二百八十話 本店の主戦力様
「聞いたよ、やっとうちに腰を据える気になってくれたんだね。いやぁ嬉しいなぁ、これでこの宿も安泰だ」
「そうとなったらさっさとロゼリィ抱くんだよ。よし、今日にしな。子供の名前も相談に乗ってやるからさ」
次の日。
この宿のオーナー、そしてロゼリィのご両親であるローエンさんとジゼリィさんに事務所に呼び出された。
案の定、俺が言った覚えのない方向にフルスロットルで話が爆走している。なんだか宿の従業員達が朝からざわざわしているな、と思ったら……。
「いや、あの、昨日ロゼリィに言った話は──」
「はぁ……参った」
溜息をつきながら食堂のいつもの席を陣取り、正面に座ったアプティと俺用に紅茶ポットを二個注文。
なんとか二人に説明をし、誤解を解いた。
ローエンさんとジゼリィさんはちょっとがっかりしていたけど、俺にはまだそういうのは早いって。
結婚とか……今は考えていない。
俺はもっとこの異世界を巡って冒険したいんだ。その冒険の先に、いつかいい人と結婚出来たらな、とは思ってはいるが──それはもうちょっと先の話でいいだろう。
「た、隊長! ロゼリィさんと……その、この宿を継ぐって決めたんですよね! じゃあずっと隊長はここにいるってことですよね。あの、頑張りますので……私もお側に置いて欲しいです! ぜひ私をアルバイトではなく、正式な従業員として雇って欲しいです。ここにずっといたいです!」
紅茶ポットを持ってきてくれたアルバイト娘のセレサが、何やら意を決した顔で訴えてきた。
ああ……こっちもか。広まった話を抑えるのはとっても面倒だぞ。
「──あ、そ、そうなんですか……。建物を増築して、そこに隊長のお部屋を作る計画だったんですか……。し、失礼しました、てっきりロゼリィさんと一緒になるのかと……あはは」
昨日の話をキチンと説明すると、セレサはなーんだ、と安心したような顔で笑う。
そういやセレサ達はいつまでアルバイトでここにいてくれるんだろうか。建物増築で食堂の面積増やしたらさらに従業員さんが欲しいしなぁ。
はっきり言って、今ここでアルバイト五人娘に抜けられたらキツイ。
彼女等はかなり優秀な人材で、お客さんからの評判も良く、もはやお店の看板娘と言える。ここまで頼っているのにいつまでもアルバイトってわけにもいかないか。出来たらずっとここにいて欲しいし。
「よし、ちょっと待ってろ」
「え……? た、隊長?」
俺は事務所にとんぼ返り。宿のオーナーであるローエンさんに、今後の予定にある宿の増築による従業員さんの増員の必要性を説明。
主戦力として今のアルバイト五人娘を正式に雇えないか交渉。
「ただいま」
「お、おかえりなさい……隊長」
ローエンさんとの話を終え、俺はすぐに食堂へ戻ってきた。
頼んでいた紅茶ポットは冷めていたが、構わず飲む。冷めてもうまいし、ここの紅茶。
交渉は成立。
ローエンさんも、そろそろアルバイト五人娘にそういう話を切り出そうとしていたそうだ。なら今がいいタイミングだろう。
「セレサ。俺は君達をとても高く評価しているんだ。今までよくこの忙しいお店で文句も言わず、笑顔で働いてくれた。ありがとう。今ローエンさんと話して許可を得た。君達が希望するなら、ぜひ正式に社員として迎えたい。いや、頼むからこのジゼリィ=アゼリィの社員になってくれないか」
俺はまっすぐセレサの目を見て話し、頭を下げる。
「え、あ、た、隊長……!? え、し、社員ですか……い、いいんですか!?」
セレサが俺の言葉に目を見開き驚いている。
「ああ。はっきり言って食堂を大きくしたら今まで以上に忙しくなる。その状況で君達が抜けてしまったら、かなり厳しい状況になるんだ。こちら側の我が儘なのは分かっているけど……俺の側にいてくれ、セレサ」
「え、あ、ああ……た、隊長……うう、嬉しいです! ぜひ私をお側に置いてください!」
セレサが少し涙ぐみ、ビシっと姿勢を正した。
「うっわ~出たよ、社長~……俺の側にいろ、は意味違ってくるんじゃ~?」
のそっと俺の右側に座ったラビコが睨んでくる。
なんだよ、実際彼女等がいないとお店回らないんだって。俺のジゼリィ=アゼリィ拡張計画に賛同してここで働いて欲しい、俺の側で働いて欲しい、要するに俺の側にいろ、で合ってるだろ。
「はぁ~……まぁいいけど~ラビコさん寛容だからさ~。愛人の数人なら許すよ~あっはは~」
「あ、愛人……! 隊長の愛人……! はぁ、はぁっ……!」
ラビコの言葉にセレサがなんだか大興奮なんだが。




