四百四十七話 エデンからの脱出 7 人の王とラビコの心様
「……えーと、アインエッセリオさんに確認したいんですが……」
「ほっほ、分かってくれたか王よ。では共にこの世界で生きる道を模索しよう」
銀の妖狐とアインエッセリオさんに迫られ頭が混乱してしまったので、第三者の意見を聞こうと仲間であるアプティに頼ったが、返ってきたのは「今日から結婚」とかいう謎ワード。
まぁアプティらしいと言えば、まぁ……いや、誰かに聞くこと自体間違いか。ここは俺の、自分の考えをしっかり示すべき場面だろう。
「いえ、そうではなくて、デゼルケーノで俺達の戦いを見ていたとのことですが、アインエッセリオさん以外に誰かいた気配はあったのでしょうか」
俺はアプティの頭を優しく撫でつつアインエッセリオさんに聞く。
彼女曰く、デゼルケーノの白炎にはジャマー効果があって、近くにいないと魔力感知が正確に出来ないとか。ってことは、ようするにあの時あの場所で俺達の戦いを見ていた人物が他にいなければ、アインエッセリオさんさえ説得出来れば俺はソルートンに帰っても大丈夫ってことになる。
「他に? いや、誰もいなかったがのぅ。デゼルケーノのあの辺りは我ら火の種族のテリトリーな上、やっかいな白炎のおかげでそうそう他の種族が来ることはないのぅ」
「そうですか、分かりました」
他に誰もいなかった。俺達なんかより戦闘に特化した種族である彼女がそう言うんだ、間違いはないだろう。それにあの辺りは火の種族のテリトリーと言った。そこに他の種族の蒸気モンスターが来たら黙っていはいないだろう。
ここで例えると、水の種族である銀の妖狐のこの島に火の種族のアインエッセリオさんが来たら、になるだろう。
アインエッセリオさんとラビコが来たらすぐに銀の妖狐が現れたし、自分の本拠地に勝手に入って来られて見逃すことはしないだろう。
「おお、分かってくれたか。ほっほ、さすがわらわが認める人の王よのぅ……」
「いや、俺は王とか、そんな大層な立場じゃあないよ。それに俺にはこの世界の未来を左右してしまうような判断が出来る視野がまだないんだ」
俺は冷静にアインエッセリオさんに向かって言う。
実際俺がこの異世界に来たのつい最近だし。アインエッセリオさんが言う、長い長いときを経てというのは、おそらく数百年単位の話なんだろう。俺なんかより、よっぽど蒸気モンスターであるあなた方のほうがこの世界のことは知っているだろ。
そこに十六歳でド若造の最近異世界にやって来ました、な俺が何を言えるというのか。
俺が何か言えるとしたら、それは俺がこの世界の全てを見た先になるだろう。
「俺はこの世界の全てを見たいと思い行動している。そして今はまだその途中どころか走り始めで、君の話に協力はしたいが、今の俺ではまだ力不足だと思う。もっとこの世界を歩いて、見て、感じて、広い視野と知識を得たい。君の話の答えは、全てを見たその先にあると思うんだ。だからその時が来るまで待ってもらえないだろうか」
はっきり言うが、俺は王なんかではない。
人の王。その器に見合う人物は、おそらく未来のサーズ姫様になるだろう。あの人はラビコに言い負けないぐらい本当に頭が回るし、視野も広いし人望も厚い。
俺に跨がりたいと公言したりちょっと性癖が特殊だったり強引だったりするが……まぁそういうのは、人の上に立つ人物であるサーズ姫様のちょっとしたストレス解放行為で、普段の立派な人物像からしたら微粒子単位の誤差だろう。多分。きっと。
「……そうか、そなたの王への道はまだ途中である、と。よかろう、では待とう。そしてその覇道、わらわも共に歩み、共に学んでいこう。そなたとわらわ、目指す理想は同じはず」
アインエッセリオさんが言う、人間との共存。これは素晴らしい考えだと思う。だが具体的に何をしているの案がなく、彼女自体も何をしていいのか迷っているふうに見える。
でも蒸気モンスター側からこうして歩み寄ってくれたことには大きな意味がある。それが少数の意見だとしても、こうすればやっていけるとモデルケースを提示すれば、それに理解を示してくれる他の蒸気モンスターも出てくるかもしれない。
まず一歩。誰かがやらなきゃ歴史は始まらない。
必ずしも上手くいくとは思わない。だが俺はいつかやってやるぞ。今俺は蒸気モンスターであるアプティと上手くやっている。俺の周りにまず小さな共存の箱庭を作り、そこからゆっくり広げていけばいい。
「わらわ達は数百年答えを求めてきた。それに比べれば数年や数十年待つぐらいなら短いものかのぅ、ほっほ。そなたの歩む道を光と信じ、わらわはついていくぞ」
アインエッセリオさんがざっと体勢を整え、丁寧に頭を下げてくる。
よ、よかった……話が通じる人で助かった。きちんと待ってくれると言ってくれたし、大丈夫……だろう。
「あ、共存の第一歩として、この島をモデルにしてみてはどうだろうか。島の物を売ってお金に変えて魔晶石を……」
「ほっほ、絶対に嫌かのぅ」
「いくら君のお願いでもそれは聞けないなぁ。火の種族はあの山で永遠に引きこもっているのがお似合いだと思うよ」
俺の素晴らしい提案に、銀の妖狐とアインエッセリオさんが睨み合い舌打ち。
ああ……だめだ……この二人、マジで仲悪いな。
でも実際銀の妖狐は上手くやっていると思うんだがな。まぁ、人と仲良くが目的ではなく、俺に気に入られようと頑張っただけらしいが。
「さて……どうかな。俺なりに頑張ってみたんだけど、聞き耳だけ立てて話の間に入ってこなかったってことは、間違っていなかったってことかな」
結構きつかったが、なんとか丸め込んだんじゃないかな。俺は膝を抱えてうずくまり、顔を見せないようにしているラビコに話しかける。
「……気付いていたのかよ……ふん、ちょっとは成長したんじゃないの。まだまだ言葉足らずっぽいけど。……いや、お前だから出来たんだっての……ごにょごにょ……」
は? 下向いて小さい声で囁かれても聞き取れねぇって。
「まぁいいや。さ、帰るぞラビコ。俺達の暖かい家に、な」
俺は膝を付き、うずくまるラビコの頭を優しく撫でる。
「……あのさ、この私の頭を撫でられるってどれだけすごいことか分かっているのかな。私はルナリアの勇者の元パーティーメンバーでさ、世界で指折りの大魔法使いでさ」
「知ってる」
ラビコは頭を上げること無く小さな声でつぶやく。
「今ではペルセフォス王と同等の地位を持っていてさ、お金だってすんごい持っていてさ」
「知ってる」
実際ラビコってどんだけお金持っているんだろな。
「下手に成り上がったもんだから図に乗って性格悪くてさ、言い寄ってきた男なんて全部ビンタしてやったしさ」
「知ってる」
その話はハイラから聞いたが、しつこかった男の一部じゃなくて全部ビンタしたんかい。まぁラビコは美人だし、見た目や体目的、地位やお金目的だった男も相当いたんだろうしなぁ。
ラビコの性格が悪い? 俺はそうは思わないが……多分子供の頃、親がいなくて甘えられなくて、人との距離感が上手く計れないだけなんじゃ。それは環境のせいで、ラビコのせいじゃないだろ。
それに俺はラビコのどんなときでも相手の真正面に構え、例え勝てない戦いだろうが弱みを見せず気丈に心を保ち、まるで対等に見える舌戦に持ち込む感じが格好良くて好きなんだが。
「嫌いなものは嫌いだし、絶対に負けたくないから我儘ばっか言ってたら、だんだん周りの人が距離を取るようになってさ、終いには遠巻きに見られてだーれも話しかけてこなくなってさ」
「知ってる」
それはラビコの成した偉業と、王と同等の地位ってのも関係しているんじゃ。でも、寂しい、よな。
「もう……一生独り身でいいや~気楽だしって思っていたらさ、なんだか全身オレンジマンが気安く話しかけてきてさ、悪いことしたら普通に怒ってきたり、いいことしたら普通に褒めて頭撫でてきてさ」
「知ってる」
全身オレンジマン……。それ俺なんだろうけど、あまりに俺っていう人間を色で表現し過ぎじゃないですかね。他にも特徴あったろ……。
「てめぇは私のお父さんかっての……年下のくせにさ……。でもさ、もしお父さんがいたらこんな感じなのかなぁって。何言ってもちゃんと話聞いてくれて、甘えさせてくれて、受け止めてくれて。背中とかさ、つい抱きつきたくなるぐらいおっきいよね……」
出会ったばかりのころ、酒に酔ったラビコが俺の背中に抱きついてきたことがあったよな。
「いつだってさ、線を引くこと無く私の横に来てさ、一緒の方向見てくれてさ……私、嬉しかったんだ。家族がいるって、こういう感じなのかなぁって……私も……欲しいなあって……」
ラビコが後半涙声になる。
さっきも言っていたが、やはりラビコにとって孤児だったって経験は相当なトラウマになっているみたいだな。それが原動力で必死に魔法を覚えて大成したって成功譚もあるが、こんなに泣くラビコは初めて見た。
「そしたらその気安いオレンジマンがさ、私のことを家族みたいに思っているとか言ってきてさ……私すごい嬉しくて、本当に嬉しくて……でもそいつがバカなこと考えて、私達を守るために勝手に離れて行きやがってさ……家族って言ったくせにさ、そいつ私の側から離れて行っちゃってさ……そしたら私、今まで感じたことないぐらい心が乱れちゃってさ、もうどうしたらいいのか分からなくなっちゃって……もう……もう……」
ラビコがこんなに取り乱す姿は初めて見たかも。いや、それだけ俺が心配をかけてしまったってことか。
「……すまなかった。今度からは一人で決めないで、ちゃんと相談するよ。ごめんな、ラビコ」
「当たり前だ! 困ったらまず私に言え! てめぇの足りない頭をこの私の優秀な頭で補ってやる」
うずくまるラビコを背中から抱きくるもうとしたら、ラビコがいきなり立ち上がり俺の胸ぐらをつかんできた。
「……二度と一人で出ていくな。私を頼れ、みんなを頼れ。てめぇが私達を指して家族なんて言い出したんだぞ。だったら勝手に出ていくんじゃねぇ、いいな」
ラビコが目に涙をにじませ、俺の目を真正面に見てくる。
その、ここまで俺を勝手に連れてきたのはアプティなんだけど……帰らない判断をしたのは俺か。まぁ俺が悪いな……。
「分かった。俺、基本どっか抜けている大人になりきれていない子供だからさ、まだまだみんなの力をあてにさせてもらうよ。これからも俺の側にいてくれ、ラビコ」
「……はぁ……側にいてくれ~だけじゃなくてさ、もう一歩進もうと思わないのかね。そこも大人な発想になって欲しいものだな~。ま、社長っぽくて安心するけど」
あれ、バッチリ締まったと思ったんだけど、なぜかラビコが呆れ顔で溜息なんだが。なんだよもう一歩大人の発想って。




