二百五十九話 花の国フルフローラへ 10 銀の妖狐と千里眼様
突如現れた銀の妖狐の攻撃によって、俺を襲ってきたアーレッドドラゴンは消滅した。
以前ソルートンを襲い、街に多大な被害を与えた銀の妖狐。それが同族の仲間であろうアーレッドドラゴンを消し去ってしまった。どういうことなんだ。
そして俺は今、空中でその銀の妖狐に優しく抱かれている状況なのだが……。
「大丈夫かい? まったく……僕がなんの為に手を打ったのか分からないな、これじゃ」
銀の妖狐が溜息をつきながら、とても優しく俺を地面に下ろしてくれた。女性のような手つきでふんわりと、貴重品でも扱うような動作。そしてやたらにボディタッチが多い。
た、多分……俺が怪我をしているから、痛みがこないように優しくしてくれているのかな……? いや、なんで蒸気モンスターであるコイツが俺に優しくするんだ。絶対何か企んでいるに決まっている。
アンリーナは大丈夫だろうか。まぁ、ラビコが動いてくれればどうにかなるだろう。
「……なんのつもりだ銀の妖狐。さっきのはお前の仲間じゃないのか」
「仲間……? あははは、面白いことを言うなぁ。僕の大事な君を傷つけた時点でそれは誰だろうと消し去る対象だよ」
俺がなるべくドスを効かせた怖い顔で言ってみたが、銀の妖狐は面白そうに笑いながら答える。笑いながら消し去る、とか言うのか。やはり少し感覚が俺達とは違うようだ。
「それにアレは僕の配下の者じゃないよ。他のグループの奴で、集団から離れた『はぐれ』だね。多分、近くにいた僕の強い魔力に引き寄せられて出てきたんだと思うよ、あははは」
こいつの配下じゃない? 他のグループ? 蒸気モンスターにも派閥とかそういうのがあるんか。そしてコイツ今とんでもないこと言ったぞ。僕の魔力に引き寄せられて……だと? じゃあ俺が怪我したのはお前が近くにいたせいかよ。
「ってことはお前が近くにいたから俺が怪我するハメになったってことか」
「で、でもでも助けたじゃないか、ね? こうならないように手も打っていたんだけど……」
でもでも、ね? じゃねーよ。何を乙女のような手つきで可愛く言っているんだ。あーダメだ……コイツといると背筋の冷や汗が止まらん。身の危険ランプも脳内で鳴りまくりだし。
実際、蒸気モンスターであるコイツに対抗手段が無い時点で、本当に危険な状態なんだがね。どうしたもんか。
「こうタイミングよく現れたってことは、もしかして今までずっと俺達の動向を見ていたのか?」
「まさか、今回はたまたまだよ。偶然君が向かうルートの海の近くに僕等がいた、それだけさ。でも君の情報は逐一受けているよ。僕はこう見えて忙しい身だからね、出来ればずっと君の側にいたいんだけど……そうもいかないから手は打ってあるんだ。……あったんだけど……まったく何をしているのかな、あれは」
いつも直接見られていたわけじゃあないのか。でもどうやら別の手段で何事かしているようだが。
「そんなに俺の情報を集めてどうするんだ。その消し去るタイミングでも探っているのか? なら完全に俺が無力な今なんか最高の状況だと思うが」
俺は身構え言う。まぁ、本当にベスがいない今は何も出来ないから、無駄な虚勢なんだが。
「あははは違うよ、逆さ。僕はもう世界を壊す力を目覚めさせる同士達からは離れたんだ。生きていくだけで辛い、このつまらない世界を壊せば元の世界に戻れるんじゃないかと思い、同士達と行動をしていたんだけど……もうやめた。僕は君に出会ってしまったからね」
銀の妖狐は最後、魅力たっぷりにウインクをしてきた。キモ。
「君はとても面白い。君がいるこの世界はなんと面白いことか。僕はあれから人間に手を出していないよ、君に嫌われたくないからね。ふふ」
世界を壊す力を目覚めさせる同士? このつまらない世界を壊せば元の世界に戻れるかもしれない……?
そう言えば蒸気モンスターってのは俺と同じく、異世界から来たんだったな。
「この世界に来て初めて僕は面白いと思えた。君の考え、行動……この世界に絶望していた僕になんと新鮮な刺激をくれたか……! 僕は君を守りたいんだ。分かって欲しいな、この気持ち」
またウインク。やめてくれないかな、それ。
まさか男に分かって欲しいなこの気持ち、とか色気たっぷりに言われるとは思わなかった。異世界ではこれは普通なのだろうか。
「あの魔王を名乗る創造主、エウディリーラにも会ったんだろ? しかもあの目つきと性格の悪い側近を押さえ込んだとか……! ああああ、すごいすごいすごい……! もう君の行動を聞くだけで興奮が抑えられないよ……! 側で見たかったなぁ、それであの犬はどこにいるんだい? 神獣化を成したとか。もう僕なんかじゃ敵わない力を手にしたんだろ!? 僕は君に従うよ、力の強い者に従うのは当たり前のことじゃないか」
興奮した銀の妖狐が途切れることなく饒舌に喋る。セリフが長げぇ……。
というか俺が魔王エリィに会ったことも知っているのかよ。どこからどうやって情報仕入れているんだ。
「ベスならホテルで寝ている。あと分かっていると思うが、そのベスが強いんであって俺自身は弱いぞ」
そんなん分かってんだろ、もう。見ての通り、俺一人ではさっきのアーレッドドラゴンに手も足も出ないぐらいの実力だ。
「そうだねぇ、確かにあの犬は強いよねぇ。僕も欲しいぐらいだけど……でも一番は君なんだよ。ふふ」
銀の妖狐がまた色っぽく微笑む。背筋がもう汗だくなんですが。
「千里眼。君のその眼の力だよ。創造主エウディリーラから聞かなかったかい? それこそがこの世界で最強の力。あの創造主エウディリーラすら恐れる、次元を超えた魔眼」
ラビコ曰く、王の眼。
魔王エリィ曰く、千里眼。
銀の妖狐にいたっては魔眼と呼んできたぞ。
確か力の使い方によっては全力で消しにかかる、とか脅されたような。魔王エリィすら恐れる……? そこまでの力は無いように思うが。だって濃い靄の先が見えるぐらいだぞ。
風呂場でしか使えないだろ、こんなん。




