四百五十三話 光る桜を見に王都へ行こうと俺の最短記録様
「我が船グラナロトソナスⅡ号はここビスブーケ港にて補給と整備で待機となります。それが終わればクルーの皆さんには休養期間としてのんびり滞在していただこうかと」
一度船に戻ったアンリーナがクルーの皆さんに今後の予定を伝えてきたそうだ。クルーのみんなも俺を助けに船に乗り込み、命を懸けてくれていたからな。たっぷり休んでもらいたいものだ。
「それでは行きましょう師匠! 二人が思わず高ぶった気持ちで見つめ合ってしまうほどロマンチックで、通じ合う二人には言葉などいらず自然と求め合うように抱き合い、激しく熱い夜の果てに多くの子宝に恵まれるようなムーディーなイベントを求め、いざ王都フルフローラへ!」
アンリーナが長いセリフと共にビシッとポーズを決め、どうやら王都フルフローラがあると思われる西方向を指すが、その内容だとピンク系の色が惜しみなく使われた感じのホテルに向かうと思われるからやめて。
アイランド計画、一体どんな事業なのか。今のところなんかエロそう。多分全然違うんだろうけど。
午前九時ビスブーケ発、王都フルフローラ行きの魔晶列車に乗り込む。
以前デゼルケーノに行ったときは南に向かっていったが、今回はビスブーケから西方向に進むことになる。
いつものごとく列車最後尾にあるロイヤル部屋を確保。ロイヤルというだけあって結構料金がお高いのだが、狭い直角の二人掛け椅子に数時間座ることを考えれば、冷房完備のゆったりとした部屋タイプのスペースを確保するのは有意義な出資だろう。
ああ、すまないがそう考えられるぐらいお金ならあるんだ。
「ラビコ、王都フルフローラってどういうところなんだ?」
馴れた感じで室内を確認。どこの魔晶列車も最後尾のロイヤル部屋は大体同じ感じだな。ソファーに座り、愛犬ベスを膝の上に乗せてラビコに聞く。
初めて行くところだしな、こういう情報は以前ルナリアの勇者のパーティーメンバーとして世界を巡っていたラビコに聞くのが一番だろう。
「どうっても、そのまま花の国の王都だね~。ああ、そうそう~私達が生まれる遥か前は、死者と墓で埋め尽くされた『死の国の王都フルフローラ』なんて呼ばれていたんだよね~」
し、死者……随分今とはイメージが違う呼ばれ方をされていたんだな。もしかして花の国フルフローラは結構恐ろしい場所だったのか?
「ラビコ様、師匠を脅そうとそんな数百年も前のお話を出さなくても。大丈夫ですわ師匠。王都フルフローラは港街ビスブーケを見て分かりますように、王都中が花で溢れたとてもロマンチックなところです。世界中から若い男女のカップルが観光で訪れ、花の国フルフローラのムーディーな雰囲気に力を借りついに男女の一線を超える……! そしてその中でも最たるものが、これから見に行くロゼオフルールガーデンなのです! 好き合う男女の背中をぐいっと押してくれるとても素晴らしくてありがたい、奥手な私にはピッタリな場所なのです!」
ニヤニヤ笑うラビコを押しのけ、アンリーナがパンフレット片手に熱弁。確かにパンフレットには花で溢れた幻想的な街並みの写真と、夜にぼわっとピンク色に光る桜の木みたいなのが載っているな。
それはまぁいいが、最後の奥手な私とか誰のことを言っているのか。ロゼリィが言うなら分かるが……いや、ロゼリィも結構ぐいぐい来ることが多いか。うむ、俺のパーティーに奥手という表現に該当する女性はいない。
「花の国のロゼオフルールガーデンは有名ですよね。私も雑誌でよく見ていて憧れていました。ああ……子供の頃から行ってみたかったロゼオフルールガーデン、ついに現地に行けるのですね。しかもあなたと一緒に……これは見終わった後の夜は期待大です!」
ロゼリィがパンフレットを見ながら興奮しているが、そうか、光る桜だから見るのは夜になるのか。
しかし……ロゼリィも最初は初々しい感じだったのだが、最近はアンリーナに感化されたのか積極的になったなぁ。いや、お母様であられるジゼリィさんの後押し……というか脅しも効いているのかな。まぁなんにせよ、我慢せず自分の言いたいことを言えているのならそれでいいのか。今のロゼリィこそ自然な姿のロゼリィなんだろうし。
「ビスブーケからだとどのぐらいで着くんだ? 夜までに間に合うんだろうか」
異世界の地理はまださっぱり分からないんだよな。距離感とか。フォレステイからペルセフォス王都までは特急で一日かかったりするけど、銀の妖狐の島で色々あったから俺もみんなも結構疲弊しているからな。あまり時間がかかるのは……
「はい、特急に乗ったので二時間ほどで着くかと。夜どころか、お昼前には王都フルフローラに到着している予定です」
アンリーナがパンフレットに載っている大雑把な地図を指し教えてくれた。二時間! それはありがたい。
「二時間かぁ、五人いるから……一人二十四分ってとこか。ちょい短けぇけどいいか、よっしゃ無事再会出来たことを祝して、この勢いでヤッちまおうぜキング……いってぇ!」
猫耳フードをかぶったクロが紙に何事かカリカリ書き込んで計算し、なんの答えを出すのかと思ったら一人二十四分とか一体なんの持ち時間なんだ。俺はクロが魔法の国セレスティアの王族様なことを思い出しながらも、秒のためらいもなく脳天にチョップをかました。
「いいかクロ、この世に無事再会出来たお祝いでヤッちまおうなんて言葉は無い。あとそうやってだらしなく大股開いて座るなって、お前はかわいい女の子なんだから……」
「……マスターにとって二十四分は短くはないかと……お一人完結式での最短ですと、ものの十秒で……」
「ああああああああ! ア、アプティさん……! そういうのみんなの前で言わないで……」
普段から荒々しい言葉遣いだったり大股開いて座ったりするクロに説教をしようとしたら、アプティが無表情ながらムスっとした感じでクロに反論。その、俺をかばってくれようとした心意気には感謝だが、そこの数字はどっちかっていうと短いほうが負けなんだよね……。
「ぶっ……あっはははは! 社長とアプティのコンビはたま~にこうやって狙ってないボケやってくるから油断ならないんだよな~。十秒って……社長さ~若いからってそういうの溜め込みすぎなんじゃないの~? あっはは~」
くそっ……一番知られたら面倒なラビコがニヤニヤと嫌な笑顔に……。これ、絶対いつかネタにされて脅されそう。
「じゅ、十秒ですか……す、すごいんですね……よほどの緊急事態だったのでしょうか……その、そんな状態になるような、溜め込み過ぎも良くないと聞いた覚えが……」
ロゼリィが顔を真っ赤にさせながら戸惑いつつフォロー。しかし目線が完全に俺の下半身を向いている。
「師匠、どうしてアプティさんにはそういうのをお見せして、私達には見せていただけないのでしょうか。とても不公平ですわ。なのでぜひ、今ここでお披露目を……! あ、もちろんお手伝いもしますよ!」
だ、誰がこんなところでするかっての! ってアンリーナががっつり俺のジャージのズボンに手をかけてきやがった。くっ……その華奢なボディのどこにそんな握力が……!
あと好き好んで見せてねぇって! アプティが深夜勝手に部屋に入ってきて、気配を消して無表情で見ているだけだよ!
「それはさすがに早すぎだぜキング、にゃっはは! でもそれなら気軽に見せれるよな。ほら、やってみようぜ!」
クロもズボンに手をかけてきやがって……早いから気軽に見せれるってどこから出てきた理論なんだよ!
「……あ、ああ……マスター……大変残念なお知らせが……」
アンリーナとクロのズボン引っ張りに抵抗していたら、突然アプティさんが窓の外を見ながら悲しげな声を出すが、お願いだからこれ以上俺の秘密を露呈しないで……。
「紅茶の里が……過ぎていきました……私の……紅茶の里……」
や、やめてアプティさん、そう実は最近野外でもチャレンジ……って紅茶の里? 走る車窓から見える風景は確かに紅茶畑が見える。
ああ、今通過したのって以前紅茶探しで来たことがあるラベンダルじゃないか。私のって、いつの間にラベンダルがアプティのものになったんだ。
まぁ、それぐらいアプティは紅茶が好きってことなんだろうけど、せめて自分で振った俺の最短記録の話をフォローしてから次の話題にいってくれないか……じゃないと俺、晒し者状態なんですけど。
なんというかこんな感じで過ぎ去ってしまったが、ラベンダル近くのガウゴーシュ農園のみんな、美味しい紅茶をいつもありがとう。




