二十六話 うどんは世界の縮図様
「私はアンリーナ。アンリーナ=ハイドランジェと申します。名乗りもせずに失礼な振る舞いをしてしまいました、申し訳ございません……ぅう」
涙を拭いながら自己紹介をされた。
とても上品な顔立ちをした女の子。細かい振る舞いや、言葉遣いも上品。
着ている服も上質。どっかのお金持ちの子だろうか。
安い! 早い! と看板にでっかく書かれたお店には似つかわしくない上品な子。
「お父様が食べる物に大変厳しい人で、値段の安い物は絶対食べてはいけない……というのが家のしきたりなんです」
ふむ、まぁ……健康のこと考えたら品質管理がしっかりした物、その分コストがかかり、結果値段が高い物のほうが体にはいいからな。その教えはわからないでもない。
「でも同年代の方がおいしそうに食べている、流行りの値段の安い物だって食べてみたいのです……それなのにお父様は許してくれなくて……私、もう我慢が出来なくて家を抜け出して、飛び入りで入ったここのうどん屋さんで食べた海老天うどんがとてもおいしくて、それ以来たまに家を抜け出してはここで海老天うどんを食べていました」
ほー……やっぱお金持ちの子ですか。靴とかいい物履いてるしなぁ。
「でも……私……結局お父様と同じことをしていたのですね。私はメニューを見て一番値段の高い海老天にしか目が行かず、他にも値段の安くておいしい物があるのに気付きもしなかった。あなたに生姜天を食べさせていただき、それに気づきました」
俺、とんでもない生姜天を奢ってしまったようだぞ。
「私の視野はとても狭かった。この世界は広い……この街ですら私が食べたことのない物が溢れているというのに、この広い世界には一体どれほどの美味しい物があるのか!」
「……大丈夫、アンリーナの世界は今とても大きくなった。海老天だけじゃない、生姜天の世界があると気付いた。いいかいアンリーナ、うどんというのはこの世界なんだよ。素うどんはおいしい、でも小ネギを足してごらん、生姜を足してごらん、鰹節を足してごらん、広がるだろう? それぞれは小さな力かもしれない、でも合わせるとそれはとても大きな力になるんだ」
俺は何の話をしているのか、でももうこれで乗り切って早くこの場を離れよう。
「ありがとう、あなた只者じゃないわね。気に入ったわよ」
一体何を気に入ったのか知らんが、俺はアンリーナと固く握手をした。
混み合う、うどん屋で。




