三百四十二話 ジゼリィ=アゼリィ本店増築 14 いざ新居へ引っ越しと二冊の守り神様
長らくかかっていたジゼリィ=アゼリィ増築工事が完了。
俺達はアンリーナに案内され、新たに出来た足湯、食堂のステージ、二階客室を見て回った。
どれも出来上がりは素晴らしい物で、さすがアンリーナが指揮を執っただけはある文句のつけようのない仕上がりだった。
王都のレースで得たお金の半分近くを使うことにはなったが、ソルートン側に持って来た分がなくなっただけで、俺にはまだ王都の銀行に預けてあるお金がある。
ジゼリィ=アゼリィから毎月お給料も出ているし、特にお金に困ってはいない。また王都には行く機会もあるだろうし、そのときに王都側のお金をソルートンの銀行に移動してもらおう。
「ほらベスーこっちだ、俺の家がついに出来たんだぞ」
ジゼリィ=アゼリィ二階の今まで借りていた客室を引き上げ、新居へお引っ越し。とは言っても、元の部屋にたいした物は置いていない。ベスに新しい部屋の場所を覚えてもらうぐらいだろうか。
「ベス! ベス!」
元気に足元に絡む愛犬ベスを引き連れ、俺が異世界に来て苦労を重ね手に入れた我が家に向かう。
時刻は夕食後、夕方。
リニューアルオープンは明日なので、まだお客さんの入っていない静かな廊下を歩く。同じ二階の廊下でつながっているので歩けばすぐにつく。
「ベッス、ベッス!」
新しい部屋に入るとベスが不思議そうに走り回り、部屋の広さを確かめている。すぐに慣れたらしく、ベッドの上に乗っかりゴロンと寝そべった。なんつーか、ベスはメンタル強いよな。
「俺の部屋かぁ……」
ざっと部屋を見渡し、ちょっと感慨にふける。
「……おっと、これを置かないと俺の部屋じゃないよな」
俺は元の部屋から大事に持ってきた物を壁に作って貰った飾り棚に置く。こうかな、いや、あまり角度を付けると光が反射して見にくいな……こんなもんか。
ちょっと角度にこだわり設置完了。
「うん、これでいい。では、部屋が新しくなりましたが、これからもよろしくお願いします」
俺はパンと手を叩き頭を下げる。
棚に置かれた本二冊。
一冊はこの世界の国宝とも言える、オウセントマリアリブラというありがたい本。実際に魔法的なパワーは感じないが、この本に込められた想いは魔法すら凌駕する。なにせマリア=セレスティアさんが自分の子供に向けて作った、とても、とても想いの込もった本だしな。
もう一冊は……紹介しなきゃダメか?
エロ本、以上。
ば、バカにすんなよ。これは蒸気モンスターであるアプティが俺を想い、自分でお金を稼いで買ってくれた、とても大事な本なんだ。
……うーん、なんというか、せめてもっと健全な物なら飾りやすいんだが……。
いや、すっげぇ嬉しかったぞ。なにせ女性が俺にくれた物なんだ、嬉しくないはずがない。元の世界ではこんなことなかったし、俺マジで異世界に来れてよかったわ。
難点はロゼリィによって紐でぐるぐる巻きにされて、一切中身が読めないことぐらいか。
紳士諸君に問おう。読めないエロ本にどれほどの価値があるというのだろうか。
エロ本はその手に取り、じっくり読んでこそ価値があるってもんだ。きっとアプティだって、俺に笑顔でこのエロ本を読んで欲しいに決まっている。
「……行くか? 新しい部屋、新たな俺の門出を祝い、祝杯を上げるべきではないだろうか」
鬼が怖い? バカ言え。ロゼリィはとっても優しい女性だ。これぐらいのアクシデントは許してくれるはず。そう、こう言えばいいんだ「新居に運んでいるときに間違って落としたら、ベスが面白がって本に絡んできて紐がきれいに外れました」って。
完璧な言い訳も思い付き、俺はエロ本に手をかける。
「いまこそ、この封印を解く……! さようなら、優しいがゆえに臆病だった過去の俺、こんにちは、輝く未来を恐れずに笑顔で歩む俺……!」
紐は簡単に解けた。
きっと俺の想いがエロ本さんに通じたんだと思う。あれだけロゼリィが厳重に巻いた紐だったが、俺の想いがそれを優しく解き放った。
「すーはー……すーはー……いくぞ……いざマリマリのお色気ワールドへ……ダイブ!」
深呼吸をし、俺は震える右手を抑え、表紙をめくる──
ガチャリ
「!?」
「新居、おめでとうございます! あの、みんなでお金出し合ってお祝いの品を買ったんです……よろしければ……あ……」
表紙をめくり、もう我慢ならんとジャージのズボンを下げたところで突如部屋の扉が開けられた。バカな……あれだけ強固な鍵をいとも簡単に……って合鍵あったっけ。
笑顔で花束を抱えて入ってきたロゼリィとバッチリ目が合う。
「は……あの……お花……」
ロゼリィがガクガクと震えだす。俺も恐怖で震えだす。
「ぶっ……あっははは! 新しい部屋で最初の一回目ってやつかい~? なんにしても早すぎ……せめて深夜にしときなって。あっはは、社長ってばブレない行動してくれるな~」
後ろから入ってきたラビコが俺の下半身裸を見て爆笑。
「……マスター、お手伝いします……」
アプティがすっと俺の横に来てしゃがみエレファントに手を添えようとしてくるが、慌ててその手を抑える。
「ちょ……よく見えません! ラビコ様少し横に……はぅ! み、見えました……師匠……ああ、このアンリーナ、感動の涙です……」
小さな体のアンリーナがラビコの後ろから無理矢理顔を出してくる。なんでアンリーナは泣いてんだ、ってこっちが泣きたい状況か。
「あっれれ~? エロ本の紐が解けているよ~? おっかしいね~ロゼリィ~」
ラビコが目ざとく開放されているエロ本に気付き、ロゼリィに報告する。やばい……鬼が目覚めのときか。だ、大丈夫。俺には完璧な言い訳があるんだ。
俺は震える体を抑え、決意の顔でさっき考えた言い訳という名の勇者の剣を振りかぶる。
「こ、これはその……本を落としたらベ、ベスが絡んできて……」
「……ベスちゃんなら、そこの新しいベッドの上ですやすやと寝ていますよ?」
ロゼリィが震えを止め、内なる鬼を呼び出しその目が光る。バカな……確かにベスは新しいベッドで健やかな寝息をたてている。
くそっ……ベスにちゃんと話しを合わせるように言っとくべきだっ……た……。
その後、小一時間ほどのお説教をロゼリィからくらうことに。
「……どうしてそういう本に……いいですか、あなたはそういう物に頼らずとも……私はいつでも……」
ああああ、足が痛い。正座ってきついわ……。
早く終わってくれ、説教。
俺が怒られているのを、持ち込んだお酒片手に爆笑しながらラビコが眺め、アプティは俺の横でなぜか一緒に正座をして説教を受けている。
「へぇ……これが師匠のエロ本ですか。ふぅーん……こういう恰好が好みなのですか」
アンリーナが俺がいまだ見たことがないエロ本をペラペラとめくり、熟読。くそっ……最初の読者はアンリーナかよ……。あとで内容聞いてみよう。
結局、いままでの二倍の物量の紐で頑丈に巻かれたエロ本さん。
いつか君と裸の心で語りあえる日は来るのだろうか──
みんなでお金を出して買ってくれた物は、大きな花束と花瓶。そしてそれぞれが選んだというクッション。
ラビコが選んだのは紫で、ロゼリィが白。アプティは黒、アンリーナが紅。寂しいときは私だと思って抱いて下さい、ってかい。ありがとうございます。




