二百六十話 花の国フルフローラへ 11 ラビコとアプティの温もり様
以前、お酒の国ケルシィで出会った魔王エリィ。
フルパワーのベスですら赤子のように扱われ、恐るべき力を秘めた存在だと感じた。その彼女すら恐れる力が俺の持つ千里眼というものらしい。俺にとってはたんに濃い靄にも負けず、遠くを見れる程度の能力なのだが……。
「……マスター! ご無事で……」
俺達の周りを覆う濃い靄を切り裂き、アプティが焦ったように走ってきた。眼が紅く輝き、口から蒸気を出す本気モード。珍しく呼吸が乱れている。どうやら全力でこちらに向かってくれたようだ。
俺を見つけたアプティが、側に浮いている銀の妖狐に気付き動きが止まる。アプティも充分強いのだが、銀の妖狐のほうが力は上だろう。
それに気が付いたのか、アプティが緊張したように構える。
「……おっと、僕の嫌いなあの紫の魔女もこちらに向かってきたね。君を守る目的は完了したし、僕はもういくよ。ああ大丈夫、はぐれはあいつ一匹で他にはいないよ」
銀の妖狐が微笑み、上空へと浮き上がっていく。
よかった、ホテルと住民に被害は出なさそうだ。
「そうだ、一つ忠告だ。僕のような人の言葉を話せる魔力の高い同族には気をつけるんだね。そこの彼女は大丈夫そうだが、君の使う千里眼の力に気付いたらそれを手に入れようと動くかもしれない。もしくは消そうとしてくるかもしれない」
蒸気モンスターである銀の妖狐から蒸気モンスターに気をつけろと言われたぞ。
銀の妖狐クラスの蒸気モンスターになんか会いたくもないが、この世界にはどれぐらいいるのだろうか。
「じゃあ僕は行くよ。こわーい魔女が飛んできたからね。……ねぇ、僕と共に来る気はないかい? そのほうが君を守るには都合がいいんだけどなぁ」
「以前も言ったが、その気はない。俺は今の生活が好きなんだ」
ねぇ、寂しいの……的に誘われたが、俺は絶対行かないっての。なんで色目を使ってくる男の園に行かねばならないのか。
「そうか……残念だよ。君を迎え入れる準備はかなり進んでいるんだ、気が変わったら僕を呼んでくれ……じゃあね、ふふ」
銀の妖狐が優しく微笑み、瞬間移動でこの場から消えた。おそらく海の近くに一旦着地して、それから海にあるであろう島に向かったのだろう。
あれから銀の妖狐は人は襲っていない、と言ったか。それを信じるならほっといても良いのかね……。
俺の周りに漂う靄に紫の光が近づいてきて、光はそのまま靄を貫通。
ポッカリと穴が空いたようになり、そこからキャベツバーストのラビコが突っ込んでくる。
「くそっ……! おい無事だろうな! 私をおいてくたばるとか許さないからな!」
いつも以上に輝く紫の光を纏ったラビコが速度優先、コントロール二の次状態で飛んできた。不安定に飛び、周囲を確認し蒸気モンスターがいないと分かったようで、そのまま俺の方に舵を取ってきた。
「よかった……! あああ……怪我しているじゃないか……くそっ、私のミスだ、すまない」
ラビコが俺の手前で着地し抱きつこうとしてきた……が、ラビコはいつものロングコートは羽織っているが、中にいつもの水着は着ていない。真っ裸。ちょっ……!
「アンリーナに聞いて慌てて飛んできたんだが、アプティに先を越されてしまったか。痛むか? すぐにホテルで治療をしよう、アンリーナが手配してくれている」
そう言いながらラビコが俺の頭を自分の胸に抱き寄せてきた。ぬぅぅ……お風呂上がりのいい匂い。というか、入っている途中だったのかな。
ロゼリィとまではいかないが、それでもかなり大きなラビコの直胸に抱かれ俺の緊張がほぐれていく。あったけぇ……。
さらに後ろからアプティが抱きついてきて、俺の頭が柔らかい物にサンドされる形に。
「蒸気モンスターは……アプティがやったのか?」
ラビコが聞いてきたが……さすがに銀の妖狐が、とは言わないほうがいいよな。
「ああ、アプティが倒してくれた。以前キャンプ場にいたアーレッドドラゴンだったから、頭からアンリーナの香水かぶって注意引きつけてなんとか耐えていたらアプティが来てくれた……」
それを聞いたアプティが不思議そうな顔をするが、悪いがそういうことにしておいてくれ。俺はアプティの頭を撫でる。
あかん、緊張が解けたら痛みと眠気がきた……。もうちょっとラビコの胸を味わいたかった……。
「……そうか、だから頭から香水の香りがしていたのか。っておい、しっかりしろ! くそっ、アプティすぐにこいつをホテルに運ぶ…………」
「マスター……!」
ラビコとアプティの顔を見て安心したのか、さっきまで張っていた緊張の糸がぷっつり切れ、全身の力が抜けていく。
まぶたがとんでもなく重い……悪い、ちょっと寝かせてくれ……。




