口が多く……観光ガイド本にも花の国フルフローラといえばビスブーケが人気ナンバーワンと……それはそれでいいのだが、王都にもっと脚光を……! 外貨を……!」
花の国フルフローラ王都内のお城。
お姫様であるローベルト=フルフローラ様のお誘いで紅茶をいただいているのだが、座っていた豪華な椅子に足をドカンと乗せ熱弁を始めてしまった。
港街ビスブーケには何度か行ったが、確かにあっちのほうが栄えている感じ。
一般庶民である俺とロゼリィはどうしたらいいか分からず、気まずい雰囲気で下を向いてロイヤルティーを飲むことに専念。
同じく王族であるクロはちょっと興味あるらしく、猫耳フードをかぶり下を向き紅茶をいただきつつ、耳だけそちらに向けている。王族様の前でフードをかぶるのは基本アカンのだが、ラビコが彼女は目が光に弱く、フードで和らげないと視力に支障が出るから、と言ってくれ許してもらえた。
ラビコが言ったから許してもらえたんだろうけど。
「……これ最高に美味しいです、マスター」
騒ぎにも我関せず、アプティがいつものマイペースで紅茶を飲み干し、俺に向かって無表情ながらも興奮した感じで感想を言ってくる。お、紅茶に厳しいアプティに最高に美味しいと言わせるとは、さすがロイヤルティーですなぁ。フルフローラのお城内でしか飲めないのが残念。
「あっはは~いいぞローベルト~もっと言え~」
ラビコが厳しい財政状況を熱弁するローベルト様を持ち上げ爆笑。面白いことになっているからって助長しないでくれ……これ止められるの、お前だけなんだぞ。
「分かっていただけますか、さすがラビコ様! こないだこっそり団体観光客の後をつけていたら、「ここってビスブーケより田舎っぽいね」「王都なのに田舎って雰囲気~」とか悔しい言葉の数々を……! 確かに田舎王都とか否定は出来ないが、せめて歴史情緒が感じられる趣深い古都フルフローラとか言ってくれてもいいのでは!」
「田舎王都、田舎王都~あっはは~」
……だめだこりゃ、ラビコが完全に面白方向に全力だ。
ローベルト様も王族なんだから、団体観光客の後をつけるとかしないで下さい。
「ふんふん、なるほどなるほど」
大きなキャスケット帽を脱いでいるアンリーナが、ローベルト様のお話しに興味津々。ものすごい身を乗り出してガリガリとノートにメモし始めたが……商売人の魂が目覚めたのかね。
結局ローベルト様の暴走は止まらず、ラビコも乗せに乗せ、終いには大国に囲まれた小国の厳しい現実みたいな話になった。
うーん、今までは花の国フルフローラってメルヘンな感じでいいなぁと思っていたのだが、数杯の紅茶を飲んでいるあいだに見方がガラリと変わってしまった気が。
「いや失礼した。だが思っていたことを全部言えて、スッキリした感じで体が軽い軽い! うむ、では行こうか皆の衆!」
晴れやかな顔になったローベルト様が、柔軟体操みたいな動きで俺達の先頭に立つ。なんのことかと言うと、ロゼオフルールガーデンを見に行こうと思っていた夜はローベルト様の用事があって無理なのだが、昼間の今なら案内出来るとのこと。
まさか王族様にご案内いただけるとは思っていなかったぞ。
さすがに数人の騎士さんが護衛についてきた。重鎧に大きな三つ葉みたいな盾を装備した騎士で、この花の国フルフローラの騎士フォリウムナイトというらしい。別名は盾騎士。うん、確かに大きな三つ葉の盾はすごい特徴的。
なんとなくその国の代表騎士って攻撃系の騎士が多い気がするが、この国では盾の人が代表なのね。
「さぁ行こう、すぐ行こう! 我が国自慢のロゼオフルールガーデン、夜がやはり美しいのだが、昼間でもとても綺麗なんだ!」
子供のようにはしゃぐローベルト様もそのフォリウムナイトらしいが、今は騎士の制服だけで軽装。
「そういえばお聞きしましたぞラビコ様。デゼルケーノのあの千年幻ヴェルファントムを倒されたとか! まさか千年もの期間人間を苦しめたあの化け物を倒すとは、さすがですなぁ。他にも各地で蒸気モンスターを倒されたとお聞きしましたし、もはや世界最強と名乗ってもよろしいでのでは!」
「たまたま、運が良かっただけなんだ~。世界最強ね~それは名乗れないな~、だって私なんかより何倍も強い少年が側にいるし~あっはは~」
さすがにデゼルケーノでの話が届いているのか。でもきちんとラビコが倒したと出回っているようで何より。
少年、という単語に反応したローベルト様が不思議そうな顔で俺をチラと見る。うん、普通の反応かと。どう見ても俺は貧弱な、どこにでもいそうな街の人だし。そして強いのは俺じゃなくて愛犬のベス、な。
お城を出て西側に進むこと十数分、整然と並ぶ綺麗な桜が見えてきた。おお、マジで桜だ。日本出身の俺としては感慨深いし、異世界にも桜があると思うと、ちょっと嬉しい。
ここがロゼオフルールガーデンか。
「うわぁ綺麗ですねぇ……写真で見るのは夜にぼんやりとピンクに光る桜なのですが、こうやって太陽の下の桜も素晴らしいですね、ふふ」
ロゼリィが嬉しそうに桜を眺め、満足そうに笑う。
俺はどっちかっていうと昼間の桜のほうが日本で見慣れていたから、なんか安心する景色。夜はまたこれとは違った美しさになるんだろう。
このロゼオフルールガーデンの桜は普通と違い、年中美しく咲いているそうだ。夜にピンクに光ったりとか、何か不思議な力でもかかっているのかね。
しかし……きちんと整備された広大な土地に並ぶ数百本の桜自体は壮観で綺麗なのだが、なんというか物足りない感じ。
「建物はあるけど……あれはただの管理者用の物か。お店とか、休める施設とか……ないのな」
きちんと柵で囲われ、雑草も刈られとても綺麗なのだが……広大な土地にポツポツとベンチが置かれているだけで、本当にザ・公園。
観光客も結構ガーデン内にいるのだが、だだっ広い公園にはベンチしかないので数分歩いたら満足でガーデンを出ていってしまっている。
なんというか、イメージしていた「ロゼオフルールガーデン」とはちょっと違うな。綺麗は綺麗。だが遠方からわざわざ観光で来て、ただ見るだけでは満足度は低い。もっとアクションが欲しい。
ガーデンの周囲も大きな道路があるだけで、ちょっと寂れた感じ。せめて来た記念で何か買えるお土産屋が欲しい。
「同感です師匠。自然公園としてはとても素晴らしいガーデンです。この美しい景観を重視するのであれば、このままで問題はないのですが……」
お城からここまでずっと周りを測るように見、ノートに何やらメモをしていたアンリーナが、すっと俺の横に来る。
「ローベルト様がさっき嘆いていたが、もっと観光客を呼びお金を落として欲しいのなら、施設が足りないと思う。せっかくロゼオフルールガーデンなんて素晴らしいものがあるんだから、これを利用してお花見文化を持ち込めば俺はいけると思う。お土産屋さんは当然として、この美しい桜を見ながら飲むフルフローラ産の紅茶なんて最高だと思わないか?」
「いいですわね。桜の香りと景観を楽しみながら、テーブルについて落ち着いて紅茶を楽しむ。ガーデンの雰囲気も壊すこと無く、観光客の方もロゼオフルールガーデンを楽しんだという満足感が得られるかと」
俺とアンリーナが顔を寄せ合い、架空の商談をまとめていく。
「相談? 私にか? さて、何だろうか」
ラビコに頼み、ローベルト様とお話しをさせてもらう。
「身分をわきまえず失礼します。先程ローベルト様がもっと観光客に来ていただきたい、外貨を、とおっしゃっていたことのご相談です」
「いや、お恥ずかしいところをお見せした。ラビコ様と個人の席でのこと、と許してほしい」
ローベルト様が恥ずかしそうに振る舞う。
「いえ、こちらこそラビコが田舎王都などと失礼なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした」
「あ、ち、違うって~本気じゃないって~話を盛り上げようとしただけで~……うん、まぁ調子に乗っちゃったかもだけど~。ご、ごめんねローベルト~」
俺が頭を下げると、ラビコが慌てて寄ってきて一緒に頭を下げる。
「そ、そんな! ラビコ様が頭を下げることなど……! 田舎なのは事実ですから!」
頭を下げてきたラビコを見たローベルト様が、目を見開き心底驚く。
「それで相談なのですが、本日夜、一日だけこちらのロゼオフルールガーデンにお店を出すことに許可を頂けないでしょうか」
「ん? え? お、お店? ど、どういう……」
一呼吸置いて言ったつもりだったが、ローベルト様がさらに驚き目を白黒させている。
「はい。こちらのロゼオフルールガーデンの桜は夜になると美しく光ると聞きます。自分達もそれを目当てで来たぐらい、花の国フルフローラの光る桜の名は世界に通じています。ですが実際来てみると景観は素晴らしいのですが、いわゆるお金を落とすポイントが無いのです。ここに来て、見て、帰る。これだけでは満足度はなかなか得られないと思います。ここにもう一個、お金を払ってご飯を食べるアクションを加え食欲も満たしてもらい、来て、見て、食べて、帰る。このサイクルを作り、満足度の向上を目指します」
俺が簡単な図解入りの紙をお見せし、説明。
「具体的に言うと、ロゼオフルールガーデンに簡易カフェを作り、そこでフルフローラ産の美味しい紅茶と夜までに用意出来る具材で作ったパスタのセットをお出しし、観光客の方に安めにご提供しようかと。フルフローラ産の紅茶は本当に美味しいですから、絶対に満足していただけると思います。これは憶測ではなく、支店として出店したペルセフォス王都にあるカフェジゼリィ=アゼリィでは、フルフローラ産の紅茶が大人気だというデータを僕等は持っています」
俺の長いセリフにローベルト様が「うん?」「ふぇ?」といった顔をしていたのだが、後半のセリフにビクンと反応を見せる。
「カフェジゼリィ=アゼリィ! 知っている、それは知っているぞ! あの大国大都会、ペルセフォス王都で爆人気だというカフェ! 私も一度行ってみたく……というか君のお店なのか。若い身なりなのにすごいんだな、って待ってくれ……ラビコ様にジゼリィ=アゼリィ……もしやそのお店はあのルナリアの勇者のメンバーであったジゼリィ様の……?」
ローベルト様が俺の横にいるラビコを指し、ふるふると震えだす。ジゼリィ様? ああ、さすがに元ルナリアの勇者のメンバーとして世界を巡った人だし知っているってことか。
「そうさ~ソルートンのジゼリィ=アゼリィの支店を社長が王都に出したのさ~。そしたらもう大人気で~。ああ、そしてなんとここにいるのがローベルト憧れの存在である「盾のジゼリィ」の一人娘、ロゼリィさ~」
ラビコがニヤニヤしながらロゼリィの腕を引っ張る。あ、この笑い方、面白方向系のやつだ。
「!!!!!! ……な、なんと、今なんと……!」
「え? あの、え?」
ラビコのセリフを聞いたローベルト様が今までで一番驚いた顔になり、フラフラとロゼリィに近付いていく。いきなり王族様に紹介されたロゼリィはワケが分からず困惑顔。
「私の憧れ……いや、全世界の盾使いの憧れジゼリィ=アゼリィ様! あの御方のご令嬢と……! ぜひお話しを、ジゼリィ様のお話しをお聞きしたい……! ジゼリィ様は普段どんな感じで……お好きな食べ物とか、どんな服装で……あと好みの下着などもお聞き……!」
ロゼリィの両腕をがっしりつかみ、ローベルト様が大興奮で暴走をし始めた。
そうか、そういやローベルト様は盾騎士。ジゼリィさんはルナリアの勇者のパーティーメンバーで守りの要だったっけ。実際ソルートンで蒸気モンスターから冒険者を守るためにジゼリィさんが張った超広範囲魔法シールドを見たが、あれはすごかった。
同じ盾使いとしてローベルト様はジゼリィさんを尊敬しているってことか。
それは理解出来るが、憧れのジゼリィ様の下着は……とか、王族様、お姫様相手に失礼を承知で言うが、この人けっこうヤッベェ人種だ。──正直、嫌いではない。
あとラビコ、こうなること分かっててロゼリィ紹介したろ。




