四百二十一話 続恐怖の温泉 3 守護神アプティ様
「や、やめろぉぉ!」
某怪人に捕まり昆虫怪人に改造される青年のような声が出てしまったが、部下クマさんの背後からの拘束術がマジ半端ねぇ。暴れようが的確に締め上げてきやんの。
なんとなく着ぐるみごしに中の人のお胸様の感じが後頭部に伝わってくるので、感触を楽しめるように頭を効率的に動かそう。
もうこれを密かに楽しむしか現実逃避の場所が俺にはない。
状況を整理しよう。
夜二十一時過ぎ、お城一階の大浴場に行こうとしたら二匹のピンクのクマさんに遭遇。
意味も分からず襲われ俺の下半身はノーガード露出状態。
そこに颯爽と助けに現れた勇者王子リーガル。だがまたもやクマさんに言いくるめられ、ノーマルな行為とやらを見せてみろという無理難題に応えようと下半身モロだしの俺に近付いてくる。
俺は仰向けにされ、足をカエルのように開いている体勢。どっちかっていうと、女性側。俺が受けでリーガルが攻め、か。って俺は何を言ってんだ。早くこのおかしな状況を打破せねば、俺はリーガルで童貞を捨てることになる。
ああ、どうやらイケメン王子リーガルも童貞らしいぞ。意外だよな。
仲良く童貞卒業か、ってこんな状況の卒業なんて絶対に嫌だぞ! 贅沢を言わせてもらえるのなら、せめて女性で卒業を……!
「い、痛かったら言ってくれよ」
リーガルが不安そうな顔で俺を見てくるが、そういうセリフを男に上目遣いで言うな! つかお前も何言いなりになってんだよ!
もうダメだ、こうなったら最後の手段。彼女に助けを求めるしかない。
俺が無実のリーガルを足で蹴っ飛ばす前に、俺が人であるうちにこの状況を打破してくれ。
「た、助けてくれ……アプティー!!!」
俺が悲痛な叫びをあげると、俺とリーガルの間に煙をまとった女性が着地。目を紅く光らせゆらりと起き上がる。
さすがアプティ、すぐに来てくれた。やっぱり頼りになるぜ!
素肌にバスタオル一枚姿というアプティ。お風呂途中だったのは申し訳ないが、姿勢の低い俺からだとちょっと生のお尻様が見えたりして絶景です。ああ、俺ってクズだな。
助けを求める声に応えてくれたアプティだが、俺の背後から羽交い締めにしているピンクのクマさんと、下半身を襲おうとしている風に見えるリーガルを見比べ動きが止まる。
「……どちらでしょうか、マスター」
どちら? えーと、より緊急性が高いのはリーガルだが、ピンクのクマさんも放っておいたら面倒なことになりそう。
「り、両方、両方だ!」
二兎追う者はなんとやらだが、ここは一挙両得一石二鳥。とりあえずこの拘束を逃れてズボンが履きたいのです。
「……了解いたしました、マスター」
そう言うとアプティの目がさらに紅く光り、口から蒸気が漏れ出す。蒸気モンスターの特徴が出てしまっているが……だ、大丈夫、お風呂上がりだから湯気ぐらい出るよね?
アプティが流れるような動きで構え立ち上がったリーガルの両足を蹴り払う。
「こ、この動き……! 素人ではない……ぐっ!」
踏ん張るリーガルだったが、アプティの蹴りの力に勝てずバランスを崩し転倒。
「ひっ! わ、私この人苦手ですぅー!」
瞬時にアプティが俺の背後にいるピンクのクマさんに狙いを変え胸ぐらを掴み持ち上げる。そのまま腕を組んで静かに構えている上司クマさんの足元へ投擲。
「ふぎゃー!」
床に叩きつけられた部下クマさんが叫び声を上げる。着ぐるみという外装があるから中へのダメージは少ない、よな?
「…………はは、ははは……来たか、この時が。手合わせ願おうアプティ殿。彼に近付くには越えねばならない壁。ラビィコールもやっかいだが、一番はあなただと思っている」
上司クマさんが静かに笑いだし、ゆっくりとした動きで腰を落とし低い体勢で構える。
「以前は手も足も出なかったが、あれから不甲斐なかった自身を叩き技を研磨させた。少しはあなたに近付けただろうか、それを見て欲しい。では、参る!」
上司クマさんが力強く床を蹴り、低い姿勢のままアプティの顎へすくい上げるような右手の一撃を放つ。
「……」
アプティがチラとクマさんを睨むと、クマさんの攻撃の手が止まりバク転で飛び距離を取る。
「はは……ははは! なんと恐ろしい目か、この私がその一瞥だけで恐怖を覚えたぞ!」
その後、上司クマさんが俊敏に動き何度も攻撃を仕掛けるが、アプティが全てを流れるように受け流しクマさんを無表情に睨む。
「はは……近付いただろうか、などと大きく吐いた言葉が恥ずかしいよ。まるで本気を出していないアプティ殿に攻撃がかすりもしない。だがここは引けない。彼に跨がれるチャンスは逃せないのでな! 来い二号、アーリーガル=パフォーマ!」
上司クマさんが増援召喚。
「は、はい!」
「はっ! ご命令を!」
二号と呼ばれたもう一匹のピンクのクマさんとリーガルが、ビシッと姿勢を正しその声に応える。俺、ズボン履き完了。
「心を引き締めろよ、彼女は間違いなく強者だ。この私など足元にも及ばない実力の持ち主。ははは! ありがたい、なんとありがたいか! これほどの強者と戦えるなど滅多にない機会! 自身との実力の違いを肌で感じさせてもらえ!」
上司クマさんが吼え、部下’Sがアプティに襲いかかる。
「あなたがこれほどの使い手だったとは……こちらも本気で行かせてもらいますよ!」
先に仕掛けたのはリーガル。
姿隠しの技を使いながら左右に気配を散らし、残像と消失の動きでアプティを揺さぶりにかかる。
「これならどう……ぐっ!?」
アプティがつまらなそうに顔は正面を見たまま右手を真横に伸ばし、リーガルの顔面を鷲掴みにする。
「ええーい! むぎゃっ」
その隙きに背後から二号クマさんが襲いかかるが、アプティが付けていたバスタオルをクマさんの顔に投げつける。
クマさんが視界を奪われ、バランスを崩し地面に倒れ込む。アプティがそれを無造作に踏みつけ。
おお! アプティが裸だぞ……! よくやった二号さん、君の死は無駄ではない!
俺は顔を地面に擦り付け、一番低い姿勢からアプティの真の姿を目に焼き付ける。薄暗くてはっきり見えないのが血涙だが、ぼんやり見え……いってぇ!
「な~にやってんのさ、このド変態が~。そういう欲は私にぶつけろっての~」
いきなり素足で顔を踏みつけられたが、声の主はラビコか。ああ、残念。これからがいいところだったのに……。




