四百四十二話 エデンからの脱出 2 アインエッセリオの主張と黒幕銀の妖狐?様
「ようこそ、我が島へ。……でも、ご招待もしていない異分子は歓迎しないよ」
寝て起きたら連れてこられていた銀の妖狐の島。
銀の妖狐は俺と出会って以来人間を襲うことをやめ、島内は果樹園や畑の作物、工芸品を人間の市場で売ることで通貨を得、そのお金で命を繋ぐ魔晶石を買うというサイクルが出来上がっていた。
俺がどうやら他の蒸気モンスターに目をつけられたようで、ソルートンにいると街自体が蒸気モンスターに襲われ被害に遭うかもしれない。銀の妖狐にそう指摘され、俺は言葉を失う。
実際火の種族の蒸気モンスターがソルートンに来て、俺にアクションを起こしてきた。なら、俺はもうソルートンには帰れない……。銀の妖狐がこの島で俺を守ってくれると提案してくれ、もうその案に乗るしかないのか、と諦め島内に目を向けると、これがまたのんびりスローライフ出来そうな生活スタイルを銀の妖狐が用意してくれていた。
作物の管理や観光地で売る用のお土産開発等、結構やり甲斐がありそうな仕事もあったが、やはり心はソルートンへと向く。たった二日でホームシックとかいう状態になり、自分の心の弱さを痛感。
そこへどうやってこの場所を見つけたのか、ラビコが迎えに来てくれた。一緒に現れたのが例の火の種族の蒸気モンスターで驚いたが。
「彼に最高の景色を見せようと島を覆う靄を止めていたのがアダになってしまったね。まさか命知らずな存在がいて、この島に乗り込んでくるなんてありえないと思っていた僕の油断もあったけど、ふふ」
銀の妖狐が体をゆらりと動かしキツネの尻尾が九本に増える。目が怪しく青く光り、右手を構え……やばい、これマジ戦闘モードじゃねーか。こいつをまともに相手したら、俺とラビコなんて一瞬で消されてしまうぞ。ベスがいればまぁなんとかなる、か。
「待ってくれ、アーゾロ。俺はアインエッセリオさんの話が聞きたい。その間、俺を守ってくれないか」
さっきの戦いを見るに、この火の種族のアインエッセリオさんは銀の妖狐より内在魔力が低く感じる。多分銀の妖狐のほうが格上。
銀の妖狐が構えた時、アインエッセリオさんの目が一瞬海側を向いた。あれはおそらく逃げ道確保の動き。彼女自身も銀の妖狐のほうが強いと感じての行動だと思う。
俺が島に来る原因になった、アインエッセリオさんがなんでソルートンの俺の元に来たのか、それを聞きたい。
戦闘モードになった奴を止めるには、無理に抑え込むのではなく、その矛先を変えてやれば案外上手くいく。今回は湧き上がった戦いの気持ちを俺を守る行動に差し替えさせてみたが、どうなるか。
俺は銀の妖狐の動きを止めるため頭に手を置く。自然とキツネ耳にも触ってしまうが、その途端に銀の妖狐が甘い吐息を漏らし、顔を赤らめ呆けた顔で俺を見てきた。うーっわ、キモい。
「あっ……い、いいねこれ……我が妹達の気持ちが少し分かったよ。もちろん、うん、いいとも。僕は君を守る。その為にここに来てもらったんだしね。ここかな、君の少し斜め後ろ。ああ……いいね、まるで主を守る従順な騎士になった気分だよ」
予想以上に銀の妖狐が言うことを聞いてくれたが、この身震いしてしまうほどキモい感じがなければ話せる奴なんだがなぁ。
銀の妖狐の動きをじっと見ていたラビコが一つ息を吐き肩の力を抜く。正直、この状況で俺が対応一つ間違えたらラビコの命が危険なことになる。一応愛犬ベスの頭を撫で、いつでも動けるように備えてもらうか。
「……マスターを守るのは私の役目、です」
「さきほどは無様なところをお見せいたしました。次こそはこの命を懸けて」
銀の妖狐の動きを見ていたのはラビコだけではなく、アプティとメイド二十人衆も同じで、アプティが銀の妖狐の横に、メイド達がその後ろに半円状に並び構える。
「はぁ……この短期間でどんだけ女はべらせてんだか。ああ、男も、か」
ラビコが俺の一声で後方に出来上がった銀の妖狐軍団の防衛陣形を見て溜息を漏らす。
「ほっほ、キツネを従えるとはさすがわらわの王よのぅ」
じーっと銀の妖狐の動きに注視していたアインエッセリオさんが、今のところ危険はなさそうと判断したようで、視線を俺に向けてきた。
そう、この人はずっと俺のことを王と呼んでくる。パーティーメンバーである猫耳フードが特徴的なクロに愛称でキングなんて呼ばれてはいるが、多分それとは意味が違うんだろう。
「しかし待つとは言ったが、まさかキツネに連れ去られるとはのぅ。それでは状況が変わってしまう。わらわの王はわらわの物になってもらわねば、な」
銀の妖狐も俺を守る役目を全うしようとおとなしくしているし、この際疑問に思っていたことを聞いてみようか。今回はラビコがいるし、フォローもしてくれるだろう。
「その、王ってなんでしょうか。俺、そんな大層な地位は持っていないですが」
「ほっほ、地位などというつまらない肩書きを言っているのではない。そなたが持つ力を評し、そう呼んだまでだ」
アインエッセリオさんが巨大な鉄の爪で俺の目を指してくる。
「わらわは見たのだ、その力を。長い、長い時を経てやっと、やっとみつけた人の王たる器。わらわの話を聞いて欲しい。そして共に歩む世界を模索しよう」
力? もしかして俺の目の力のことを言っているのか。確かに最初、ラビコとかには王の眼とか言われていたけど。その目を持つから王ってこと?
共に歩む未来を模索、とかもソルートンでアインエッセリオさんが言っていたな。
「王はこの世界が好きなのであろう? ならばわらわの元に来て欲しい。いや、来なければ手遅れになる。王はそれなりに世界を見てきたのであろう。周りをよく見て、そなたが立っている世界と、これから起こりうる未来を考えてみるとよい。そなたには少し先の未来がその目によって見えているのであろう。ならば気が付くはずだ、この世界は壊されようとしている。そこのキツネを筆頭としたグループによって、な」
アインエッセリオさんが銀の妖狐を指しキツめの視線を向ける。
またソルートンで一回聞いたような話だが、後半のセリフは初めてか。この世界は壊されようとしている、だと? しかも銀の妖狐によって……? それはどういう意味なんだ。
「そなたが組むべき相手はキツネではない。そいつはこの世界を良しとせず、この世界を破壊すれば元の世界に帰れると思っているバカ者だ。王よ、未来を見誤らないで欲しい。わらわはこの世界を好いている。わらわ達はこの世界で生きていこうと考えている。そしてこの世界の住人である人間と共存の道を歩みたい。……内情を言うと、この考えを持つわらわ達は火の種族の中でも極少数派でな。力が欲しい……この想いを理解してくれ、協力してくれる王がわらわには必要なのだ。そして長い、長い時を経てついに王の力を持つそなたが現れたのだ」
銀の妖狐はこの世界を壊そうとしている? そしてアインエッセリオさんはその逆で、この世界で人間と共存しようとしている? そういえば銀の妖狐は過去に何度か、このつまらない世界を壊せばなんたらとか言っていたな。
やばい……もしかして銀の妖狐はずっと騙そうと演技をしていて、俺の力を使って世界を壊す行為ってのをさせようってんじゃ……。
「ふふ……くくく……」
俺が慌てて後ろを振り返ると、銀の妖狐が下を向き肩を震わせ笑い始めた。




