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四百二十五話 溜息から始まる異世界欲求不満生活様

「はぁ……」


「おや~? どったのかな~その少年の溜息は~。ホームであるソルートンに帰ってきたってのに、社長ってば元気ないね~あっはは~」



 長めのパンに薄切り肉や葉物野菜を挟んでイケメンボイス兄さん特製ソースをかけたランチセットをいただき、肩肘ついて死んだ目で溜息を吐く。


 いや、味は最高に美味いぞ。溜息の理由は別だ。



「やっぱ~こないだまで生き死にかけた熱い大冒険を繰り広げていた生粋の冒険者である社長にはソルートンはぬるま湯なのかな~?」


 俺の右隣に座って同じセットを食べていた水着魔女ラビコが、ニヤニヤと俺の顔を覗き込んでくる。


 確かに火の国デゼルケーノでは生き死にかけた感じになっていたが、別にそれを求めて行ったわけじゃねぇよ。誰が生粋の冒険者か、単に旅行気分でカメラ買いに行ったんだっての。


 そのカメラは俺がエロい写真撮ろうとして無事ロゼリィに取り上げられたけど。まぁ自業自得、仕方ない。


 たまにお願いして借りて、普通に風景写真やみんなの健全思い出写真は撮っているぞ。



「そういう溜息じゃねーよ、血に飢えた戦闘狂じゃあるまいし。ソルートンに帰ってこれたのは最高に嬉しいし出来たらずっとここにいたいよ」


 この宿には俺の家と呼べる部屋も作ったし、実際ここがホームだと思っている。居心地最高だしな。


 俺の言葉に左隣りに座っていたロゼリィがニッコリ笑顔になる。


 こうやって見慣れた食堂の一階でみんなで集まってわいわい騒ぐのとか、最高に好きな時間の一つだ。


 溜息ついたのは、そのあれだ……欲求不満ってやつだ。分かるだろ、言わせるな。さっき一人でしようとして失敗……


「ああ~、さっき部屋で一人でしようとして失敗してたもんね~。そっちの溜息か~あっはは~」


「おいクロぉぉぉ! 言うなよ……男と男の暗黙の了解だろ……! あとお前服着ろ」


 俺がラビコのセリフの途中でガタンと立ち上がり、斜め前に大股広げてだらしなく座っている女性クロに非難の声を上げる。


 クロはさっきもそうだったが、薄い肌着にパンツ一枚という相当のサービス精神が無ければ出来ない恰好をしている。周りの男客の視線が結構どころか漫画の濃い集中線がごとく収束。


 まぁ、よく見たら正面のアプティがバニー姿。右のラビコが水着。左のロゼリィはさすがに普通に露出のほとんど無い宿の制服なのだが、ロゼリィの肉体は服なんかじゃ隠せないぐらいグラマラス。そしてクロが下着一丁。


 うーん、そりゃあ男の視線が集まるわけなのだが。


 ああ、俺が欲求不満な原因もこれだ。まわりにこれだけお美人様がいて、手の届く距離でここまで肌を露出させてんだぞ。


 十六歳の少年の目に毎日この刺激的な世界が飛び込んでくるわけだ。正直たまらんです。


 しかしクロは普段はがっちり服着て太ももぐらいしか露出させないのに、リラックスした途端下着一枚だもんな。そのギャップも、くる。



「あぁ? ンだよいいじゃねーか。面白かったからラビ姉に言っただけじゃねぇか。あとアタシは男じゃねぇ」


 俺の声にクロが不満そうに睨んでくるが、それは体見りゃ分かる。性格はガサツで男っぽいけど。


「あっはは~まさか真っ昼間からしようとするとはね~。あ~でもこれ逆にチャンスかな~? ホレホレ社長~柔らかいぞ~?」


 ラビコが最高に面白いことみつけた顔になり、ニヤニヤと水着に包まれた自分の大きな胸を寄せてあげるアピール。


「うっわキングの顔、面白いぐらい伸びてんぞ。アタシもやってみっか、にゃっはは!」


 悪乗りしたクロまでもがお胸様を寄せて上げるポーズ。おぉぉん……もうたまらんっす……。



「ク、クロ……その、さすがに下着で食堂は……」


 宿の娘ロゼリィがどう見てもエロい行動をしている二人の姿に見かねて苦言。


 いつもなら問答無用で鬼覚醒なのだが、クロの正体は魔法の国セレスティアのお姫様という身分差を感じたらしいロゼリィは人の姿を保ったままで押しは弱め。


「うっせぇなぁ、いいじゃねぇか水着も下着も同じだろ? それにここはキングの部屋がある宿屋なんだろ? じゃあここはキングの家。ならこうやってリラックス出来る恰好してたって文句ねぇだろ。なぁキングーにゃっはは」


 クロがゲラゲラ笑いながら俺に抱きついてくるが、今クロ様が素晴らしいことをおっしゃったぞ。


 水着も下着も同じ。


 ほうほう、ってことはラビコはいつも下着姿っていう想像で──うん、いける! あと腕にクロの柔い物が素敵感触。昼の羽ばたきは失敗したが、今夜の想像の翼は見事完成した。早く夜になれ。



 しかし冷静に考えて、年頃の女性が下着一枚で宿内うろつかれてもな。ここはそういうお店ではない。一言注意しとくか。


「クロ、実は俺、結構独占欲が強くてな。自分のパーティーの大事な女性が他の男に肌を晒してジロジロ見られている状況は正直我慢出来ないんだ」


 俺の欲が最高潮に達して辛抱たまらんってことじゃないぞ。


 最高に紳士な顔でクロの頭を右手で撫でると、クロが驚いた顔になる。


「いいかクロ、いま君は俺のパーティーの一員。つまり俺の女ってことだ。他の男に肌を晒すのはやめて欲しい。そういうのは俺と二人のときだけにしてくれないかな」


 空いていた左手でクロの首から顎まで指先でなぞるように持ち上げ、そのまま指を柔らかい唇に押し当てる。


 なんかこんなんだろ。日本にいたとき見たアニメかゲームで、それっぽいイケメンがこんなことやったら女性が大人しくなった記憶がある。俺はイケメンじゃないし、見よう見まねじゃ通用しないかね。


「にゃっはー! おい聞いたかラビ姉! やっぱアタシはキングの女なんだってよ! しかもキスの予約までされたぞ! すっげぇ、これすっげぇぞ! このメンツの中じゃ出遅れたアタシが最終コーナーで巻き返して奇跡の大逆転ゴールインじゃねぇか! にゃっはははすまねぇな古BBA共、今夜は激しい夜になりそうだぜぇ! おっとキングの女なんだから他の男にゃこの肌は見せらんねぇな、服着てくる!」


 そう言うと、クロが顔を真っ赤にさせて大興奮しながら二階へ駆け上がって行った。


「……社長~」

「……あの、どういうことでしょうか」

「……マスター、古BBA共とはどういう意味なのでしょうか……」


 三人の女性が一斉に立ち上がり、俺を取り囲む。


 あれ、俺変なこと言ったのか? 俺なりに優しく、若い女性が破廉恥な恰好をしていないで服を着て大人しくしてくれってことを二次元イケメンから借りてきた言葉と紳士な心と態度で伝えたんだが。



「あのさ~いくら欲求不満だからって一番新参のクロに迫るとかどういうこと~? それに何あのキザったらしいセリフ~ああいうのはこのラビコさんにだけやるべきだと思うんです~」


「わ、私もあなたのパーティーメンバーの女です……それなら私はあなたの女なんですよね? 今の私にもやってください。ほら、指を当てて君のその唇は予約済ってやつです!」


「……マスター、古BBA共というのは……あと紅茶がなくなりました……」


 ラビコが俺の胸ぐらを掴み、ロゼリィがぐいぐい体を押し付けて俺が言った覚えのないセリフを強要してきて、アプティが理解出来ないネット用語みたいな言葉に困惑しつつ空になった紅茶ポットを指してくる。


 女性に囲まれるとか夢のような状況なのだが、ラビコにキザっぽいセリフを言い並べ、ロゼリィの唇を指で押してアプティに紅茶ポットを追加注文すれば、この全くエロを感じる余裕が持てない怒りの成分多めの囲み状況は打破出来るのだろうか。



 紅茶ポット追加はすぐ出来そうだけど。






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