二百四十五話 ラビコの星願い橋様
「というわけで私とも二人っきりでデートしてくれないと~不公平だと思うんです~」
翌日、モーニングセットのサンドイッチを食べていたらラビコが不満そうに隣に座ってきた。挟まれている蒸したチキンがたまらなく美味い。辛味と酸味が上手いバランスで効いているなぁ。さすがイケメンボイス兄さんだ。
イケボ兄さんの弟であるシュレドも、普通に厨房でバリバリ働いている。どんどん兄さんのレシピを実践で吸収していっているようだ。
「王都から帰って来て次の日の朝からいきなりアプティとデートして~お次はロゼリィと半裸試着室デートとか~社長ってばお盛ん過ぎると思うんです~。そしてなぜかラビコさんだけ省かれているとか~納得出来ないです~」
「ロゼリィのときは二人後ろにこっそりついてきていたじゃねーか。その時点で二人きりじゃないだろ」
聞くと宿を出た直後から、普通に俺とロゼリィの後ろについてきていたそうだ。全く気付きませんでした。
「ふ~んだ。公衆の面前で半裸キスとは予想外だったけどね~」
だから未遂だろ。俺がキスしたのはラビコの杖だよ。
とりあえずベスの散歩のついでにラビコと出かけることに。
「ふんふ~ん」
天気もよく、風も弱い。散歩には素晴らしい条件。
ラビコは鼻歌が出るほどのご機嫌のようだ。俺はベスのリードを引っ張りながらぼーっとラビコを眺める。相変わらずの水着にロングコートを羽織るスタイル。何がどうしてどんな経緯でこの恰好が固定化したのかね。
歩いているとペルセフォスの王都ほどではないが、ラビコには注目が集まる。まぁ、ほとんどが男の熱い視線だが。
「そういえばラビコ。お前彼氏とかいないのか」
なんとなく聞いてみた。贔屓目に見てもかなりの美人さんでスタイル抜群。世界で有数の魔法使いで権力も実力もお金もある。モテないわけがない。
「は? あれれ~もしかして社長ってば私にお熱なのかな~? あっはは~」
「お熱って……いや、ラビコって美人だし実力もあるし普通にモテるだろうし、何人か彼氏とかいるんだろうな、と思って」
あ、そういやハイラが言っていたか。ラビコに言い寄る男は多量にいたが、すべてビンタと共に追い払っていたとか。
デートだってのに余計なこと聞いたか、と思っていたらラビコがニッコニコで俺に抱きついてきた。
「んふ~ラビコさん褒められちゃった~。社長の目には私は美人に見えるのかい~? あっはは~うっれしいなぁ~」
どう見ても美人だよ。毎日目の保養になってます。
「ああ、美人だしスタイルいいし性格も俺の好みだよ」
「うっは~告白かい!? 社長ってば私に告白しているのかい?」
ラビコが目を見開いて嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねる。今の告白なのか? 美人かどうか聞かれたから正直に言ったまでだ。
いつも毅然としていて、知識もあり、頭の回転も早い。はっきり言って俺が憧れているものを全部持っている。あと魔法な。せっかく異世界に来たのに魔法が使えない俺からしたら、その魔法を使えるのが大変羨ましい。
「あっはは~大丈夫さ~生まれてこの方、彼氏なんて出来たことないよ~。だから社長は存分に思いのまま俺色にこのラビコさんを染めちゃっていいんだよ~」
俺色にラビコを染めるって……なんかエロい想像が……。
「うっわ~分かりやすくエロいこと想像してる顔だな~。ね~社長~そうやって想像で満足していないでさ~さっさと手を出しちゃえばいいじゃない。私ってばもう二十歳だし~早く子供が欲しいんだよね~、名前は何がいいかな~」
そ、想像で満足したっていいだろ! 素晴らしく健全じゃないか。そしてなんで彼女もいない童貞の俺が子供の名前を考える必要があるのか。
そんな感じでラビコと騒ぎながら歩いていると街の中央を流れる川に着いた。
ここは俺が日本から異世界に来た最初の場所だ。なんか懐かしいなぁこの川と橋。この橋の真ん中に気が付いたら立っていたな。
「ん~どうしたんだい~? 社長。橋の真ん中で立ち止まっちゃってさ~」
「いや、なんでもない。なぁラビコ、ここの橋って何か不思議なことが起こるとか聞いたことないかな」
なんで俺ってこの橋にいたんだろうか。たんにランダムジャンプで偶然ここだったのかね。
「不思議なこと~? いや~聞いたことないけど~。あ~でもここって星願い橋って言って、夜に星に願いを伝えると叶うとかいう変な言い伝えはあるかな~。まぁ本気で信じている人はいないと思うけど~」
星願い橋、か。
誰かがここで願ったから俺が異世界に呼ばれたとか? 馬鹿馬鹿しい……が実際俺、常識超えてここにいるしな。
「あっはは~私も子供の頃、それ信じて願ったな~なっつかし~。あ~でもそれ叶ったかもしれない」
ラビコが子供の頃、か。あまり深く聞いちゃいけないか。当たり障りないやつで返すか。
「なんだ、背が伸びますようにとか、そういうやつか?」
「あっはは~まっさか~……ん~とね~……心から愛する人とこの橋を笑いながら渡れますように……かな……あっはは~ホラホラいいから行こうよ社長~甘い物食べたいな~」
ラビコが横を向き、ボソボソと呟くとくるっと笑顔で振り向き俺の手を引っ張っていく。なんだよ声が小さくて聞こえなかったぞ、なんて願ったんだよ。
「ちょっ、なんて願ってどう叶ったんだよ。あ、こらベスまで走りだしやがって」
走り出したラビコにつられ、ベスが嬉しそうに俺をぐいぐい引っ張り出した。
「乙女の秘密さ~あっはは~楽しみだな~社長の奢りの甘い物~」
「俺の奢りかよ。ちっ、いいだろう。その代わり水着姿をじっくり隣で見させてもらうからな」
「あっはは~きたきた~ナチュラルにド変態セリフだ~。それでこそ私の社長だよ~あっはは~」
ラビコが楽しそうに笑い、俺の手を握り走る。その笑顔は油断をしたら心を持っていかれそうなぐらい無邪気で、満足気な笑顔だった。




