三百五十話 大人ラビコと噂話の俺に憧れる俺様
「おはようございます、マスター」
「……おはよう。もう朝か……」
昨日、自室でとても連携の取れた集団に襲われ身柄を拘束され、力ずくで下半身を露出させられた、か弱き俺。思い返すだけでも恐ろしい体験だった……。
「ひでー目にあった……」
ああ、悪いが別に回想でサービスシーンはないぞ。
お綺麗な女性たちの魅力的な柔肌ではなく、男の俺のけがれなき生マグナム露出がサービスになるなら別だが。その対象者は極わずかだろう。
翌朝、いつものごとくバニー姿のアプティに優しく起こされ、新品のベッドから抜け出す。
「昨日は助かったよ、アプティ。ありがとな」
「……いえ、マスターを守るのは当然のことです」
結局、マスターとしての強権を発動。泣きながらアプティに、俺を守って……! と懇願したら、瞬時に連携の取れた五人の女性を剥ぎ取ってくれた。
相変わらず流れるような無駄のない体術は見惚れるほどだ。ちゃんとケガをさせないように加減をしていたし。
アプティは出会った最初こそ会話も拙く、行動も人の常識から離れたことをしていたが、最近はそういうのは少なくなったな。だいぶ人間の生活に慣れてきたのだろう。
彼女の正体は人間ではなく、蒸気モンスターという異世界からきた種族らしい。基本この世界では、蒸気を吐くモンスターを見たら逃げろ、と言われている。
蒸気モンスターにも色々なタイプがいて、ザ・モンスターっていう見た目から、アプティみたく人間と大差ない見た目のタイプもいる。この異世界では基本人間と敵対同士の位置づけなのだが、よく分からんがアプティは俺を守る為に来た、と側にいてくれている。
誰から指示されたか知らんが、来てくれたのが美人のアプティでよかったよ。毎朝筋肉隆々のおっさんタイプの蒸気モンスターに「おはようございます、マスター」と、地を這うような低い声で起こされる異世界生活は御免こうむる。そんなゲーム、絶対課金しない。
俺の指示でアプティが女性たちを剥がしてくれたのだが、最後まで果敢に何度も俺の下半身にアタックしてきていたパワフルな女性アンリーナ。
彼女はローズ=ハイドランジェの仕事が詰まっていると、悔しそうに夜、船でこのソルートンの街を離れていった。
アンリーナは世界的企業ローズ=ハイドランジェの跡取り娘さん。とても忙しい中、時間を割いてソルートンに来てくれ、宿ジゼリィ=アゼリィの増築に全面協力してくれた。
おかげで素晴らしい出来のものとなり、リニューアルは大成功となった。
騒がしかったアンリーナがいなくなり、少し寂しい感じはあるが、いつでも会えるだろうしな。またの再会を楽しみに待とう。
「……昨日はマスターの股間に群がる女性で奪い合いでした。やはりマスターのモノは万人を引きつける……」
「そこまでだ、アプティ。俺は清らかな身の童貞だし、俺の股間は人を引き付けない」
ぼーっと昨日のことを思い返していたら、とんでもないことをボソっと呟いたアプティの口に手を当て、言葉を止める。
酒池肉林のような俺のマグナムの奪い合いとか起きていないし、むしろ遊ばれていただろ、あれ。基本水着魔女ラビコが面白さ優先で先導してくるやつだ。
あと股間で人を引きつけるって、どんな徳を積んだらそんな変態になれるんだ。
頼むから俺の一言紹介文にこういうことは書かないでくれよ。
ベッドの横で丸くなって寝ていた愛犬ベスを抱え、一階食堂へ向かう。
「いや~昨日はお楽しみでしたね~。あっはは~」
混雑する中、宿のオーナーであられるローエンさんが用意してくれた予約席に座り朝食セットを頂いていたら、満面笑顔の水着にロングコートを羽織った魔女ラビコがやってきた。
「何がお楽しみだ。楽しんだのはお前らだろう」
「あれあれ~? こ~んな美女達に向けて下半身露出しておいて、何が不満なのかな~童貞くん?」
俺がムスっとした顔で言い返すと、ゲラゲラ爆笑しながら俺の右隣にラビコが座る。
女性に下半身を露出して反応を楽しんでいたら、それは変態の心理だろ。普通に捕まるっての。あとやったのはお前らで、俺が晒したのではない。
「ちぇっ、年下の子供扱いしやがって。見てろよ、いつか俺だって大人の男になって見返してやるからな」
ラビコは二十歳だからな、十六歳の俺なんて年下の子供か、よくて弟みたいに見えるんだろうな。まぁ……実際俺の言動とか、まだまだガキっぽいしな。
「ほ~ん? 勝算はあるのかい~?」
ラビコがニヤッニヤしながら俺の右腕に抱きついてきた。ぐっ、反応するなよ……俺の俺。
薄い水着越しに柔きものが……ああ、ああ……! 無理ですわ。子供にゃラビコ様のお胸様は刺激が強すぎっす。超反応。
「ぶふ~っ! ほら見たことか、こんなことで反応しているようじゃ~落ち着いた大人の紳士にはなれないんじゃないかな~、あっはは~」
見事に反応したものを指し、ラビコが大爆笑。くっそ……。
「俺はまだ十六だ! 大人ってのは二十歳ってことだろ? まだ四年もある。その間に俺は世界を見て、広い知識を貯め、その経験を元に柔軟で落ちついた発想や態度が取れるようになってやるよ! 俺はラビコを人として尊敬している。お前を側で見て、感じ、学び、吸収してやるのさ! 見てろよ、びっくりするほどの紳士になってやるからな!」
俺が腰引き気味に立ち上がり、ラビコを指し宣言する。
実際ラビコは格好がいい。頭の回転も早いし、誰にでも、どんな状況でも毅然と話せる精神力を持っている。羨ましいし、真似したい。ラビコの側にいれば、そういうことが出来るコツが学べるんじゃないかと思う。
「…………ほ~」
俺の言葉に、一瞬目を見開いたラビコだったが、すぐにニヤニヤとしたいつもの何か企んでいる顔に戻った。
「前にも言っていたけど~それってやっぱりあれかい~ずっと俺の側にいろ宣言だよね~? この二十歳のピッチピチの結婚適齢期の女捕まえて~四年待てとか~、もうそれ私に告白するから待ってろって理解していいんだよね~? あっはは~」
嬉しそうな顔でラビコがさらに抱きついてくる。
……え?
俺告白するとか、一言も言っていないぞ。なんでそうなるんだよ。
そういや以前、まだ年齢的にお酒が飲めないから、飲めるようになる二十歳まで待てとか言ったことあるか。それと同じ意味で、大人になるまで待ってろよ、と言ったんだが。
なんでそれがずっと俺の側にいろ宣言の告白待機になるんだよ。
いや、正直ラビコにはずっと側にいて欲しいが。
「あっはは~だってそうじゃない。その時は私はもう二十四歳になるし~さっさと家庭とか持ちたいし。相手探しが活発になるその大事な期間を拘束するってことは、そういう意味になるんじゃない~? キープ! ってことかな~って、あっはは~」
えーと、どういうことだ? あーくそっ……やっぱり俺って頭悪いんだな……。
「…………おいしいです」
正面に座っているアプティが俺とラビコの騒ぎに全く動じず、無表情で紅茶をすすっている。あれ、なんかこういうときって必ずロゼリィが割り込んで来るイメージあったんだが、今日は来ないな。
不思議に思って店内を見渡すと、お会計のカウンターでぼーっと虚空を見つめ、顔を赤らめている。なんだ?
「ああ、ロゼリィとセレサとオリーブなら朝からあんな感じだよ~」
ロゼリィだけじゃなく、正社員五人娘のセレサやオリーブまで? どうしたんだ、一体。あ、まさか風邪でも引いたのか? それはまずい。
俺はざっと立ち上がり、カウンターにいたロゼリィと食事の配膳をしていたセレサにオリーブの手を引っ張り厨房奥の休憩室まで引っ張っていく。
「え、あ……あの、ど、どうしたんですか? 急に……」
「た、隊長?」
「ふぉぉ、強引に引っ張られて休憩室に連れ込まれたのです。これは……これは来たのです!」
三人の顔を見ると、確かにちょっと赤い。ぼーっとした顔もしているし、手も少し熱い。
「ダメだろ、風邪を引いているのなら休まないと。代わりに俺が働くから、今日はもう帰って休め」
俺が真剣な顔で言うと、三人共バツが悪そうな顔でもじもじとし始めた。
「確かに休むと他の人に負担がいくが、それはお互い様だ。気まずいのも分かるが、こういうときは仲間を信じて欲しい」
シフト制だからな。でもこのジゼリィ=アゼリィは働き手が多くいる。体調が悪い時は正直に言って、しっかり休んで欲しい。
「あ……あの、そういうわけでは……その……」
なんか知らんがロゼリィが余計に顔を赤らめ、下を向いてしまった。
「た、体調は問題ないです! 大丈夫です!」
「で、です! ちょっと雑念が入っているだけなのです……」
セレサとオリーブも言いにくそうにしているが……風邪ではないのか? 雑念?
「あっはは~風邪じゃないよ~社長~。昨日間近で見た強烈な光景が頭から離れなくて、思い出しちゃって発情している……」
「ラ、ラビコー! それ以上言ったら許しませんよ……!」
後ろからラビコがニヤニヤとしながら現れたが、喋っている口を鬼のオーラを放つロゼリィに勢い良く塞がれた。
おお、珍しい光景だ。鬼がラビコに襲いかかっているぞ。
何があったが知らんが、とりあえず元気そうだし風邪ではないのか。ならいいか。
ああ、もちろんお店は混雑していたので、バッチリ事の顛末をお客さんに見られていたぞ。
どうにも俺が勤務中に発情し、本妻一人と愛人二人を強引に休憩室に連れ込んだところを、もう一人の本妻に見つかりドロッドロの取っ組み合いの惨状になっていた、と後日噂になっていた。
いや、もう噂は諦めるけどさ、一番納得がいかないのが、噂をしている人達って俺のこといまだに童貞だと思っていないんだろうなーってことかな。
脱・童貞をしている噂の中の俺のほうが、現実の俺より進んでいるってどういうことだよ。噂の俺に憧れる俺っていう、何度か見返してしまう文字面になっているんだが。




